第4話城塞都市
「現時点で、長く休眠状態にあったこの無敵要塞の見てくれはまだ崩れかけの古城でしかない。主、この要塞を本来の姿に戻しましょう」
「本来の――姿?」
「えぇ、本来の姿ですとも」
反射的に口を開きそうになった私だったけれど――皆まで聞いてもわけがわかるまい。
少しだけ考えてから訊ねた。
「どうすればいいの? あっ、待って。うーん……アホな子供に左手の法則説明するぐらいのレベルで説明して」
「かしこまりました。主、この要塞を通常モードから
「う、わ、わかった――ガリアス! 迎撃モードに移行!」
「御意! 無敵要塞ガリアス・ギリ、迎撃モードに移行します!」
ガリアスが復誦した途端、ゴトン、という、なにか巨大な歯車のようなものが動き出すような重苦しい衝撃が床から足に伝わった。
周囲三六〇度全てが映り込む画面上にまず見えたのは、土煙だった。
次の瞬間、ただの古ぼけた古城でしかなかったギリ・ルインの周囲に黒々とした壁が地面を突き破って現れ、世界とこの城とを隔離するかのように、次々とそびえ立った。
その分厚さから堅固さを十分に想像させる絶壁はまるでギロチンの刃のように大空を裁断し、十数秒にも満たない間に見渡せる限りの地平線まで伸びてゆく。
まさか要塞はこの城だけじゃないのか? 私がそんな事を思う間にも、ギリ・ルインの石壁はガラガラと音を立てて崩れ、中から漆黒の壁を備えた、荘厳で禍々しい城が現れた。
ギリ・ルインの側を流れていた川の流れはギリ・ルインを中心に生じた亀裂に飲み込まれ、その下に口を開けた巨大な空間に消えてゆく。
私だけでなく、八又竜でさえ、突如起こった天変地異に驚いたようだった。
八本ある首が慌てふためいたようにぐるぐると辺りを見回し、時ならぬ声を上げる。
なんだ、一体何が起こっている?
あまりの事態にうろうろと指揮所を歩き回っていた私は、ふと、地面に生じた亀裂の下に見えた光景にぎょっと目を瞠った。
まるで地の底へと通じているかのような亀裂の下から現れつつあるもの、それは――街?
地下に格納されていたと思しき広大な街が、今私たちがいるらしい城を中心とし、あろうことか周囲の山河を押し分けて地上にせり上がってくる。
「城塞、都市――?」
そう、それは間違いなく都市の形であった。
この国の王都のそれのような、古めかしい円形の要塞都市ではない、鋭角に折れ曲がった壁で構成された――漆黒の城塞都市。
周囲をぐるりと壁で囲み、生きとし生けるものをその中に守る、五つの光芒を備えた広大な星型の都市――が、私の見ている目の前で、大地を割って太陽の下に現れたのであった。
「どうです? よい眺めでしょう? ――これが、この巨大で壮麗な城塞都市こそが、私の、無敵要塞ガリアス・ギリの真の姿なのですよ」
涼やかな声に振り返ると、ガリアスが微笑んだ。
まるでクリスマスプレゼントに目を輝かせる子供を見る親のように――その目は優しげで、そして誇らしげであった。
「さぁ主、私の本当の姿がわかったところで――いよいよ反撃に移りましょうか」
「は、反撃……?」
「そう、反撃です」
ガリアスはそこで、リボンタイを心持ち締め直しながら、ニヤリと唇の片方を持ち上げた。
「ときに主。敵をじわじわ磨り潰すのと、一撃で派手に葬り去るのと――主はどちらがお好みでしょうか?」
一瞬、間があった。
このガリアスの嗜虐的な笑みと、目の前で必死に防御壁に炎を吹きつけている八又竜の間に視線を往復させた私は、はっと息を呑んだ。
「――選べるのね?」
「選べますとも。この無敵要塞ではよりどりみどりでございます」
「へぇ、そうなのね……なかなかに私好みじゃないの。よくやった、褒めて遣わすわよ」
「ありがたき幸せ」
私とガリアスはお互いに残虐な笑みを浮かべながら目の前の八又竜を見た。
