第11話 三銃士
そして七日。
いまだにさくらは捕まらない。
先生の顔には焦燥と疲労が色濃く浮き出ている。
また昨夜も一睡もしていないんでしょ。先に先生の方が参っちゃうわよ。
保健所にも役所にも警察にも届けた。近所のコンビニやスーパーにもポスターを掲示してもらった。SNSでも助けを求めた。
やれることは全部やったんだから、少し休みなさい。
せめて昼寝をするとか。
猫は基本的に夜行性なのだから、日中はどこかに隠れて出てこないわよ。
私が心配してにゃあと鳴けば、先生は力なく微笑して背中を撫でてくれた。
「ぴろも心配だよな。またそのへんをひとまわりしてくるか」
「私がしているのは先生の心配よ」
またしても鳴き声を誤解して、先生は立ち上がった。
おびき寄せ用のエサ袋を持って。
しかし、ぐらりとよろめいて片膝をついてしまう。
「先生!?」
「大丈夫だ。すこし立ちくらみしただけ」
「どこが大丈夫なのよ!」
ふう! と、毛を逆立てる。
何日もほとんど寝てないんだから、こうなるのは当然よ。
食べない寝ないで治る病気なんてひとつもないって、自分の著書で語ってるんでしょ、あなたは。
ちゃんと実践しなさい。
それでもふらふらと玄関に出た先生の足の隙間を縫って、私も玄関ポーチへ
と飛び出した。
「ぴろ!?」
「休んでなさい。私がなんとかするから」
慌てる先生を尻目に、自分で引き戸を開ける。
私にとってはこの程度は障害にもならない。
「野良たち! ちょっと力を貸して!」
外へ出た私は、大声で呼びかけた。
蛇の道は蛇。外のことは野良が一番よく知っている。
ややあって、数匹の猫が私の前に現れた。
先生は後ろで驚いてるけどね。
生で猫の集会を見るなんて滅多にないだろうし。
「いったいどうしたんだよ。ぴろしき姐さん」
「のあーる。くま。ちゃちゃまる。さんにんともきてくれたのね」
この近隣を治めるボス猫たちだ。
のあーるとはたぶんペルシャの血が混じってるであろう真っ黒でふさふさの猫。くまは身体が大きくて尻尾のない黒猫。ちゃちゃまるはキジトラで精悍なイケメン。一番若いリーダーである。
「うちのさくらがいなくなっちゃったのよ。白い子猫。見てない?」
私の前に猫座りする三人に、かいつまんで事情を説明する。
「見てるもなにも、気が狂ったみたいにあちこち走り回って、他の猫に追い払われてるよ」
のあーるが肩をすくめる。
やっぱりか。
どうしていいか判らなくて、闇雲に走っているのだ。
「うちに戻るよう言ってくれない?」
「お安いご用、と、言いたいところだが」
にやりとちゃちゃまるが唇を歪めた。
はいはい。
無報酬じゃ困るってことでしょ。判ってるわよ。
私はぴょんとジャンプして、先生が持っていたエサ袋を地面にたたき落とす。
「お、おいぴろ……」
「もっと持ってきて。なんなら、煮干しやち○ーるも」
にゃあと催促すれば、なんとか先生にも伝わったようだ。
慌てて家の中へと戻り、器にエサを山盛りにしてもってくる。
「これで足りるかしら?」
「さすが姐さんだ。よく下僕を躾けている」
くまが笑い、さっそくエサをぱくつき始めた。
のあーるはエサ袋の中を確認し、ひょいとくわえる。たぶん奥さんや子供に持って帰るんだろう。
「オレ的には、エサよりも姐さんと情熱の一夜を」
「ふんっ!」
馴れ馴れしく近寄ってきたちゃちゃまるを、必殺の猫パンチで殴り飛ばしておく。
「調子こいてるとぶつわよ? ちゃちゃまる」
「さきに殴ったじゃないか……」
言い訳がましくちょっと離れたところから私を上目遣いにみつめるちゃちゃまるだった。
「あきらめな。ちゃちゃ。この街一番の美人は、この街で一番気が強いんだ。おめえが太刀打ちできる相手じゃねえよ」
げらげらとくまが笑う。
言い方。
もうちょっと言い方。
「ま、お前は知らないだろうけどね。ちゃちゃまる。ぴろしき姐さんは三年前、たったの一週間でこのあたり一帯をしめた女帝だからね」
のあーるまで、余計な情報を若い子に与えないの。
あのときは、外に出ちゃった私に、オス猫たちがこぞってプロポーズにきただけじゃない。
そして、発情期じゃないからって断っただけじゃない。
なんで武勇伝みたいに伝えるのよ。
「あんたらは……」
ぴくぴくとヒゲを動かす私に、くまがもう一度笑った。
「姐さんの頼みで、エサまでもらったんだ。家に帰るように間違いなく伝えるぜ」
にゃあんと頼もしく鳴くくま。
よろしくおねがいするわね。あなたたち。
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