第13話 そして夜が明けた
三大欲求ってのは、食欲、性欲、睡眠欲のことなんだけど、最大のものは最後のひとつ、睡眠欲だ。
安心して寝られる環境って、ものすごく大切なのである。
そんなわけで、さくらは先生の夏掛けの中に潜り込んで寝た。久しぶりの熟睡だろう。
私は先生の枕元に丸くなっていたから、まさに三人で身を寄せ合って寝た感じ。
みんなそれぞれに疲れていたのよね。結局。
さくらは外での恐怖が蘇るのか、ときどき小さな悲鳴をあげては、先生に抱きついている。
ほんっとね、そんなに怖かったなら外に出るなって話なのよ。
おうちより安全な場所なんてないんだから。
私も脱走経験者だからね。身をもって知っているわけですよ。
ほんの数日だけど、家を出ていたことがあったのだ。
前も言ったけど、鍵のかかっていない引き戸くらいなら私にとっては障害物でもなんでもないし、バータイプのドアノブはジャンプして回すことができる。
この知恵と技術を駆使して外に出てみた。
いやあ、ちょっと興味あったんですわ。
そんで、いきなり広くなってしまった視界にパニックを起こして、闇雲に走り回ったあげくに帰り道が判らなくなってしまったという、さくらとまったく一緒のオチ。
違うのは、私がものすごく美人で、しかも頭が良かったってこと。
条件の前者は、野良のオスたちがとても好意的だったという状況を作り出したし、後者はそのオスたちの力を借りて家まで戻ってくる、という結果を導くことができた。
そのときに協力してくれたのが、くまやのあーるっていう、ボス猫たちなのである。
ちゃちゃまるは、当時はボスでもなんでもなくて、サンシタとかそういうレベルだった。私はたぶん話したこともなかったはず。
その後、順当に力を付けて第三のボスになってからかな。窓越しに喋るようになったのは。
ともあれ、私は野良猫たちの協力で家に戻ることができ、物置に仕掛けてあったしょぼい罠(捕獲器)に入ってあげた。けっして、中にあったおやつにときめいて罠を踏んだわけじゃないのよ。
仕掛けた先生の名誉のため、罠が有効なのだと教えてあげたのだ。
ホントよ?
ぐっすり眠って翌朝のことである。
先生が深刻な顔で動物病院に電話していた。
まあ、そうなるよね。
目の上を怪我しているし、一週間も外にいたわけだから感染症の心配もある。それに、こうなった以上、手術も急がないといけないし。
昨日の今日でって意見もあるだろうけど、こういうのは時間をかけて良いことはあんまりない。
傷でも病気でも、処置は早い方が良いに決まっている。
帰ってきたばかりのさくらはちょっと可哀想ではあるけれど、これはかりは仕方がないのだ。私だって通った道だしね。
家猫が外に出るってのは、そのくらい大事なのである。
「すぐに診てくれるそうだ。いこうか。さくら」
「いやぁぁぁっ! 病院いやぁぁぁ!」
手慣れた仕種でキャリーケースに収容され、にゃにゃーと悲鳴をあげ続けるさくらが遠ざかっていく。
「あるはれたー ひるさがりー」
「謎の歌で見送らないでぇ!!」
気分を上げてあげようと歌ったのに、なんか苦情がかえってきた。
てへ。
先生とさくらを見送った私は、留守番モードになって窓際に陣取った。
「みんな。きてる?」
そして私が呼びかけると、草むらからにょきにょきと頭が生える。
もちろんボス猫たちだ。
私たち猫の聴覚は、窓ガラス一枚くらいなら素通しと変わらないくらいのの精度で捉えることができる。
「あの子は無事に戻ったみたいだね。ぴろしき姐さん」
代表してのあーるが確認した。
「ええ。いま病院につれていかれたところよ」
「うへぇ……。それがあるから、家猫になんてなるもんじゃねぇぜ」
嫌な顔をするのはくまである。
彼ら野良猫にとっては、動物病院などという場所は地獄とイコールなのだろう。行ったこともない、という意味合いにおいて。
でもまあ、けっして楽しい場所ではないわね。
診察されるし注射打たれるし。
「姐さんは注射も泣かなかったって聞いたけど、本当かい?」
「あなたはどこでそういう情報を仕入れてくるの? ちゃちゃまる。事実だけど。お医者さんにはえらいって褒められたわ」
淑女は注射くらいでぴーぴー泣かないのだ。
たまに、というかけっこう頻繁におしっこ漏らしちゃってる犬も猫もいるけどね。恐怖のあまりに。
そんなのと一緒にされたら困るのですよ。
「ともあれ、今回は協力してくれてありがとね。みんな」
ぺこりと私は頭を下げた。
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