第一章 前代未聞、開校以来初の落第生⑥

「話はあとだ。目のやり場に困る」

 アルベール王子の裁定は、後回しにされてしまうらしい。

「気になりますか? 軍に所属していたら、戦場で血だらけの人をいっぱい見ていらっしゃると思いますけど」

「戦場と平和な執務室で見るのとでは、同じ血でも意味がちがうだろうが!」

「そういうものですか……?」

 コレットには理解不能だったが、相手は王族なので、それ以上っ込んで質問するのはやめておいた。

「ジル、顔くらいいてやれ……いや、やっぱりいい。拭く物をくれ」

「おや、王子が手ずから拭いて差し上げるのですか?」

 ジルがニコニコしながらタオルを持ってきて、王子に差し出した。

「お前に任せたら、変態こうに走りそうだからな。お前はえる物でも見つけてこい」

 王子はひったくるようにジルの手の中のタオルを取ると、コレットの前にやってきて、片手でほおを包み込んだ。乱暴な口調とは裏腹に、頬にれる大きな手は温かくてやさしい。

 同時に王子の整った顔が間近に見えて、コレットの心臓はドキリと鳴った。

 か、顔、近すぎ!

「なんだ、意識しているのか?」

 すずしげな顔で図星をかれ、コレットの顔はずかしさに余計に赤くなってしまったような気がする。

「そ、そんなわけありません!」

「そうか? 顔が赤くなっているぞ」

「違います! こ、これは血がついているせいです……!!」

 せめてものていこうで顔をそむけようとしたが、王子の手に力が入って、余計に動かせなくなってしまった。

「こら、動くな。拭けないだろうが」

「自分でできますから……!!」

 そもそも王子様にこんなことをさせる平民がどこにいるの!? やっぱりこの人、王子様じゃないから?

「ここに鏡があったら、自分でやらせている」

 気づけば、王子がくっくとのどを鳴らして笑っているのが目に入る。

 ……な、なんなの、この人。からかって遊んでたの!?

 ゴシゴシと口の周りをタオルでこすられながら、コレットは喉から飛び出しそうな悪態を何とか押しとどめていた。

 相手は王子様、相手は王子様。不敬は許されないのよ。

 そうじゆもんのように繰り返しながら──。



 コレットは顔をきれいにしてもらった後、お手洗いに行って、ジルが持ってきた白いワンピースに着替えた。

 それはコレットがあこがれていた王国軍救護隊の制服だった。

 金の前ボタンが並び、そでぐちは金のラインが入った赤。ひざ下のすそからは赤い下スカートが覗く。同色の細いリボンタイが愛らしい。

 これはもしや、採用というあかしなのでは!?

 コレットは期待に胸を膨らませて執務室にもどったのだが──

「とりあえずそれでまんしておいてくださいね。女性用の軍服は、人数が少ないこともあって、選べるほどサイズの取りそろえがないのですよ」──と、待っていたジルに言われた。

 ? 違うの?

 コレットが口をとがらせながらすすめられたソファに座ると、それからじきに着替えを終えたアルベール王子も部屋に入ってきた。

「さて、話の続きをしようか」

 王子はコレットの向かいに座ってから切り出した。

 ここからが勝負なのね!

 まだ採用・不採用は決まっていないらしい。コレットはピシッと背筋をばし、グッとおなかに力を込めた。

「はい、よろしくお願いいたします」

「実は、お前を俺の毒見役としてやとおうかと考えているところなんだが」

「……はい? 毒見役? 救護隊にそのような役職があるんですか?」

「あるわけないだろ。雇い主は俺個人になる。軍とは関係ない」

「ええぇぇ……。で、でも、あたしはりよく量が多いから、戦場では役に立つかもしれないと、オベール教官がおっしゃっていたのですが……」

「お前、三級なんだろ? 役に立たない回復魔法士を雇うほど、軍にゆうはない」

「さようですか……」

 やはりエリート職はエリート職。三級の落ちこぼれが入れるすきはなかった。

 期待が大きかっただけに、コレットはがっくりとかたを落としていた。

 ともあれ、このままでは回復魔法士としての仕事はない。借金を返すためには、どんな仕事でも就職のチャンスはのがせない。

「……あの、いくつか質問してもよろしいですか?」

「構わない。何でも聞け」

「ええと、ではまず、毒見役ってどのようなお仕事なんですか?」

「そこからか?」

 何でも聞けと言ったわりに、王子のまゆげんそうに動く。

 ──が、どこかあきらめたように再び口を開いた。

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