第7話 同じ路線のはずなのに
小々倉さんと出かける日になった。
電話では行き先を決めていなかった。当日の気分で何をするかを決めるのも面白そうという話になっていた。
何も無い真っ白な休日の真ん中に私と小々倉さんが置かれる。当日になっても周囲の彩りは見えてこない。寒々とした冬の景色のようだ。
だからか、脳内で隣に立つ小々倉さんの体温を想起する。着替えさせる時とかに何度か触れた肌の温度は、いつも私よりも高かった気がする。運動不足による鬱屈からか、よく悶えるように身体を震わせていたせいかもしれない。
私は今日着ていこうと机の上に昨日から出してあったお気に入りの服をしまって、動きやすそうな服を探す。何となく、今日は運動をすることになるんじゃないかと予想した。もう結構身体を動かせるようになったという小々倉さんの元気な姿を想像すると、白い世界がオレンジ色に暖まる。
動きやすそうな服のレパートリーは少なかったけれど、お陰であまり悩まずに決められた。他の準備も手早く済ませ、最後にコートを羽織って、少し早かったかもしれないと時計を見て気付く。
一度大きく伸びをして、加えて深呼吸もして、それ以上時間を稼ぐ方法を思い付かなかったので玄関から出た。
早々に冬の冷気とすれ違う。
温暖化の影響か、雪は積もりはしないけど、それでも風は揺れるほど冷たい。
寒さに全身が縮こまるのを感じながら歩く。
10分ほどで駅に着くと、待ち合わせ時間に最適な電車より二本早い電車がちょうど到着した。乗り過ごしてしまってもいいやの気持ちでゆっくり近づいたけれど、結局間に合ってしまった。
ガラガラというほどじゃないけれど座席の空きには余裕があり、何となく端っこの席にお邪魔する。
運ばれている間は暇なので、今日のことを考えてみる。
目的の駅の近くには大型商業施設があって結構何でも揃っていて、バスを使えば更に遠くの何でもに足を運べる。あまり考え無しにぶらぶらすると、大型商業施設で無為に時間を浪費することになるだろう。普通の休日ならそういう過ごし方も有りだろうけれど、今日は小々倉さんに恋するという目標があるわけで。
行くならデートスポット?いや、それは恋した後に行く場所で、今は違う気がする。恋するために行く場所ってどこだろう?有りそうで何も思い浮かばない、実は無いのかもしれない。そもそも私は恋が何かも理解できていないような気がする。
今更なことに気が付いた時点で目的の駅に到着した。この課題は、せっかくなので今日の目標に追加しておこう。桃色の花っぽいのがぽやぽやと、オレンジの中に咲き開いた。
運動して恋とは何かを知る予定になった私は、駅ビルの待ち合わせ場所として名高い広場の景色に溶け込む。『着いた』と連絡するには早すぎる気がして、行き交う人々を眺めながらただボーッとしていると、15分くらいで『もうすぐ着きます』とメッセージが届いた。
遠目に探すと、それらしい影が人波とともに流れてきて、向こうも気付いたらしく驚いた顔を向けられる。
「先輩、早くないですか!?」
「えっと、ううん、私も今来たところ」
15分前に着いていたことを知られたくない訳ではなく、それっぽい返しをしてみたくなっただけだ。結果、えっとが余計だったのか、すごく怪訝な顔で見られることになった。
「……先輩の事だから高度なツッコミ待ちとかじゃないのは分かってるのでツッコミませんけど」
「そう?じゃあ、今日はどうしよっか」
「いや切り替えはっや。なんかもっとこう情緒というか、私服誉め合うターンとか無いんすか」
また話題の進む速度が食い違ったらしい。私はせっかちなのかもしれない。
私服と言われて、小々倉さんを見てみる。大人っぽい長めの黒いスカート、髪が以前の数倍つやつやしてるのは病院ではまともに手入れ出来なかったのだから当然か。そして、やっぱり見られると恥ずかしい、と赤く俯く顔。これは服装には含まないと気付いた。けれど、そこに含まれる機微も合わせて今日の彼女なのだろう。これを総評すると。
「かわいい」
「か、かかかわいいしゅか」
「それで少し背伸び気味」
「いやそれは先輩と並んで歩くのを考えるといつの間にかこうなってしまい」
誉め合うはずが、何故か弁明させてしまった。早口で、本人も結構気にしてたっぽい。指摘したのはマイナスポイントだ、そこは反省点にするとして。それとは別に楽しい事にも気が付いた。
「そっか。でも残念だけど、それだと私と歩くと浮いちゃうね」
「そ、そうですよね。あたしがちょっと背伸びしたくらいじゃ先輩には届かないですよね」
「そうじゃなくて、ほら、今日の私の格好」
どんな反応をするのだろうと期待しながら、私はコートを脱いで中の軽装を見せた。
「え……?どうしてそんなレジャーに行くみたいな服装を……?」
小々倉さんも私を誉めるのを忘れて、目を丸くしていた。
お互いが相手のことを考えた結果、盛大に噛み合わなくなった私たちは、それなりに笑えるものだと思う。
「さて、どうしてだろうね」
何となく含みを持たせてそう言うと、小々倉さんはますます困惑といった様子になる。でもそれはすぐに苦笑いへと変わっていく。
「先輩って、どうしようもないですね」
「うん?悪口を言われるとは思わなかった」
でも、まともに説明しない私が悪かったのは確かだから、甘んじて受け入れるしかない。受け入れようにも、何がどうしようもないのか分からなくて収納に失敗した感じもするけど、まあいいかな。
「それで、小々倉さんはそんなオシャレな格好でそんなどうしようもない私とどこへ行くつもりだったのかな」
「あえっと、オシャレなカフェ、とか?」
服装を誉め合うターン、誉め合えた感じは全くしないけれど、お互い笑っていて空気が悪い感じもしないので、こんなものでいいかな、と今日の予定の話に進む。少し目を泳がせた小々倉さんの希望を聞いて、なるほど、と思う。私に合わせると、そういう場所に行くことになるんだ。私、オシャレどころか普通のカフェですら行ったことがないのに。
オシャレなカフェってどんなところだろう?薄暗い雰囲気の中でネオンテトラの水槽が淡く青く輝いてるイメージが浮かんだけれど、多分こういうのじゃないなと思う。
「んー……」
「あの、嫌だったら別に」
「嫌とかじゃないけど、ご期待に沿えるかが心配かな。言っておくと、私カフェ初心者だから」
カフェ慣れしてるイメージを持たれていたのなら、がっかりされても早い内に訂正しておいた方がいいと思った。けれど、小々倉さんはがっかりする様子はなく、手を振りながら続ける。
「あ、そうなんですか?でもまあ、先輩がカフェ慣れしてるかどうかは問題じゃないので大丈夫です!とりあえず、行きましょう!」
あれ?私が好きそうだからカフェを選んだのかと思ったけれど、違うみたいだ。じゃあ、何を思って私をカフェに連れていこうと考え付いたのだろう?しかも、行く場所はもう決まっているらしく、小々倉さんは私の手を引いてグイグイと進みだした。病院での様子と違ってすごくエネルギッシュだ。思うにこれが彼女の本来の在り方なのだろう。
家で想起した手の温かさはそのままで、それが直に私に伝わるのが想像を越えた部分だ。動き始めて間もないのに、全身が芯からぽかぽか温まっていく気もする。
それはとても気分が良くて、ここは彼女にお任せしてみようと思う。ただ、握られた手が力加減を見失ったように中途半端なので、スポンと抜け落ちて情けなく転ばされる未来を避けるために、私からも握り返しておいた。
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