第一章 前代未聞、開校以来初の落第生①

「コレット・モリゾーさん、大変残念なことですが、本校始まって以来初の落第生となってしまいました」

 そう言ったのは、きつい顔立ちの白髪しらが交じりの女性──コレットがこの王立魔法士養成学校で丸三年お世話になった、ジョエル・オベール教官だった。

 今日十二月一日は、年度末のしようきゆう試験日。みなが試験を終えてそのえを話しながら下校していく中、教官室に呼ばれたのはコレットただ一人だった。

 デスクをはさんで向こう側に座る教官の目には、あわれみがかんでいる。

 コレットは目をそらしながら「すみません」と頭を下げた。

 あたしの人生の栄光は、あの時に終わってたんだわ……。



 三年前、初等学校の卒業式──。

 フレーデル王国さいほくたんの港町レオンスの小さな学校は、はくしゆかつさいいていた。

 その中心にいたのは赤毛のがらな少女──十二歳のコレットだった。

「コレット、すごーい!」

「姉ちゃん、やったぜ!」

 同じ学校に通う弟アンリと妹リディ、幼なじみたちも、まるで自分のことのように喜んでいる。そんな中、コレットはボケッとっ立っていた。

 ついさっきまでまんできることと言ったら、港町でも日焼けをしない白いはだくらいで、へいへいぼんぼん、どこにでもいる子どもだった。

 それがいちやくきやつこうを浴びたのだ。夢を見ている気分になってもおかしくない。

 七歳から十二歳まで通うことを義務付けられている初等学校では、卒業式に魔力適性検査というものがじつされる。こぶしだいとうめいな玉に手をれるだけのものなのだが、その玉がコレットの手によって、たった今光を放ったのだ。

 それはコレットが魔力保持者として認められたあかしだった。

 あたし、将来はお金持ちになれるってこと!?

 この王国において、魔力保持者は千人に一人もいない稀少な存在。大半がおうこう貴族だが、中にはコレットのような平民もいる。将来は魔法士として高収入の職が約束されているため、平民にとって魔力を保持しているというのは、降ってわいたような幸運なのだ。

 当然、その夜は家族どころか近所の知り合いまで集まっての大祝賀会となった。

 魔力保持者とにんていされると、初等学校卒業後は、王都パリムにある王立魔法士養成学校に入学しなければならない。家族とはなれるのはさびしいことだが、もともと勉強好きなコレットは、すぐに就職するより進学できることを何よりも喜んでいた。

 養成学校の入学式で最初に行われるのは、魔力属性検査と魔力量測定検査。コレットの属性は『回復』だった。魔力量だいで卒業後は、病気やケガを治すになれる属性だ。

 その魔力量はというと──学校が創立されて以来の最多値をたたき出した。

「まあ、王族の方より高い数値が出るなんて……!!」

「平民出身者でこのあたいは前代もんだ!」──と、校長を始め、教官たちにもおどろかれた。

 卒業後はエリート職にけることはちがいないと、もちろんおすみき。

 エリートってことは、治癒院勤務なんて言わずに、自分で治癒院を開業しちゃったり? まさか王族の専属回復魔法士、なーんて。

 お金持ちどころか、大金持ちになる未来しかえがけない。

 ところが、コレットが鼻高々でいられたのは、その時までだった──。

 この魔法士養成学校では、どの属性でも前期は講義と実技訓練で構成され、前期試験に合格後、後期は現場実習となる。そして、年度末に実施される昇級試験に合格すると、各属性で三級から一級の認定があたえられるというシステム。

 貴族生まれの学生は、養成学校に入る前から英才教育のいつかんとして、魔法を習得しているのがつう。平民出身者であっても、幼いころに魔力を発動して、初等学校の卒業を待たずに入学が決まっている学生がほとんどだ。そんな中、つい最近まで魔力を保持している自覚のなかったコレットは、一人おくれた。

 知識はとにかく勉強することで、てつてい的に頭に叩き込むことはできる。しかし、問題は実技訓練の方だった。

 魔力の発動方法がさっぱりわからない。

「発動方法? そんなの考えたことないな。いつの間にか使えるようになったって感じ」

「しゃべるのと同じじゃない? 言葉って、気づいたら口から出てて、後から文字を習って『こう書くんだ』ってわかるものでしょ。魔法も教本を読むと『こうなってたんだ』って、理解が深まるだけのことだと思うけど」

 同期生たちからはそんな何の参考にもならないアドバイスしか聞けなかった。

 回復属性クラスの担任、オベール教官の根気ある指導のかいあって、コレットも魔力発動のコツはつかめた。しかし、同期生たちからは最低でも三か月の遅れを取っていた。

 結果、一年目にコレットが合格できたのは、最低ランクの三級。一方、貴族の令息・令嬢の大半は、治癒師として働ける一級まで合格。仲の良かった平民出身の同期生たちも、ぼうけん者ギルドに登録可能となる二級に合格して、ほぼ全員が学校を卒業していった。

 三級を取ったところで、『回復属性の魔力を持っています』という証明になるだけ。回復魔法士としての職には就けない。つまり、この学校では『落第生』というあつかいになる。

 出遅れた分、二年目で昇級できればいいと次の年にけたものの、二級レベルの実技訓練できゆうだい点を取れず、昇級試験すら受けられなかった。

 そして、今年こそとさらに一年がんってみたものの、結果は変わらず。

 この養成学校のざいせき可能期間は三年。コレットは入学一年目以来三級え置きのまま、卒業の日を待つだけになってしまった。

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