第5話魔王戦争
「えっ」
「えっ」
「どうしたのです主? さぁ、私と一緒に人間どもが巣食う世界を滅ぼして――」
「いやいやいやいや、おかしいおかしいおかしい」
完全にポカンとしているガリアスの表情を見て、私は多少イラッとしながら言った。
「えっ、ちょ、何? 今なんて言ったの?」
「世界を征服し、人類を滅ぼそうと」
「ええ――ほ、本当にそう言ってたの……? げ、幻聴であってほしかった……」
私が頭を抱えると、ガリアスが多少慌てたようだった。
「ど、どうしました主? 腹痛ですか?」
「頭抱えてるなら普通心配する所違うでしょ。頭でしょ頭、頭痛よ」
「頭痛がするので?」
「あぁもう二日酔いみたいに急にガンガン痛くなったわよ、二日酔いになったことないけど。もう、なんなのよアンタ、なんで急にそう突拍子もない事言い出すの?」
「と言いますと?」
「アンタね、私をよく見てよ。どっからどう見ても人間じゃない。その人間に向かってさぁ人類を滅ぼそうなんて普通誘わないでしょ」
「に――んげん?」
ガリアスの目が点になった。
「あ、主は人間なのですか? 魔族じゃ――ない?」
「魔族って――ああもう、なんでそう急に次々とニューワーズ放り込んでくんの? だいたいそんな要塞がどうのこうのって言われた時点から完璧についてけてないのよ、私は」
「なっ――!?」
ガリアスはわかりやすく驚いた。
「あ、貴方様は――この無敵要塞ガリアス・ギリの封印を解くためにここに来たのではないのですか?!」
「ないのですな。だいたい私、詳しい事情は省くけど、婚約者に婚約を破棄された挙げ句、今まさにここに追放されたとこなのよ。アンタのこともこの無敵要塞だか白菜だかの名前も今初めて聞いたの」
「馬鹿な!?」
ガリアスは大声を上げた。
「何を馬鹿なことを仰ってるんです!? 貴方様は魔王ヴァルヴァトロス様の命を受けて、私に援軍を要請するために来たんでしょう?!」
今度は私の方が驚く番だった。
「え――何? なんて言ったの? 魔王、って聞こえたんだけど……」
「魔王です、ま・お・う! 魔王陛下! 魔族の王、ヴァルヴァトロス魔王陛下ですよ! ね!? なんで知らないんですか!? あなたそれでも人間ですかッ!」
ものすごい剣幕でガリアスが喚いた。
魔王ヴァルヴァトロス――その名前には、確かに聞き覚えがあった。
聞き覚えはあったけれど……おそらくその知識は、ガリアスが期待した話とは違う次元で得た知識だった。
私は思わず、不用意に口にしてしまっていた。
「魔王って、それ――大昔に勇者に滅ぼされたはずだけど」
目が点になる、とはこういう事を言うのだろう。
今まで(θ∀θ)だったガリアスのレンズの奥の目が(・д・)ぐらいになった。
「え……は?」
「え……は? じゃないよ。魔王ヴァルヴァトロスは滅んだはず。魔王は魔王戦争とかいう大昔の戦争で滅ぼされたの。私でも知ってる歴史だよ。知らないの?」
そう、魔王はかつて全世界を巻き込んだ魔王戦争によって、跡形もなく滅んだ。
世界創造の混沌から生じ、かつてこの地上を支配していた強大なる魔族の王――それが魔王と呼ばれる存在だった。
そしてある時、魔王は人類との均衡を一方的に破り、全世界を併呑すべく兵を挙げた。
かの者が持つ圧倒的な力と魔族の兵力を前には、人類は為すすべもなかった。
瞬く間に大陸のほぼすべての地域で人間たちは魔王軍に押され、潰され、殺され――滅びに瀕したという。
だがそんなとき、人間界に忽然と現れた存在がある。
それが『勇者』と呼ばれる存在だった。
勇者はこの世界を創造した女神の恩恵を享けた、魔王を殺すことが出来る唯一の存在だった。
勇者はその力で魔族と戦い、徐々に人間の世界を取り戻していった。
勇者の振るう剣は那由多の敵をも切り裂いた。
勇者の慈愛はどんな傷病人をも癒やした。
勇者の言葉は全ての人間を励ました。
やがて人類は勇者を中心に団結して魔王軍と激突、後世に魔王戦争と呼ばれる戦が起こった。
戦いは熾烈を極めたが――やがて魔王はからくも勇者に討ち取られ、魔王軍は壊滅した。
同時に、勇者と呼ばれた存在は帰らぬ人となったが――人類は勇者の尊き犠牲と引き換えに、悪しき魔族の野望から辛くも逃れることが出来たのだ。
そして今、人類はその尊き勇者、そして戦士たちの骸の上に築かれた平和の時代を暮らしている――。
私が私なりに学んだこの世界の歴史を掻い摘んで語ると、ガリアスの顔色が、紅色から急速に白くなり、そして青くなり、そして最後に土気色になった。
あ、あう、と、ガリアスの口が喘ぐように動き――しどろもどろの言葉が漏れ出た。
「あ、あの、主……」
「何よ?」
「今――天暦何年ですか?」
「天暦? 天暦2024年だけど……それがどうかしたの?」
その言葉を聞いた途端、ガリアスは糸が切れたマリオネットのように、愕然と膝から崩れ落ちた。
あまりの「愕然」ぶりに私の方が驚くと、蒼白の顔でガリアスが床に手を付き、何やらブツブツとつぶやき始めた。
「ちょ、ガリアス、大丈夫……?」
「五百年……五百年も経ってる……!? ごっ、五百年も……!?」
五百年。
想像だにするにもバカバカしい年月に私の方も驚いたが、ガリアスの方はもっと驚いたようだった。
床に崩れ落ちたまま、ガリアスは頭を抱えた。
「噓だ、五百年……五百年だと……!? 五百年、五百年間も私は放置されていたというのか!? せっ、せいぜい十年ぐらいのことだと……! 何故だ、何故魔王陛下は私に援軍を命令しなかった!? そして私はそのまま五百年も……!? 五百年五百年五百年五百年五百年……!!」
「うわ突然怖ッ! なんなの?! ちょ、どうしたの!?」
「五百年……五、百年……!! 五百年五百年五百年五百年五百年五百年五百年……!」
「五百年はわかったよ! どうしたのよ、アンタ一体どうしたのよ!? 五百年間も何がどうなって――!?」
私が床にくずおれたままのガリアスの肩をどんどんと叩くと、ガリアスがバッと顔を上げ、私はうわっと仰け反った。
やおら顔を上げたガリアスの、メガネのレンズの奥の眦に――光るものがあった。
えっ、涙? っていうか、ゴーレムって泣くの……?
