第一章 前代未聞、開校以来初の落第生②

 オベール教官の話は続いていた。

「もちろん三級で卒業というのは、我が校としては大変かんなことではあります。しかし、将来的にだれもいないとは限りませんので、ここでは問題にいたしません。ゆいいつの問題はあなたがしようがくせいということです」

「はい……」と、コレットはうなだれた。

 ほう養成学校は進学義務があるといっても、タダではないのだ。学費はもちろん、りようや食費がかかる。

 コレットのような親の収入が少ない学生の場合、国庫から奨学金としてお金を貸してもらえる制度を利用する。もちろん『無担保』だが、それは将来的に魔法士として高収入の職に就くという前提があるからだ。

 実際に卒業生の話を聞けば、在籍期間ほどの年数で、奨学金は完済できるという。コレットの場合は三年分になるが、それでも職にさえ就ければ、問題ないはずだった。

「モリゾーさんは現在、国庫から約五万八千ブレというお金を借りています。来月から月々最低でも百ブレは国に返済しなければなりません。さもないと、借金たおしでたいされます」

「ですよね……」と、コレットはそれ以外の言葉が見つからなかった。

 学費のほか、月々八百ブレを生活費として借りられたとはいえ、そのほとんどが寮費と食費に消える。手元に残るのはせいぜい百ブレ程度。衣類や日用品といった必要なものを買うだけで、貯金などできる金額ではない。

 当然、来月に返済する百ブレなど、どうお財布をひっくり返しても出てこない。

 明るい未来を描いていたはずが、今は借金苦のあげうすぐらろうごく生活しか思い浮かばなくなっていた。

 こんなことなら、一年目で学校をやめておけば、まだマシだったのに……。

「さすがに我が校としても、奨学金が原因で逮捕者が出るというめいけなければなりません。したがって、あなたが今回の昇級試験を受けられないとわかった時点で、校長や他の教官たちとも相談してみました」

「そ、それで……?」

 コレットが期待を込めて顔を上げると、教官はたんたんとした口調で続けた。

「我が校の卒業生が、現在フレーデル王国軍の第一大隊長の任にあります。アルベール・ブランシャール殿でん、あなたも名前くらいは聞いたことがあるでしょう」

「はい、もちろんです」

 現国王には五人の王子がいて、レオナール第一王子が王太子。テオドール第二王子は生母の身分が低いので、アルベール第三王子が王位けいしようけん第二位になる。ジュール第四王子とエミール第五王子は成人に満たないねんれいなので、話題に上ることはあまりない。

 五人ともきんぱつむらさきがかった青いひとみで、その中でもコレットより二つ年上のアルベール王子は、一番うるわしいと評判の人である。

 もっともコレットが知っているのはその程度で、王都に出てきて丸三年、王族など見る機会もなかった。

「その方にあなたを救護隊員としてやとってもらえないかとしんしてみたところ、面接してもいいとお返事をいただけました」

「え?」と、コレットは耳を疑った。

 王国軍の救護隊員といえば、一級合格者の中でも魔力量の多い学生しか雇ってもらえないエリート職。雇われより破格の給料をもらえる。

 かくいうコレットも、入学当初はねらっていた職だった。

「あのう、あたし、三級ですよ? 落第生ですよ? まさかの経歴しよう!?」

 コレットが目をくと、教官はあきれたような顔を返してきた。

「三級を持っていれば、探知魔法で身体からだの状態のあく、再生魔法で外傷・亀裂骨折程度の治癒はできます。あなたほどの魔力量があれば、戦場ではかなりの負傷兵を治癒できると提案したのです」

「……ああ、なるほど。戦争となると、ちょっとしたケガの人もたくさんいますものね」

「それでモリゾーさん、どうしますか? 面接を受けますか?」

 教官が改めて聞いてきた。

 第一志望の高収入エリート職、三級でも雇ってもらえるとなれば、断る理由などどこにもない。

「もちろんです! せっかくのご推挙をムダにはいたしません!」

 コレットは力強くこぶしにぎってみせた。



 面接は十日後の土曜日、午後三時。場所は王国軍の基地内にある司令部五階、アルベール王子のしつ室で行われることが決まった。

 コレットはその日のために、オベール教官からは『面接必勝法』なるものを聞き出しておいた。それこそしつこいくらいに──。

 まずは第一印象。コレットはなけなしのお金をはたいて、安物とはいえ、かっちりとしたこんのワンピースを買った。採用さえ決まれば、こんな服などいくらでも買える。セール品をあさる必要もなくなる。先行投資は大事だ。

 面接の場で実際に魔法を使うところを見せる可能性もあるので、三日前から魔力は温存。しっかりすいみんをとって、最大魔力量までたくわえておく。コレットの使える魔法は探知と再生しかないが、三級だからこそ、あっと驚くような魔法のレベルを要求されることもある。魔力が足りなくて、不採用にはなりたくない。

 何より面接官が王子様ということで、れいことづかいは最大限に注意をはらわなければならない。不興を買ってしまえば、その場でそく不採用を言いわたされてしまう。

 実はこれが一番問題で、コレットは王族どころか学校にいる貴族の子どもとも、まともに話をしたことがなかった。

「殿下もあなたが平民の学生であることはご存じですから、貴族令嬢のようないは期待されていないでしょう。とにかく失礼のないように、ていねいに話せば良いのです」

 教官はそう言っていたが、にわか仕込みの敬語でボロが出ないか不安にもなる。

 ともあれ、コレットはこの十日間でできる限りの準備を整え、面接の日にのぞんだ。

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