まさか自分が捕食される側になろうとは考えたこともないだろう、暴力と傲慢の塊。
ヘビを思わせるその顔に自分を捨てたすべての人間の顔を重ねて、すう、と息を深く吸い込んだ私は――とても邪悪な顔で宣言した。
「一撃でアイツを焼き鳥にして」
「かしこまりました。……無敵要塞ガリアス・ギリ、対有害鳥獣撃退用兵器【ファランクス】を起動、迎撃態勢に移行します!」
ガリアスがそう宣言した途端、青白い光が窓の向こうに発し、私ははっと外を見た。
見ると、街をぐるりと取り囲む城壁の上を青白い閃光が走っている。
鋭角に折れ曲がった城壁、星型の先端に集った光は、次の瞬間には徐々にスピードを上げて回り始め、見ている間にひとつの巨大な円を描き出す。
それだけではない。眼下に広がる広大な街に走る通路にまでもが発光し、青白い光がまるで意志あるもののように錯綜し始めた。
それはまるで昔本で読んだオーロラのようで、要塞はまるで鼓動するかのように発光し、明滅し、やがてひとつの巨大な五芒星を描き始めた。
「きれい……」
「壮観でございましょう?」
ガリアスが満足気に言うのを、私は背中で聞いていた。
「この要塞都市の城壁はただの壁ではありません。この要塞都市はそれ自体がひとつの魔導装置になっており、迎撃時には街全体に魔導エネルギーが循環し、増幅されます。――おそらく、私こそが世界一巨大な魔導攻撃システムということになるでしょう」
ガリアスが説明する間にも、青白い光は地平線の彼方まで広がった要塞都市の隅々までに満ち満ち、やがて円形都市の中心――避雷針のような高い塔が聳え立つ一点に集まり出した。
最初は一番星程度だった輝きは徐々に大きく膨らみ、やがて太陽を圧するほどの鋭い輝きを放った。
《魔導エネルギー、充填完了。攻撃命令待機》
《
今度は目の前に立っているガリアスが胸に手を添え、恭しく腰を折った。
「さぁ、後は貴方様の号令ひとつです。シャーロット・マリー・ジェネロ」
ガリアスは白手袋を嵌めた手で、モニターの向こうで暴れまわる八又竜を示した。
「ご覧あれ。あの下品なドラゴンの生殺与奪の権の一切は今、貴方様の掌の中にある。彼の者を一撃で粉微塵にする用意は万端整いましてございます。主――後はお命じくださるだけです」
おお、いい。
それはとても心躍る演出であった。
「さぁ――どうぞご命令を!」
ガリアスに促され、私は指揮所の映像窓に大写しになるドラゴンを見た。
ドラゴンは八本の首をぐねぐねと奇怪に動かし、なんとか城壁を破って逃げ出そうと躍起になっているらしい。
体当たりをしたり、炎を吐いたり、時には城壁に爪をかけて喰い破ろうとさえしている。
けれど一体どんな素材でできているものか、城壁は崩れるどころか、わずかばかり削れるものですらない。
圧倒的な優位をひっくり返された強者というのは、こんなにも無様なものか――。
私は初めて見る光景をしばし眺め続けた。
今頃、私を捨てた人間たちは、ようやく厄介払いができたとばかりに、暖かい部屋で茶でも飲んでいるのだろうか。
自分たちにだけは火の粉も厄災も降りかからないと信じ切っている人間たち。
圧倒的弱者から貪ることを当然の権利として疑わない者たち。
少しでも気に入らない存在なら叩き潰しても心の傷まない人間たち。
そんな連中が、いざ弱いと信じていた存在から反逆されると――誰でもあの八又竜のように無様を晒すのだろうか。
ニヤ、と私は我知らず唇を歪めた。
一言で言って――めちゃくちゃ快感だった。
その爽快感が消えぬうちに、私は背筋を伸ばした。
足を肩幅に開き、ぺったんこの胸を反らして。
左手を腰に当てた私は、瞬間、右手を前に突き出し――宣言した。
「無敵要塞ガリアス・ギリ、攻撃開始!」
その命令を、ガリアスが復誦した。
「御意!
