第6話 首輪がいっぱい

 新しい道具なんか買う必要はない。

 立派な階段だってあるし、ジャンプして昇るのにちょうど良い棚だってあるんだ。


 安易に購入しようとするのは人間の悪いクセね。

 あるものを使って工夫すれば良いの。


 資源だって限りがあるんだからね。先生の好きな赤い機体ばっかり使う人だって言ってるでしょ。地球に対し自然に対し贖罪しないといけないって。

 まあ、あの人はけっこう言ってること支離滅裂だけどね。


「ともあれ、新しい道具なんていらないわよ。そんなのより首輪を買って。首輪を」

「ぴろしきは毎日違う首輪をしてる。おしゃれさん?」


 にゃあにゃあと意思表示する私に、さくらが小首をかしげた。

 あざと可愛い仕種で。


 あ、先生がずきゅーんってなってる。

 人間には刺激が強すぎたかもね。


 子猫の愛らしさって、ほほ凶器だから。


「そうよ。五十本くらい持ってるわ。さくらも使って良いわよ」

「ボクはべつになんでもいい。窮屈じゃなければ」

「おこちゃまね。首輪はね、愛なのよ」


 先生は適当に買ってきているわけじゃない。どれが私に似合うのかって、厳選に厳選を重ねてチョイスした一品なんだ。

 つまり、女としての勲章だ。


 私はそれを五十本も持っているのである。

 すごいでしょ。


「なるほど! じゃあボクも首輪をもらっていい女になる!」


 ててててーっと、居間へとさくらが走って行く。


 そして棚に飛び乗り、私の首輪が入っている引き出しを引っ張ってあけた。

 にゃあにゃあと鳴きながら次々と首輪をくわえては床に落としていく。


「ちょっ おまっ なにしてんねん」

「どれがボクに似合う?」

「散らかすな。丁寧にあつかえ。大切なコレクションなんだから」


 ぼやきつつ、私は床に落ちた首輪を見ていく。


 さくらは白い毛並みだからなんでも似合いそうな気がするけど、はっきりした色の方が良いかもね。

 青とか赤とか……あ、オレンジとか良い感じ。

 私にはあんまり似合わない色だし、これならあげるわよ。


「さくら。これが良いんじゃない?」

「こっちの方がシックかも! 黒は女を美しくするっていうし!」

「それは喪首輪でしょ。白い身体のあなたが付けたら白黒で、お葬式の垂れ幕じゃない」


 にゃっと黒い首輪を取り出したさくらに呆れる。


 先生のお父さんの法事のときに買ってもらったやつだ。

 私も滅多に身につけることがないし、さくらはもっとないだろう。法事なんて人間たちがどやどやっとやってくるからね。

 一目散に二階に逃げていっちゃうんじゃないかな。


 私は先生の親族に挨拶しないといけないから逃げるわけにはいかないけど。大人の女ですもの。先生のパートナーですもの。

 礼を失したら先生の恥になっちゃうからね。


「にゅう……オレンジ子供っぽくない?」

「なにいってんの。さくらは子供でしょ」


 苦笑しながらいって、大声で先生を呼ぶ。

 選ぶまではやってあげられるけど、装着は先生でないとできないから。


 ちなみに、私は外すのはできるわよ。


 取り付け部分をちょっと引っかけて、ぐいっと引っ張ると簡単に取れる構造になってるの。

 気に入らない首輪を先生が選んだときには、そうやってぽーいしてあげるのだ。


「どうしたんだ? ぴろ。珍しく大声なんか出して」


 書斎から先生がやってくる。

 そして居間の惨状に固まった。

 まあ、床に何十本も首輪が散乱してたら驚くよね。普通に。


「これ……お前たちがやったの?」


 震える手で指さす。

 そうよ。

 さくらが首輪を付けるっていうから、選んであげたのよ。


 にゃあと意思表示をしてオレンジの首輪をくわえ、さくらの近くへと持っていく。


「あいや! あいやしばらく! ぴろしきどの!!」


 なぜか私を制止して先生は自室に駆け込んでいった。

 なんなの? いったい。


 首をかしげていると、すぐにもどってくる。

 スマホをかまえて。

 カシャカシャカシャってすごい連射音が聞こえてるけど大丈夫なの?


「そ、それをさくらにつけてやれってことですね。ぴろしきさん」


 なんで丁寧語?

 わけがわかんないわね。


 ともあれ、私は猫座りしているさくらの近くに首輪を置く。

 震える手でそれをひろった先生が、スマホをスタンドに立てて動画を撮り始める。

 いいんだけど、猫に首輪を装着する動画なんて、誰得なのよ?


 さくらは先生に触れられ、一瞬びくっとしたけどおとなしくオレンジの首輪を取り付けられた。


 うん。白い毛並みに蛍光オレンジがばっちり似合う。

 ね。先生。


 見上げてにゃあとなけば、先生はめろめろに顔をとろけさせていた。


 おいこら。

 他の女にデレデレすんな。

 私は後ろ足で、思い切り先生の手を踏んでやった。


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