第一章 前代未聞、開校以来初の落第生③

 王国軍の基地までは、学校のりようから歩いて三十分ほど。高台にある王宮の東側にりんせつしている。高い石のへいに囲まれていて、かざり気のない外観はかんごくのようにも見えた。

 入口のもんえいじよで身分証のけいなど一通りのかくにんが済んだ後、そこにいた兵士の一人に案内されて、司令部に向かうことになった。

 入って左手にはコの字型の兵舎があって、兵士らしきいかつい男たちが出入りしているのが見える。右手には演習場。土曜日の午後はせんとう訓練も軍事演習もないとのことで、誰もいない。所々に雪の残るだだっ広い演習場は、さびれたこうのようにも見えた。

 司令部は兵舎の前を通り過ぎ、そのとなりに立つ五階建ての建物だった。

 最上階まで階段で上り、『第一大隊長室』とプレートに書かれたドアの前で立ち止まる。

「こちらになります」と、案内してくれた兵士はそこで去っていった。

 コレットはその場でマントをいで、不安ときんちようでドキドキ激しく鳴る胸を押さえながら、コンコンコンと三回ノックした。

「どうぞ」と、男性の声が聞こえたので、コレットはそろそろとドアを開けて、「失礼します」と中に入った。

 そこは一見して殺風景な部屋だった。ほんだなとデスク、ソファセットと、どれも質素で実用的なものばかり。こんなところに王子様がいるのかと思ってしまう。

「お待ちしておりました」

 ニッコリと人当たりの良いがおで声をかけてきたのは、入ってすぐ左のデスクについていた青年だった。

 年のころ二十歳はたち前後で、長いストレートのくろかみを後ろで束ね、にゆうな顔立ちを目立たせている。こんぺきの瞳はぱっちりとしているが、ほんのり下がったじりあいきようがあった。

 そして、もう一人。正面のまどぎわのデスクに座っているのが、アルベール王子にちがいない。

 かがやみつ色の金髪に、気品をただよわせる意志の強そうな青い瞳。うわさにたがわず、女性にも見まがう麗しい顔立ちだ。入口の青年と同じ黒い軍服の上着を無造作に羽織っている。

 部屋は地味なのに、いる人はきらきらしいわ……。

 コレットはいつしゆんボケッと見とれてしまったが、王子のみぎほほにざっくりけたと思われる古傷が生々しく残っていることに気づいた。

 そのせいで、せっかくの美しい顔が台無しだ。それどころか、くずした軍服と相まって、ならず者と言われてもおかしくないふんかもし出している。

 ちょっと待って。もしかして、こっちの人がアルベール殿下?

 黒髪の青年の方が服装もきちんとしているし、ゆうな上品さがある。コレットのイメージする『王族』に近い印象だ。とはいえ、五人の王子は全員金髪だと聞いているし、常識的に考えて、この部屋のあるじが入口のそばに座っているとは思えない。

 コレットは迷った末、金髪の青年の方に向かってその場にかたひざをついた。平民の場合は、それが王族に対する最高敬意のあいさつになると、オベール教官から聞いてきた。

「コレット・モリゾーと申します。本日は面接のお時間をいただき、まことにありがとうございます」

 特に注意はされなかったので、このならず者もどきの青年が、やはりアルベール王子だったらしい。

「そこに座れ」と、王子はソファをすすめながら立ち上がった。

 まさか、これも面接試験の内だったとか……?

 間違えていたら、おそらく即退室命令。面接どころではなかった。

 危ない、危ない……。

 コレットはひやりとあせをかきながらも平静をよそおって、王子の向かいにこしを下ろした。

 小さなテーブルをはさんで向こう側に座る王子とのきよが、思ったより近い。

 コレットは全身を緊張にこわらせて、王子のむなもとを見つめていた。とてもではないが、まじまじと王族の顔を見る勇気はない。

「そうかたくならずに。ちょうど午後のお茶の時間ですから、いつしよにどうぞ」

 声をかけられて振りあおぐと、黒髪の青年がニコニコしながら二つのティーカップをテーブルに並べているところだった。

「お、おそれ入ります」

 面接でお茶が出てくるとは、オベール教官も言っていなかった。

 もしかして、すでに好印象? それとも、実は面接する前から採用が決まってる、なーんてうまい話はない?

「とりあえず飲め」

 王子がそう言ってカップを取り上げて飲んでいるので、コレットも「いただきます」と、自分のものを口元に運んだ──が、気づけば王子がコレットをにらむようにじいっと見つめているので、そのきようにガタガタとふるえてしまう。

 ちょっと、ちょっと!? もしかして、『飲め』って言われても、王族の前ではえんりよするのが正解だったんじゃないの!?

 しかし、時すでにおそし。コレットはお茶を一口ゴクンと飲み下してしまった。

 直後、口の中から食道、胃の中までカッと焼けるような熱さが広がった。

 これはお茶の熱さではない。この感覚をよく知っていた。

 そつこう性の毒ピラリス。たっぷり量は飲み込んだはずだ。消化器官のないへきが焼けただれて、血がき出すのを感じる。

 面接試験、これだったんだ……!!

 回復ほうは自己ができるので、基本的に病気知らずで寿じゆみようが長い。ケガや中毒といった外的要因による損傷となると、自分で完治できるかどうかは、おのおのが持っている魔力量で決まる。魔力量だけはムダにある落ちこぼれだからこそ、『この程度はどくしてみせろ』ということらしい。

 もちろんコレットは、学校でピラリスを何度も飲んだことがあったので、解毒できるはずなのだが──

 さすがにこの量は無理でしょ……。

 あふれ出す血がのどもとまで逆流してきて、口の中に納め切れない。あわてて手で押さえようとしたものの間に合わず、ゴフッと勢いよく噴き出してしまった。

 ああ、不採用が決まったわ……。

 この十日の緊張とつかれが一気に押し寄せてきて、コレットは絶望とともにパタリとその場にたおれていた。

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