ガリアスがそう令した瞬間――街の中心、ギリ・ルインだった城に聳える尖塔が、稲妻のような光を発した。
その上に留まっていた魔導エネルギーの塊が明滅し、にゅっと形を変えて鋭い槍の穂先のような形に変化したと思った、その途端だった。
青白い光が、指揮所を白く染め上げた。
尖塔の中心から伸びた青白い光がまるで槍のように変形し、城壁に取りついていた八又竜の首がぎょっとしたように一斉に前を向いた瞬間――。
ズドン! という、凄まじい空震が指揮所を突き抜けた。
攻撃は、目にも留まらぬ一瞬のことだった。
八又竜のどてっ腹は『
八又竜が沈黙すると、八又竜の身体はまるで砂の城が崩れるようにしてみるみる形を失い、光の粒となって虚空に消えていった。
《
GARIASの音声がそう告げ、指揮所には随分久しぶりに感じる静寂が訪れた。
「す、すごい……! ほっ、本当にドラゴンを一撃で……!!」
唖然呆然――だった。私はゆっくりと消えてゆく八又竜を、ぽかんと口を開けたまま見つめ続けた。
「素晴らしい! 最高のセレモニーとなりましたね!」
ガリアスが拍手しながら喝采を叫んだ。
「いやはや全く! 素晴らしい幕開けとなりましたな! 主よ、実に見事な指揮でございました!」
「え……? いや、いやいやいや。私、何もしてない……。私はただアンタのアドバイスに従って色々命令しただけなんだけど……!」
「謙遜めされますな、主よ! あなたのあの声量、堂に入った命令の仕方、特に攻撃命令の瞬間のあの悪魔の如き表情! 生命の尊厳を容赦なく踏みにじって唾さえ吐きかけるような外道そのものの表情が素晴らしかった! それでこそこの要塞の主にふさわしい!」
「え……そ、そうかな。そんなにすごかった、私?」
「すごかった! すごかったですとも!」
こう見えて、私はなかなかのお調子者である。そしてガリアスはなかなかのおだて上手でもあった。
私はボリボリと頭を掻いた。
「いや……えへへ、それほどでも。まぁなんというか、予想より上手くいったというか、まぐれでも嬉しいと言うか……」
「全くそんなに謙遜なんかされましてこのォ! もっと自信を持っていただかなくては! いよっ、この鬼! 悪魔! 極道! 後家殺し!」
「オイオイ褒めすぎよ。それと、誰が後家殺しよ。殺される方でしょ私は。これでも女なんだから」
人間として褒められてはいけないこととはわかっていつつも、今までの人生では人に褒められるどころか、まともに会話してもらえることすらなかった私である。
思わぬ称賛を受けてテレテレと後頭部を掻く私を、ガリアスはまるで悪ガキが相合い傘を冷やかすようにヒューヒューと囃し続けた。
たっぷりと照れた私に、ガリアスは「さて!」と話題を変える一言を発した。
「さぁ主よ、余興はこのぐらいで十分です」
ガリアスは首元のリボンタイを引き締めつつ言った。
「私とあなたのバラ色の日々は華々しく幕を開けました! これからこの地上最強の無敵要塞ガリアス・ギリはあなただけのもの! 今日からこの要塞は貴方様の手となり足となるのです!」
そう言われて、私は今まで灰色の壁に塞がれていた目の前がぱっと開けたような気分になった。
なんだかよくわからなかったが――これは明確に、人生大逆転の香りがした。
追放された時点で人生終了かと思っていたが、どうも美味しい方向に、それも願ってもない方向へと人生が転がり出したのは間違いないだろう。
この無人の大要塞があれば、誰にも邪魔されず、誰にも咎められず、私が私にかけてしまった時を止める魔法を解くことができるかもしれない。
今日から私は、人間として全く尊敬できないクズ王子のお飾り『
この地上に完全無敵の、無敵『
その事実があまりにも眩しくて、私は思わずガリアスの顔を見つめた。
フッ、と、ガリアスが微笑んだ。
その微笑みはまるで福音を伝えに来た天使の微笑みに見えた。
私を楽園へといざなうかのように差し出されたガリアスの手を、私が両手で掴もうとした、その瞬間。
「いざ私とあなたで、愚かな人間どもが巣食う世界を殲滅するとしましょう!」
――私は手を引っ込めた。
◆
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