第一章 前代未聞、開校以来初の落第生④

   ***


「ジル、どこがだいじようなんだ!? 死んじまったじゃねえか!」

 アルベールの前には、ソファに横たわったコレットが目を閉じていた。その口から泉のようにき出すせんけつは、とどまることなくソファからゆかへと流れ落ちていく。

 ジルがはっとしたように倒れているコレットにけ寄り、その首筋に手を当てた。アルベールも顔に飛んだ血をそでぬぐいながらテーブルを回り、彼女のかたわらにひざまずく。

「いえ、まだ脈はあります。救護隊員が下に──」

「待機させてあるのか?」

 今日は土曜日。戦闘訓練は午前中で終わって、兵士たちは明日あしたまで休みとなる。だんならじようちゆうしている救護隊員も、すでに帰っている時間だ。

「ええと、いえ、それは考えていませんでした……」

 ジルは青ざめた顔で、アハハとかわいた笑いをらす。

「『アハハ』じゃねえ!」

 これから隣の王宮まで治癒師を呼びに行っても、おそらく間に合わない。

 アルベールも全身から血の気が引いて、身体からだが震えてくるのを感じた。

 魔法士養成学校のオベール教官のすいせん状には、コレットは即効性の毒にもたいせいがあると書いてあった。それを見つけたジルが、「せっかくですから、ちょっとためしてみましょうよ」と言い出したのだ。

 最後はアルベールもジルの強い押しに負けて、「試すくらいなら」と許したのだが──

 そのさいが就職させるためのだい広告だったとしたら、とんでもないことをしでかしてしまった。

「……『ちょっと』って、ジル、いったいどれだけ入れたんだ?」

「ティースプーン山盛り一ぱい分くらいですか」

「そんなに入れるアホがいるか!? 一つまみで牛十頭を殺せるもうどくだぞ!」

「毒耐性を見るのなら、それくらい入れないと意味がないかと思いまして」

「マジで殺す気か!? コレット、しっかりしろ! 回復魔法士なら、自力で治せ!」

 アルベールがコレットのかたを激しくすると、とつぜんその身体がムクリと起き上がった。

「ティースプーン一杯って……いくら何でも多すぎじゃないですか……?」

 コレットはうつろな目でうらめしげにつぶやくと、ゲフゲフとき込みながら口からあわった血を垂れ流した。

 その姿は動く死体以外の何物でもない。

 とつじよ、それを目にしたアルベールの頭は、め付けられたように重くなり、目の前は真っ暗になっていた。

「ひぃっ」という、今まで聞いたことのないジルの悲鳴が耳に届いたような気がした。

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