序章 美味な夕食、おいしくないお仕事中

 小ぢんまりとした食堂には、五人も座ればいっぱいになってしまう丸テーブルが一つ。夜七時、百合ゆりをモチーフにした色付きガラスのシャンデリアが、暖かな光を注いでいる。

 真っ白なテーブルクロスの上には今夜の夕食──ローストしたぶたの骨付き肉のこうそうソースがけ。こんがり焼けた豚のあぶらにおいとハーブが合わさって、複雑なこうただよわせていた。

 黒い簡素なワンピースを着た少女は、そんな料理を目の前に、おなかが「ぐう」と鳴るのを止められなかった。

「では、いただきます」

 少女は銀のフォークとナイフを取り上げ、肉のはしを切り取る。緑色のソースを付けてから、おもむろに口へ。

 思わず『はうーん』と声が出てしまいそうになる。

「こ、これはパセリのさわやかさをベースに、バジルをきかせて、さらにはかくし味程度にチリが少々。豚のこってりとした脂をすっきりと洗い流すぜつみようなソースです!」

「ほう。付け合わせは」

 となりほおづえをついていたきんぱつへきがんうるわしい青年がうながす。

 少女はシャトー切りにしたニンジンをナイフで少し切って、パクリと口に入れた。

「これは単なるグラッセかと思ったら、ほんのり苦みのある甘さが……カラメリゼしてあります。こんなニンジンの食べ方があるなんて!」

「ほら、水も」

 青年が足つきグラスをすっと少女の口に押し付けてくる。

「あ、すみません……」

 一口飲ませてもらって口の中をうるおした後は、もう一つの付け合わせ、ジャガイモのソテーをほんの少し口に運ぶ。

「これは──」と、少女が感激のコメントをしようとしたところ、隣からイライラした空気が漂ってきていることに気づいた。

「コレット、お前は美食家か? それとも料理評論家か?」

 コレットがおそる恐る横目に見ると、青年──アルベール第三王子のこめかみに青筋が立っていた。

 ぎゃ、またやってしまった……!!

「あたしはあなた様のお毒見役でございます。おいしい……じゃなかった、毒は入っておりません」

 言いながら、毒見の終わったお皿をおずおずと隣の席に移動させた。

 コレットは回復ほう。ケガや病気をできるしような魔力を持っているのだが──

 まさか、こんな裏仕事をするハメになるとは……。

 コレットはがっくりとかたを落としながら、自分のお皿の料理を食べ始めた。

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