第6話勇者
勇者? 勇者だと?
目を見開いた私は、そのまま無言で対峙するガリアス、そして勇者の少女と見つめた。
そこで、ふと――。
シェヘラザードと言われた少女の目に、一瞬、憎悪や怒りでは説明のつかない色が浮かんだように、私には見えた。
それは腐れ縁の幼馴染に出会ってしまったかのような、別れた昔の男と不意にばったり出会ってしまったような、とにかく――切りたくても切れない縁を嘆くような、それでいて懐かしむような、とても表現し難い表情が浮かんだように――私には見えた。
「ガリアス……正直に言えば、もう二度とあなたの顔なんか拝みたくなかったわね」
シェヘラザードと呼ばれた少女は、そう吐き捨てた。
「あなた、まだ壊れてなかったのね。まぁ予想通りといえば予想通りだけど。全く――その頑丈さだけは本当に褒めてやりたいところだわ」
「壊れるものか、私をナメるな!」
ガリアスは大声を出した。
「私は魔王陛下の手足だ! 陛下のお役に立つまでこの生命を永らえさせることこそ使命! 私は無敵要塞ガリアス・ギリだぞ! 私はあの方の手となり足となるのが――」
「使命。使命ね? そうでしょう?」
続くはずだった言葉を引き取った少女の柔和な言葉に、ガリアスはその先の言葉を失ったらしかった。
シェヘラザードと呼ばれた少女は瞬時、床に視線を落とした。
そして数秒の沈黙の後に、覚悟を決めたように口を開いた。
「――あなたの主だった魔王、ヴァルヴァトロスは私が
その瞬間、ガリアスの表情が悲痛を堪えるそれに変わった。
両手で耳をふさぎ、よろよろと後ずさったガリアスは、もう何も聞きたくないというように頭皮をかきむしった。
「――嘘だ!」
「噓じゃない。私が奴の首を剣で撥ね飛ばした。奴の首は真っ黒な血を吹き出しながら床に転がった。ヴァルヴァトロスが消えたことにより、魔王城は跡形もなく崩れて――砂になった」
「嘘だ!!」
「噓じゃない、噓じゃないの。今の世の中はきっと――平和な世界なのよ。もう私や貴方がいた時代のような戦乱の時代じゃない。残酷な話だけれど、時代は変わった。貴方も、私も、時が経ちすぎたのよ――!」
「やめろ――あの方が貴様ら人間に、ほ、ほ、ほ、滅ぼされるなど――!」
「ガリアス、話を――」
「うう……うあああああああああああああああああああああああッ!!」
その瞬間、ガリアスの眼鏡の奥の目が真っ赤に染まった。
あっ、と、私は声を上げた。
アレは――そう、魔物と呼ばれる存在が攻撃態勢に移るときに見せる攻撃色だ。
ガリアスの目から理性の光が消失した。
ダァン! という物凄い音とともに地面を蹴ったガリアスは猛獣と化し、奇妙な咆哮を上げて少女に飛びかかる。
なんだ? 何がどうなっている?
完全に置いてけぼりになっていた私の脳みそは完全に混乱していた。
勇者? シェヘラザード?
魔王? それに無敵要塞――?