見当違いな所に私が驚いていると、うがあああああああああああ!! と絶叫したガリアスが、全身で私に伸し掛かってきた。
驚く暇もなく、肉体年齢八歳でしかない私は満足な抵抗もできず、呆気なくガリアスに組み伏せられた。
床に叩きつけられた背中の痛みを呻く暇もなく、両手で思い切り肩を捕まれ、私は狂気に濁ったガリアスの目を真正面から見る羽目になった。
「ちょ、ガリアス――!?」
「うぉのれえええええええええええええ!! 人間めぇ!!」
驚いている私の目の前で、ガリアスは獣のような咆哮を上げた。
「貴様……貴様ッ、人間! よくも魔王陛下を……! 私の創造主を滅ぼしたな!!」
耳を疑った。
何だコイツ、今なんと言ったのだ? 私の――創造主?
驚いている間にも、ガリアスは涙とよだれを散らし、私の肩を掴んで揺さぶりながら怒鳴りつけた。
「私は――私はッ! ずっとここで待っていたんだ! 魔王陛下が私のことを呼びに来るのを! ずっと長い間、あの魔王戦争の最中にもだ! 気の遠くなるような長い間、私はあの方のお役に立てるその日を夢見て、ここで朽ち果てることもできずに待っていたんだぞッ!!」
ガリアスは私には全く理解不能の慟哭を叫んだ。
「魔王陛下が人間ごときに滅ぼされただと……!? そんなことは信じない! しっ、信じられるか! 貴様、さては人間側が送り込んだ間者だな!? 私と魔王陛下の仲を引き裂こうとしおって……ゆ、ゆ、ゆ、許さんぞ人間!! 許さんぞぉぉぉッ!!」
えっ、なにこの展開。
私、なんかそんなヤバいこと言っちゃったの――!?
大人の男にこんな敵意ある視線で睨まれたことも初めてだったし、こんな鬼気迫る口調で怒鳴られたことも初めてだった。
情けないことに身が竦んだ、その時だった。ガリアスの白手袋をはめた両手が私の首筋に回って、私はぎょっとした。
ヤバい、締められる――! 頭の中に緊急警報が鳴り響き、私はとりあえず、死にかけのゴキブリのようにジタバタと暴れた。
「ちょ――何やってんのアンタ!? まさか絞めるのか!? こんないたいけな幼女の首を絞めようってのかオイ! 何考えてんだバカ!」
「ううう、うるさいぞ人間! 私は魔族だぞ、悪魔なんだぞッ! 幼女だろうが子犬だろうが絞めるときは絞めるのだ! あまり私をコケにするとわりと強めに絞めるからな!」
「うわっコイツ本当に力入れ始めた! ちょっと誰か! この人幼女になにかしようとしてますよ! 変態だぁ変態だぁ! 変態! 変態! 変態! 駄ブタ! 変態!」
「貴様ァこの無敵要塞に向かって駄ブタとはなんだ! 不届き千万おやつは三時! ひっ、必死の命乞いも虚しくかなりキツめに絞めてくれるわ! 覚悟しろ人間ッ!!」
「ウオオオオオオオ宣言通りホントにちょっと苦しくなり始めた! このままだとかなり本気で絞められそうだ! ちょっと誰か来て! 誰かぁ――!!」
「その娘を離せ」
不意に――。
凛とした声がガリアスの背後に発して、ガリアスの手が一瞬、緩んだ。
「その娘を離せと言ってる」
手が緩んだおかげで、私は顔を上げることが出来た。
今度は何だ? ガリアスと私はほぼ同時に背後を振り返った。
「なッ――!? き、貴様は――!」
背後の人物を見た瞬間、ガリアスが大慌てに慌て、私から身体を引き剥がして床を蹴った。
そのせいで、「その人物」を私は真正面から見ることができた。
全く意外なことに、女――である。
褐色の肌に、輝くように艷やかな黒髪。
長いまつげに縁取られた瞳が湛える、神秘的な紫色。
傷ひとつない、純白の鎧を上下に着込んだその佇まいは、きめ細やかな褐色の肌にこれ以上なく映えている。
まるで闇夜に輝く月のように。
沼に咲く一輪の白百合のように。
美しい――女の自分が見ても思わず息を呑むほどに――美しい少女。
歳の頃十六、七と見える、妖艶で不思議な雰囲気をまとった少女が、そこに立っていた。
突然の闖入者に私が目を白黒させていると、その少女から飛び退ったガリアスが、まるで不倶戴天の天敵を見たかのような、憎悪が籠もった声で咆哮した。
「勇者シェヘラザード……! 貴様、どうやって私の中に入った!?」
◆
【お願い】
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