第3話無敵要塞ガリアス・ギリ
「えっ、何?」
「おやおや……早速の来客のようですな、主よ」
ガリアスが虚空に親指と人差し指を突き出し、拡大するような動きをする。
それと同時に虚空に映像が浮かび上がり、私はぎょっと目を剥いた。
「え、ええ……!? 何それ、どうなってるの!?」
「この程度は驚くに値しません、私は無敵要塞ですよ? この要塞に仇為す危険性のあるものは既にしてすべて私の監視下にある」
事も無げに言ったガリアスは『これを見ろ』と目だけで示した。
私がその映像を覗くと、映像の中に大写しになっているものがあった。
映像の中に映っている地形や川は、このギリ・ルインのものだ。
来たばかりでよくわからないものの、これらがこの角度から見えるということは、この要塞の正面ぐらいからの主観映像であるらしい。
しかしなんだろう、この膨大な量の土煙は。
まるで巨大な何かが地面を這いずってきているかのようだけど――。
そう私が思った、次の瞬間。
土煙の間から、にゅっ、とばかりに、複数本の首が伸び上がった。
「え――!?」
私が目をひん剥くと、その首は次々と本数を増やし――そのすべての首が、こちらを真っ直ぐに睨みつける。
「おお、こやつは古竜種――我々が俗に『
「どっ……
私は派手に驚いた。竜といえばこの世界では最強の生物――あらゆる生態系の頂点に立つ最強の生物である。
その力は完全武装の兵士百人を尾の一振りで薙ぎ倒し、吐く炎は千人の騎士を焼き尽くすとかなんとか――よくは知らないけれど、とにかく、ドラゴンとはそんな風に讃えられる地上の暴君なのである。
「なっ……なんでドラゴンなんかいるの!? しかもこっちに向かってきてない!?」
「向かってきてますねぇ。まぁドラゴンは縄張り荒らしにはうるさい生物ですから。この要塞を縄張りを荒らす外敵だと思ってやってきたんでしょうな」
「『しょうな』じゃないよ! ど、どうするの!? そんなの完全に私たちを攻撃するつもりなんじゃないの!?」
「ええ、攻撃するつもりなのでしょうねぇ」
「何を余裕こいてんのよ! そっ、それなら早く逃げようよ! こんなちっぽけな古城なんて潰されちゃう! このままだと死ぬよ私たち!」
「逃げる? はて――何故逃げるのです?」
「は、はぁ――!?」
私の声に、ガリアスは心底不思議そうな表情を浮かべた。
「逃げる? 何故に? どこへ? もとよりこの地上にここ以上に安全な場所などありませんよ。今日からここが世界の中心になるのですからね」
ざっ――と。
私たちの間になにか風のようなものが吹き抜けたような気がした。
なんだ、何を言ってるんだ、この優男は。
ここが今日から世界の中心になる?
一体全体、それはどういうことなのだ――。
「さて主、
そう言って立ち上がったガリアスは、私の手首を掴んで歩き出した。
わたた……! とそれに引きずられながら私は喚いた。
「あ……ちょ! どこ行くの!?」
「どこって、この要塞の司令室です。操者たる貴方様の特等席ですよ」
「操者って何!?」
「貴方様のことです」
「これから起こることって!?」
「華々しい大勝利です」
ダメだ、コイツ何を言っても要領を得ない――!
いっそこの手を振りほどいて逃げ出してしまったほうがまだ生き残る確率が高くなるんじゃないか?
