第一章 前代未聞、開校以来初の落第生⑧

「つまり、その自習中に、自分で飲んで試したってことか?」

「その通りです」と、コレットはきんちようゆるめながらうなずいた。

「それが自殺こうだってことがわからなかったのか? 自分で解毒できなかったら、他の誰も治癒するゆうはないんだぞ」

「それはもちろん、きちんと調べてからやりました」

「どうやって?」

 コレットは教官の質問に答えるように、ハキハキと説明した。

「どんな毒でも量というものがあるので、まずは致死量のだいたい十分の一を目安に試します。一回飲むとその毒がどう身体に作用するかわかるので、自己治癒の方法がわかります。それから少しずつ量を増やしていって、最後は致死量の十倍くらいまで耐性を高めていくんです」

「なるほどな」

 また呆れたように見られるかと思ったが、王子は意外にも感心したようだった。

「どんな即効性の毒でも耐性があるのですか?」と、ジルが横から聞いてきた。

「授業で扱わないものとなると、せいぜい十種類くらいでしょうか。それ以外はいきなり使われると、どうなるかわかりませんけど」

「やはり死ぬのか?」と、王子の顔が不安げにくもる。

「今までの経験上、即効性の毒というのは体内に入ると、呼吸だったり心臓だったり、どこかしらにすぐ異状が発生します。そういう時は、身体が反射的に修復を始めてしまうので、自分ではせいぎよ不能なんです」

「要は、毒の量に対して魔力量が足りなかった場合は、解毒しきれずに死ぬんだよな?」

「それはまあ、当然のことかと」

 コレットが頷くと、王子はしぶい顔でうなった。

 え、なに? もしかしてあやしい雲行き? あたし、変なことを言っちゃった?

「しかし、あの量のピラリスを解毒してみせたのですから、魔力量はじゆうぶんということでしょう。これ以上、毒見役として最適な人材はいないと思いますが」

 ジルがニコニコとアルベール王子に話しかけるが、王子は小さくかぶりをった。

「この四年、毒見役がいなくても問題はなかったからな。危険性がゼロじゃない以上、やとうわけには──」

 王子が言い切る前に、コレットは「ちょーっとお待ちください!」と、大声でさえぎった。

「あたし、このままだと借金を返せなくて、逮捕されちゃうんです! お願いですから、お仕事ください!」

「彼女もこう言っていますし、お試しで雇ってみるのも悪くないのでは? 若い女の子を路頭に迷わせて、何かあったら後味の悪い思いをしますよ」

 ジルも後押ししてくれるので、コレットも期待を込めて王子を見つめた。

 王子は考え込んだようにしばらくだまっていたが、やがて大きく息をついた。

「住み込みの休みなし、月二千でもやるか?」

「休みなしということは、一日百ブレもいかないってことですよね? まさかの最低賃金以下……」

「なんだ、不満か? 宿しゆくはく費・食費は込みだし、休みなしっていっても、お前の仕事は一日三回、食事の前くらいだ。俺の都合で必要ない日もあるだろうし、労働時間で考えたら、悪くないたいぐうだと思うが」

 それは……確かに?

 王都は何といっても国内で一番物価が高い。一人暮らし用の小さな部屋でも、月に最低千ブレは取られる。食料品の価格もコレットの故郷の比ではない。家賃と生活費だけで、ひと月の最低賃金──二千ブレなど軽く飛んでいきそうだ。

 住み込みでその分がかからないとなると、仕送りと借金返済にてられる。

 実質の賃金が四千ブレって考えれば、新米回復魔法士としては悪くない給料よね。

 コレットはササッとむなざんようして、内心ニンマリと笑った。

 とはいえ、相手の提示した金額をすんなり受け入れるのは、もったいない。賃金においては、ダメモトでもこうしようするのがセオリーだ。

「でも、危険なお仕事なんですよね? お給料にもう少し色を付けていただけると、非常にありがたいところなんですけど?」

 コレットは王子の顔色をチラッチラッとうかがいながらたのんでみた。

「つかぬことを聞くが、コレット、本当に『危険な仕事』だと思っているのか?」

「いえ、全然。それが何か?」

「……何でもない。給料については考えておこう」

 王子がめいもくして頷く前で、コレットは『やった!』と小さくこぶしにぎりしめた。

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