第一章 前代未聞、開校以来初の落第生⑦

「言葉通り、俺の食事に毒が入っていないかを調べる仕事だ」

「そのようなお仕事があるんですか? 学校でもそんなしゆうは見たことがないんですけど」

「当たり前だ。万が一毒が入っていたら、死ぬんだぞ。そんな危険のある仕事をいつぱん募集するか」

「それはいわゆる裏仕事というものでは……?」

「そうとも言えるが、だつぜい者がけいばつとしてやらされることが多いな」

 どんな仕事でも構わないって思ったけど、まさか犯罪者がやる仕事だったとは……。

 コレットはくらりとめまいを起こしそうになった。

 とはいえ、このままでは借金たおしでたい、そしてとうごく。最終的には刑罰で毒見役をやっているような気がしないでもない。

 あたしの行きつく先は、どうやっても『毒見役』なの?

「ちなみに、今はどなたか毒見役の人がいらっしゃるんですか?」

「今はいない」

「死んじゃったんですか!?」

 王子はあきれたような目で何か言おうとして、そしてやめたらしい。

「正確に言うと、四年前に王宮を出てからは付けていない。基本的に食事はとなりの兵舎のものをとっている」

「兵舎の食事ですか?」

おおなべで全員そこから食べているから、安心なんだ」

「つまり、兵舎の人全員を毒見役にしていると」

「早い話がそういうことだ」

「王族の方はそこまで食事に気をつけるのがつうなんですか? 殿でんだれかにお命をねらわれていらっしゃるとか?」

「少なくとも過去に二人、俺の毒見役が死んだ」

 王子の口調がたんたんとしていて、『じようだんですよね?』と聞き返すふんではなかった。

「国で一番暗殺が多いのが王宮って、知らないのか?」

田舎いなか出身の平民なので、王宮の細かいことまで知らされていません」

「それもそうか。こっちはあんもくりようかいなんだが」

 王子はどうでもいいことのように言って肩をすくめた。

「殿下が王宮を出られたのは、それが理由なんですか?」

「それも理由の一つ」

ほかの理由は?」

「お前には関係ない」

 コレットのこうしんをくすぐってくれるが、王子にこう言われてしまえば引くしかない。

「失礼いたしました。それで、四年も毒見役を付けていなかったのに、いまさら雇おうと思われたのは、誰かに狙われていて、けいかいが必要だからなのでしょうか?」

「いや。お前のすいせん状を見て、ジルが毒見役にどうかってすすめてきただけだ。俺は必要ないって言ったんだが」

「たいていの回復魔法士は毒たいせいがあるはずですけど、今まで毒見役として雇おうと思われなかったんですか?」

「普通の回復魔法士なら引く手あまたで、職探しに困らないはずなんだが?」

 王子の痛いっ込みに、コレットは「う……」と返す言葉もなかった。

「冗談はさておき、回復魔法士の毒耐性っていっても、学校であつかうのはこう性のものだけだろ。飲んですぐ死ぬ毒じゃ、どの道、は間に合わない。習う必要はないはずだ」

「確かに授業で扱うのは、一番早くて三十分くらいはゆうのある毒までですね」

 そういえば、とコレットも思い出した。

「それがなんでお前はそつこう性の毒まで耐性があるんだ?」

「そ、それは……二年目と三年目の後期、治癒院実習に行けず、その時間、自習をねて個人的にいろいろ実験していたわけで……」

『落ちこぼれだからです』とズバリ言えず、コレットはうわづかいにボソボソと告げた。

 忘れもしない、誰が命名したのか『ネズミのミイラ化事件』──。

 二級に合格するために習得しなければならないのは、体内の異常や身体からだの一部を取り除く消失魔法。回復属性魔法と呼ばれるのは、三級合格に必要な探知魔法・再生魔法と合わせて、この三つだけだ。

 これらを組み合わせれば、外傷の治癒とどくはあらかた可能になるため、ぼうけん者の回復魔法士として働けるようになる。ちなみに治癒師になれる一級に合格するためには、様々な病気の知識と治癒方法の習得が求められる。

 消失魔法の最初の実技訓練は解毒だった。ネズミに毒を飲ませて、探知魔法でその種類とかんを特定、次に消失魔法で体内の毒を消すというもの。

 探知魔法はコレットも問題なかった。しかし、血液中をじゆんかんする毒を見つけて、消失魔法で消そうとしたところ、ネズミの体液がすべて消失。当然、ネズミは干からびてそく。教官でも回復不可能な事態となった。

 以来、コレットは消失魔法を使おうとするたびに、殺してしまったネズミの姿がフラッシュバック。冷やあせをかいて失神するようになってしまった。そのせいで、二年目以降の治癒院実習に参加することができず、『三級の落ちこぼれ』となったのだ。

 その辺りの事情はオベール教官の推薦状にでも書いてあったのか、王子から特にくわしく聞かれることはなかった。

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