一体何がどうなってる。私はどんな運命に巻き込まれたというのだ。
「が……ガリアス!」
シェヘラザードに飛びかかろうとするガリアスに向かい、私は咄嗟に叫んだ。
「やめなさい! おっ、おすわりッ!!」
咄嗟に――。昔犬を飼っていたときの癖が出た。
アホで、警戒心がまるでなくて、何にでも飛びつく困った癖を持っていたあのバカ犬を落ち着かせるための言葉だった。
おそらく殺す気で飛びかかったであろう男を落ち着かせるべき言葉として、これ以上間抜けな言葉はそうあるまい。
だが、それは意外にも効果
号令した瞬間、放物線を描いて飛びかかったガリアスの身体は重力法則をまるで無視したように垂直下降し――物凄い音とともに床にめり込んだ。
ぎょっ、と、その場にいた三人が同時に目を見開いた。
頭から要塞の床にめり込んだガリアスは燃える瞳で私を睨み、獣のような唸り声を上げて床をガリガリと両手で掻き毟った。
「お……おのれ人間……! やめろ……! 魔王軍の大要塞になんという命令を……!」
「おすわり! いいわね!? おすわり! そのまま地面に顔を押し付けてなさい!」
「や、やめろ、私に命令するな……ぐあああああああ!! や、やめて! 顔が変形する……! あ、め、眼鏡! 眼鏡が曲がる……!! あああああ!!」
私が肩で息をしながら立ち上がると、シェヘラザードと呼ばれた少女はガリアスと私の顔とを交互に見た。
「あ、あなたは? あなたは何者なの? ま、魔族でもなさそうなのにあのガリアスに命令できるなんて……!」
「いや……ゴメン、私にもさっぱりわからないんだ」
私は困ったように頭を掻き、大きなため息をついて言った。
「とりあえず――このままじゃ何がなんだかわからないよ。状況を整理したいの。とりあえず、三人で話し合おうよ。ね?」
◆
ガリアス、シェヘラザード、私――三人で囲むテーブルは、正直言ってめちゃくちゃ不愉快だった。
まぁ座って状況を整理しようよ、と半分冗談で言った私の話に乗ったガリアスもガリアスだし、どうせなら風景のいい場所で話しましょう、といったシェヘラザードもシェヘラザードだった。
そのせいで私たちは指揮所に出された机を囲み、お互いに全く親近感の湧かない面談をする羽目になったのである。
「さて、三人揃いましたところで――まずはお互いに自己紹介から始めましょう」
指揮所の机の上で、私はお見合いパーティの司会ような冴えない事を口にした。
「私はシャーロット・マリー・ジェネロ。歳はこう見えても十八歳、原因不明の病気で八歳の身体のまま成長してます。よろしくね」
にっこりと笑ってそれぞれに挨拶を促すと、ガリアスがイライラと、シェヘラザードが優雅に自己紹介した。
「ガリアス、無敵要塞。歳は知らん」
「シェヘラザード、職業は勇者。歳は五百十六歳」
――自己紹介タイム終わり。
こんなのにいちいちツッコんでられない。私は話を先に進めることにした。
「それで、ちょっと聞きたいんだけど――ええと、シェヘラザードちゃん」
「長いでしょう? 私の名前。面倒だから『シェヘラ』でいいわ。五百年前にもそう呼ばれてたし」
「おっ、おう、そうか……ならシェヘラ。あなた、本当に――あの、勇者なの?」
シェヘラは曖昧に頷いた。
「少なくとも、五百年前はそう呼ばれてたわ。今じゃなんて呼ばれてるのか知らないけど」
「へぇ、本物かぁ。てっきり勇者って男の人だったんだと……まぁそりゃいいや。い、いや、それ以上に――やっぱり勇者ともなると歳取らないのね。凄いなぁ……」
私が驚きとともに言うと、シェヘラは「それは違うわ」と首を振った。
「私は死んだのよ――五百年前に」
「へっ?」
「さっき気がついて、私も最初は戸惑った。でも、この要塞が力行状態になった時に、肉体が元に戻ったの。わけもわからずこの要塞内を徘徊してたら貴方と出会った――今わかってるのはそれだけね」
そう言われても――皆目わけがわからない。
私は、テーブルに頬杖を付き、明後日の方向をイライラと藪睨みしているガリアスを見た。
「ガリアス……」
「ふんっ! アホな主に一応ご説明申し上げます! その女は確かに死んでおりましたようです! 私の玄関先で五百年間も骨になって転がっておりましたようですねッ!」
「ふぁ?」
私は驚きの声を上げ、シェヘラを見た。
目の前の美少女とはとても似つかないが、玄関先で転がっていた骨には見覚えがあった。
私がここに追放されてきたとき、私が親身になって話しかけた、あの骨がこの娘――なのか?
