ぴろさく!

南野 雪花

第1話 こねこがやってくる!

 私はねこである。名前はまだない、とすすめば漱石なんだけど、ちゃんと名前はあるよ。


 ぴろしき。可愛い名前でしょ。先生がつけてくれたんだ。

「最高の泣きゲーからいただいたありがたい名前」なんだって。


 私にはよく判らないんだけど、きっと霊験あらたかな名前なんだと思う。

 そういう名前をもらった私は、だからすごく頭が良いのだ。


 もしかして猫を超えるなにかなんじゃないかって自分で思うことがあるくらい。だって、引き戸くらいなら開けられるし、バータイプのドアノブならジャンプして開けれる。ごはんが入っている棚も判るし、出してくれる時間も判ってる。


「ぴろ。ぴろ。ごはんだよ」


 ほら呼ばれた。

 先生ってA型だから、けっこう几帳面なんだよね。

 私はにゃあと応え、先生のそばへと寄っていく。


「ぴろは賢いなぁ。ちゃんと自分の名前が判るんだもんなぁ」


 当たり前。

 そのへんの野良たちと一緒にしてもらっては困る。

 人間が勝手に呼んでるのを自分の名前だなんて思えるわけがない。でも私はちゃんと名付けられたからね。


 ペットショップで先生と出会い、おうちに連れられてくるまで挙がったたくさんの候補のなかから、私のためだけに選んでくれた名前だから。


「今日もぴろは可愛いなぁ」


 ごはんを食べている私の背中を優しく撫でる先生。

 でしょ。

 麗しいでしょ。


 ブルーアンドホワイトタビーの毛並みはふわふわで、手触りも最高なんだから。

 ついごろごろと喉を鳴らしてしまう。


 先生の手って気持ちいいの。

 優しく優しく、本当に慈しむように撫でてくれるから。


 私は少しだけ先生の方に体重をかけた。

 微笑む気配が伝わってくる。


「ぴろはあまえんぼこだなあ」


 でた。独特の言い回し。

 なんにでも、こをつけるんだから。


 それに、あまえんぼこなのは先生も同じじゃない。

 私がかまってあげないと、すごく寂しそうにしてるんだから。


「ぴろしきがうちにきて、もう四年か」


 そうよ。

 同意するようににゃあと鳴く。


 私がまだ赤ちゃん猫だった時代から、ずっと一緒にいるじゃない。

 いろんなことがあったわよね。


 最初は先生と一緒じゃないと夜も寝られなかったけど、一人前のレディになった私は、もうひとりで寝ても平気なんだから。


 むしろ先生の方が、独り寝が寂しいんじゃない? 久しぶりに一緒に寝てあげようか?

 にゃん、と、甘えた声で鳴いて、手を舐めてあげる。

 あと、甘噛みもサービスね。


「そっか。やっぱりひとりだと、ぴろも寂しいよな」


 え゛?


「おまえに妹分がくることになったぞ」


 え゛え゛っ!?





 私のおうちは広い。

 二階建てで、一階も二階も四部屋ずつある。むしろ私と先生の二人暮らしではちょっと広すぎるくらいだ。


 だから、おもに使っているのは一階のリビングと台所、それに二階にある先生の書斎くらいなんだよね。


 あとは仏間。毎朝先生がお水を供えに行くんだ。私もそれについていって、仏壇に頭を下げる。

 ここには亡くなった先生の家族たちが眠ってるからね。


 ともあれ、広すぎる家をふたりで持て余し気味だったのは事実なんだけど、新しい猫がくるなんてきいてない。

 はんたーい。

 だんこはんたーい。


 私は、にゃあにゃあ言いながら、座っている先生のおしりをがりがりしてやった。


「いたたた。ぴろ。いたいいたい」


 どうだ、まいったか。この浮気者め。


「これからお姉ちゃんになるってのに。やんちゃ娘だな」


 笑いながら、先生が私を抱きあげて膝の上においた。

 そして優しく背中を撫でる。


「保護猫なんだそうだ。どこかの軒下で産み落とされたんだけど、兄弟姉妹はみんなカラスにやられてしまって。その子だけが生き残ったらしい」


 う。それは可哀想に。

 野良の世界は弱肉強食とはいえ、戦う術もない赤ちゃん猫たちが殺されたと訊かされたら、やっぱり哀しい。


「保護してくれた人も高齢でな。とても世話ができないって話だったんで、うちで引き取ることにしたんだよ」


 なでなでと背中を撫でながら説明してくれる。


 むう……そういうことなら仕方ないのか……。

 先生は優しいから、見捨てるなんてできないだろうし。

 にゃあと鳴いて同意を示す。


「もちろん、ぴろしきが一番だぞ。先住猫だから」


 そうよ。

 ちゃんと立ててよね。

 猫にとって序列ってのは、すごく大事なことなんだから。


 ふりふり振っていた尻尾を、先生の腕にからめた。



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