第2話 義妹が婚約破棄されて帰ってきて悲しんでいるから優しく抱きしめて慰めた件(クラム視点)

□エルダーウィズ公爵邸(クラム・エルダーウィズ)


義妹が帰って来た。


「おかえり、エフィ」

「お兄様。ただいま帰りました……」


予想通り婚約破棄をされたようで落ち込んでいる。


義妹の寂しそうな顔を見るのが切ない。辛い。でも大丈夫だ。これからきっと俺が幸せにしてやるからな。

あんなクソ王子に嫁がなくてよかった。そう思わせてやるからな。



俺はクラム・エルダーウィズ。公爵家の嫡男だ。

義妹はエフィ・エルダーウィズ。義妹と呼んでいることからわかってもらえると思うが、彼女は養女だ。

養女とは言っても、縁もゆかりもない娘ではなく、俺の曽祖父の妹の娘だ。

世代が離れすぎていることに驚く人もいるだろうけど事実だから仕方がない。


そのお婆さんは王国史上最高の魔法使いと呼ばれた人で、かなり長い間若い姿を保っていたから、そういうこともあるんだろう。


それでも15年ほど前に亡くなってしまったので、エフィはうちにやってきた。

ちなみにこれはエフィも、弟のロイドも知らない。


なぜ俺が知っているのかというと、それは俺が特殊スキル持ちのレアな人材だから。

俺のスキルは"人物史"。

かなり大量に魔力を使うから多用できないが、特定の人の過去、そして未来をまるで歴史の年表のような形で見ることができるというものだ。

なんでこんなスキルが生えてきたのかはわからないが、きっと俺が昔からこそこそと周囲の人を調べていたからだろう。

理由は言わないぜ?



「すみません、お兄様」

帰って来たエフィが落ち込んでいるのが可哀そうで、ついついもう大きくなったというのに隣に座らせて頭をなでてやっていると、固い決意でもしたような表情でエフィが喋り出した。


「どうした? まぁ落ち着け。これでも飲んで」

そう言いながら執事が用意してくれた紅茶をエフィに薦める。


悪いが何があったかは全部知ってる。

俺は、可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて仕方がない義妹のエフィにあるとき"人物史"を使ったんだ。


そしたら見えた。


いずれ婚約破棄されることが。さらにそのことについて両親や弟から責められ、彼女は出奔してしまう。さらに王都に現れる悪霊に襲われて亡くなってしまうと。


俺は発狂しそうになるのを抑え、心を落ち着かせて考えた。

これはチャンスじゃないかと。


こんなに可愛いエフィをあのクソ王子に渡さなくて済むんじゃないかと。

ついでにアホな弟は折檻できるし、優しいけど権力に弱く優柔不断な父にも喝を入れられる。

そして何より、俺がエフィと一緒に未来を生きることもできる。なぜなら義妹とは結婚できるんだから。


そうと決めたら、俺は努力した。

やるべきことは3つ。

婚約破棄を言い渡されるまでエフィを安全な場所にいさせること、婚約破棄の混乱からエフィを守ること、悪霊からエフィを守ることだ。



というようなことがあったからな。

既にかなりの努力をした後だ。


それでこうやって落ち着いてエフィの相手ができるというわけだ。

今からやるべきことはエフィを落ち着かせることだ。


優しく受け止め、慰める。

今この家には俺たち2人だけ。あとは使用人たちだけだ。


両親と末の妹には家族旅行をプレゼントしている。

事前に全ての仕事をしれっと片付け、来年学院に入る妹の最後の自由な時間に旅行して思い出を作ってくるように伝えた。

婚約破棄をされたことを知った日、両親は慌てながら無遠慮にエフィを傷つけてしまうことはわかっている。末の妹はもっと酷く、エフィに使えない無能とか、王子に相応しくないとか言い放ってしまう。


ただし、彼らはエフィが死んだあと後悔の念にかられ、亡くなったエフィに謝ることは"人物史"でわかっているので、距離を取らせればいいと考えた結果こうなった。

道中、俺とエフィからの贈り物という名目で素敵なプレゼントや美味しい料理が振る舞われるから、きっと今を乗り越えれば未来は上手くいくだろう。



そんな感じで準備万端だ。

だからそんなに悲しそうな顔をせずに話してごらん。


大丈夫だから。


「ありがとうございます、お兄様」

「あぁ、落ち着いたかい?」

「はい。でも、すみません」

やっぱり暗い顔をしているエフィ。そんな顔は君には似合わない。

今すぐにでも抱きしめてやりたい衝動にかられるが、ここは我慢だ。

しっかり話さないとエフィも落ち着かないだろうから。


「私……ギード王子に婚約を破棄されてしまいました」

「そうか……」


よしよし。よく言えたな。辛かったな。何も問題ないからな。


俺は無言でエフィの頭を撫でる。

小さい頃からこの子はこれが好きだった。落ち着くみたいでな。


だから優しくなでてやる。



「怒らないのですか?」

「怒る? なんでだ?」

「だって……私……恥さらしだって」

「誰に言われた?」

「ロイドに……」

ロイド……君はやっぱりダメダメだったな。

別の理由で既に切り捨てることは確定していたがな。



「気にするな。エフィが恥さらしじゃないことを俺は知ってる」

「お兄様……」

うん、頑張ったな……俺。よく耐えた。もういいだろ?

エフィにこんな顔をさせて、俺の心が暴れまくってる。


俺は優しくエフィを抱きしめる。


「お兄様」

「何も気にすることはないさ。大丈夫。大丈夫だからな」

「はい……」

泣いているようだ。俺の腕の中で。


すまんな、エフィ。


これからは良い未来を歩ませてやるからな。だから今日、婚約破棄を放置したことだけは許してくれ。

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