第2話 白い子!

 そして、ついに子猫がやってきた。

 でもキャリーケースの中からでてこない。怯えているっぽい。


 仕方がないね。ちょっと前まで野良だったのに、捕まったり知らないおうちに連れてこられたりしたら普通は怖いもの。

 ここは安全だって教えてあげないと。


 フレンドリーに、でも威厳を忘れずに。

 私は、ててて、と、キャリーケースに近づいていった。


「大丈夫よ。ここには敵がいな……危なっ!?」


 急に飛び出してきた白い影を、間一髪で回避する。

 それはリビングを抜け、一直線に仏間へと逃げていった。


 いやいやいや。

 あなたこの家の間取りも知らないくせにそんなに走り回って。怪我するわよ?


「さくら!? 大丈夫か? ぴろしき」


 びっくりして尻尾を膨らませてしまった私を、先生が撫でる。

 大丈夫っていうか、なんとかかわしたけどさ。あいつ爪を出してたわよ。戦う気まんまんで。


 どんだけ凶暴なんだって話よね。

 あんなのと仲良くできるか、だいぶ不安になってきたんですけど。






 壁とタンスの間に挟まってた。

 すっごい狭い隙間にね。


「……なにやってんの? あなた」

「ボクに触るな!」


 なんか怒ってる。

 ていうかボクっ娘かあ。蓮っ葉だなぁ。


 さくらなんて可愛らしい名前を先生が付けてくれたみたいだけど、ばくだんとかひのたまとか、そんな名前の方が似合いそうよ。性格的に。


「触るも触らないも、そんな隙間に入りたくないわよ。私はぴろしき。この家の先住猫で、由緒正しいスコティッシュフォールドの……って、話をききなさいよ」


 自己紹介している最中にも後ずさりして、奥の方へと引っ込んじゃった。

 うー、とか唸りながら。

 びびりすぎだろう。


「しばらくほっとくしかないかな」


 私の頭上から隙間をのぞき込んでいた先生が、ふうと息を吐いた。


 うん。

 ほっときましょうよ。あんな猫。

 私はにゃあと一声鳴き、リビングへと移動した。


「真っ白くて青い目で、なかなか美人な猫だっただろ? ぴろ」


 そおかしら?

 首をかしげてみせる。


 たまに人間ってわけのわからないものに価値を見出すわよね。


 白い被毛なんて目立つだけ。目の色だってべつにどれがえらいって話じゃない。私みたいな黄目が猫には多いけど、少ない方が良いとか悪いとか、そういうことではないし。


 あ、ちなみに私は自他共に認める美人猫よ。

 動物病院のお医者さんすら「美人だね」っていって、一瞬固まっちゃったくらいなんだから。


 私がにゃあと鳴くと、先生が耳と耳の間を指で撫でた。


「もちろん、ぴろの方がずっと美人だけどな」


 取り繕うように言って。

 なんだろう。これって浮気男の常套句じゃない?





 さくらがうちに馴染むのに、すこし時間がかかっている。

 これは仕方がない。

 野良出身だもの。しかも兄弟姉妹が亡くなってるんだもの。


「ねえ? そろそろ出てきたら?」

「いやだ! そっちは怖い!」


 今日も今日とて、私は壁とタンスの隙間にいるさくらと話をしている。

 先生は書斎で仕事中だ。


「べつに怖くないわよ。このおうちには、私と先生とさくらしかいないし」

「うそだ! どこかにカラスが隠れてる!」


 疑心暗鬼だね。

 野良猫たちにとってカラスってのは最大の天敵だから。

 いつだってアレの存在に怯えてるんだ。


 だからさくらも、この隙間から出てくるのは夜になってからだけ。

 私や先生が寝静まったあとこっそりと出てきて、置いてあるごはんを食べて水を飲み、トイレを済ませてる感じだろう。

 ちょっと不健康すぎるわよね。


「さくらが爪を出して飛びかかってきたことは、もう怒ってないわよ」

「……ごめんなさい」

「まあ、出てきたら一発殴るけどね」

「嫌だ!」


 わがままな猫である。

 ていうか、ちゃんと食べてちゃんと寝ないと、身体だって弱ってしまうんだけどね。

 このおうちには気持ちいい寝床がたくさんあるんだから、そっちで寝ないとだめだ。


「ま、良いわ。私は先生のところに行くから、気が向いたら出てきなさいな」


 そう言い残して、私は仏間を出て二階へと向かう。


「ぴろしき……まって……」


 後ろから声が聞こえるけど、しーらない。

 ちゃんと自分の足でついてこないと。

 

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