「じゃ、じゃあ、あの玄関先に転がってた骨が……!?」
「私、のようね。ガリアスの言うことを信じるならば」
シェヘラザードは柔和に微笑んだ。
私が絶句していると、フン! とガリアスが鼻息を荒くしてそっぽを向いた。
「おそらく、この要塞が休眠状態から覚め、要塞内の時間が逆行した瞬間――私まで五百年前の状態に戻った、ってことね」
ガリアスの貧乏ゆすりが激しくなったところを見ると、その通りらしい。
私は感心してシェヘラの顔をジロジロ見た。
「五百十六歳とはとても思えませんな……」
「正確に言えば十六で死んだから今も十六歳ね」
うふふ、とシェヘラはまた笑った。
うわぁ、こんなすごいエキゾチックな顔立ちの褐色美人が笑うと絵になるなぁ。
まぁ、今シェヘラが笑ったところは絶対笑うところじゃないけれど。
「それで――」
シェヘラは私から顔を離し、ガリアスに向き直った。
「ガリアス、魔王のことだけど――」
「ふん、また貴様お得意の嘘か! 信じるものか、忌々しい勇者め!」
ガリアスは不貞腐れた子どものように顔を背けた。
「魔王陛下はこの世の誰よりも強く賢くお美しい! 何故貴様のような半人間の小娘に殺られるというのだ!」
「ガリアス、お願いよ、話を聞いて」
シェヘラが懇願するような声を出したが、ガリアスはその視線から逃れるように首を背後に回した。
「へんだ、信じるものか! お前の嘘はもう聞きとうない! 私はあっち向いちゃうからな!」
「ガリアス――!」
「ふんだ! 貴様の言葉など聞いてると耳が腐って落ちるわ! そんなに話したいなら壁にでも話しかけていれば――!」
「ガリアス、こっち見なさい」
私がそう言った瞬間、ボキッ! という音と共にガリアスの首が一回転し、顔が正面を向いた。
「うわ、気持ち悪ッ……!」
「お、おのれ小娘、私になんという命令を……! ぐぎぎ……!」
「あらあら……ってことは本当にあなたがガリアスの操者になったのね。ガリアスが人間の言う事をまともに聞いてるわ」
シェヘラが感心したように目を丸くした。いやまぁそうねぇ、と私は曖昧に頷いた。
続きは? と視線で促すと、シェヘラはガリアスに向き直った。
「ガリアス、あなたに伝えたいことがあるの。お願い、私の話を聞いて」
「や、やめろ! ヴァルヴァトロス様は死んではおらん! 信じない……信じないぞ!」
「まぁ、信じたくはないでしょうけれど……証拠はこれよ」
そう言って、シェヘラはテーブルの上にあるものを置いた。
指輪である。銀無垢に、なにか読めない楔文字が彫り込まれた、何の変哲もない指輪――。
だが、その指輪を目の当たりにした瞬間、ぎょっとガリアスが目を見開いた。
「そっ、それは――魔王陛下の《僭主の指輪》……!?」
僭主の指輪?
私が首を傾げるのにも構わず、シェヘラは頷いた。
「えぇそうよ、それが私の手の中にあった、それこそが私が魔王ヴァルヴァトロスを討伐した証でもある」
「ま、魔王陛下――! そ、そんな、まさか……!」
「その指輪は、持ち主が死なない限りその身を離れることはない……そうよね?」
シェヘラは、すう、と息を吸ってから、静かに言った。
「彼――魔王ヴァルヴァトロス・キングコングは死んだ、私が――私が斃したのよ」
「そ、そんな……! 魔王陛下……! あぁ、おいたわしや我が創造主よ――!」
ガリアスは指輪を手に取ると、まるでそれが魔王の遺骨そのものであるかのように掌で包み込み、項垂れて肩を震わせた。
状況が飲み込めないなりに、愕然としているガリアスの姿はとても痛ましかった。
本当に魔王を慕っていたんだな――と気の毒がっている私の横で、シェヘラが口を開いた。
「ところでガリアス――あなたは何故、あの魔王戦争が起きたと思う?」
その言葉に、目を真っ赤に腫らしたガリアスがのろのろと顔を上げた。
「そ、それは……我が主ヴァルヴァトロス様が、愚かな人間どもが住む地上を征服しようと――」
「違うわ」
シェヘラが即座に、鋭く否定したのに驚いた。
違うはずがない。魔王は人間の世界を征服し支配しようとした存在のはずで、勇者はその悪しき野望ごと魔王を討った――それが常識であるはずだ
なのに――なんだろう、シェヘラのこの思いつめたような表情は。
シェヘラはまっすぐにガリアスの顔を見た。
「結論から言うわ、ガリアス。――あれは、人間側から魔族側への侵略戦争だったのよ」
◆
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