本気でそう思った時、ガコン、という音とともに玉座の床が丸く持ち上がり、私はぎょっと目を見開いた。
「さぁ主、いってらっしゃいませ」
言うが速いか、ガリアスはその浮き上がった玉座の床にポイと私を置いた――いや、捨てた。
私が尻の痛みを呻く暇もなく、シュン! という音と共に床が透明の膜で覆われ、私はその中に閉じ込められた。
「え、何、なんなのこれ!? 何よこの筒!? 出して! 出してよ!」
「暴れずとも大丈夫。私がサポートします。快適な要塞の旅を」
「ちょっと、ふざけないでよ! いいから状況を説明して! 説明しろって! ちょっと――!!」
私はドンドンと透明な壁を叩いて抗議したものの、次の瞬間には床が持ち上がり、私を乗せたまま垂直に浮上していく。
一体どういう仕組であるものか、天井をいくつも突き抜けた先で――不意に浮力が消え、一瞬だけ虚空に投げ出される格好になった私は床に尻餅をついて墜落した。
「い、痛った……! な、なによここ……!?」
私はきょろきょろと辺りを見回した。そこは私が人生で一度も見たことがない、まるで総ガラス張りの植物園のような、360度周囲が見渡せる空間。
周囲には伝声管と思われるラッパや双眼鏡、あとは何やら名前のわからない計器の類など、私には何がなんだかわからない機械が鈴なりになっている。
なんだここは、まるで軍艦の指揮所じゃないか――。
私が目を白黒させていると「さぁ主、指揮を」というガリアスの声が背後に発した。
「えっ――!? が、ガリアス!? い、いつの間にここに!?」
「あはは、私はこの要塞そのものですから。この要塞内ならどこにでも出現し、そして消えることもできます」
なんだそりゃ、魔法みたい、いや実際魔導要塞なんだから魔法なんだろうけど……と思った途端、グオオオオオオオオ! という天地を揺るがすような咆哮が聞こえ、私は思わずうわっと両耳を塞いだ。
見ると、八又竜の巨体がすぐそこにまで迫っていた。
大きい――。
全身が真鍮のような金属的光沢の鱗に覆われた、生物というよりはそれ自体が兵器のように見える巨体。
八本あるという首のひとつがこちらを睨み据えたと思った瞬間、その口がぐわっと裂け、その中からまるで閃光のように火炎が吹き出た。
私がぎょっと目を見開いた瞬間、「主!」とガリアスが鋭く叫び、私は声に我に返った。
「が、ガリアス!? どうすればいいの!? なんかヤバそうだよ!」
「何をおっしゃいますやら! 早速にも防御障壁を展開してください!」
「だからさっきからそれをどうやるんだって聞いてんのよ! このポンコツ太郎!!」
「ぽっ……ポンコツ!? この大要塞の私に向かってポンコツ!? しかも太郎!? 生まれてはじめてそんな言葉吐かれましたよ!」
「いいからどうすればいいのか教えて! どうやってその防御障壁張るの!?」
「決まってるでしょう!? 要塞のオペレーターである私にターゲットをロックオンし防御システムを展開するようコマンドを発してください!!」
「だからさっきからアンタは皆目なに言ってんのかわかないのよ! それってどうすれば……ああああああああ!!」
その間にも、八又竜の火炎はジジジジ……という空気を焦がす恐ろしげな音ともに一層燃え上がった。
吹き出さた炎はまるで風船が膨らむように球形になり――次の瞬間、まるで大砲のように射出される。
私は無我夢中で叫んだ。
「ガリアス、防御っ!!」
私の悲鳴に、瞬間、ガリアスが鋭く応じた。
「御意! 防御障壁展開!!」
一秒にも満たない間――。
世界はゆっくりと展開した。
眼前に広がるのは、まるで太陽そのものが落ちてくるかのような、想像を絶する光景。
すべてが赤く照らし出され、輻射される灼熱に髪の毛が焦げる匂いさえしたと思った瞬間――。
《防御障壁、展開》
そんな機械的な声とともに、大空にオーロラの如く、七色に光り輝く魔法陣が展開した。
「え――!?」
私が目を見開いた瞬間、ドン! という衝撃が発し、火球がその障壁に直撃した。
まるで作り物の映像のようだった。
水面に向かって放射される火炎を水中から見ているかのように、火炎はその魔法陣を突き破ることなく四方に拡散してゆく。
一体、何がどうなっているんだ。あの規模の火炎でもびくともしないなんて――。
「えっ、ええ……!? そんな! どっ、ドラゴンの攻撃を完全に防いでる……!?」
私が叫ぶと、ガリアスが得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん、ご安心ください。無敵要塞の名前は文字通り無敵であるからこその呼び名です。――あんなトカゲが多少引っ掻いたところで、あの魔法防御障壁にはキズひとつつきませんよ」
その言葉に、私はガリアスを見た。
そしてこの無敵要塞という、古ぼけた城趾が秘めたる力の凄まじさを、ぼんやりと頭の片隅で理解し始めた。
相手は竜だ、ドラゴンだ。この地上で最強の生物なのだ。
無力な人間には撃退するどころか、一矢報いることさえ簡単ではないはずだ。
その最強の生物の攻撃を、こうもあっさりと無効化してしまうなんて――いくらなんでも常識ではありえないことだろう。
なんだ、なんなんだコイツは。
そして、なんなのだ、無敵要塞ガリアス・ギリとは――。
得体の知れないものへの疑問が恐怖に替わり始めた時、ガリアスが私を振り返り、実に涼やかな表情を浮かべた。
「さて主。防戦一方では埒が明かない。こちらも迎撃しましょう」
「え!? でっ、できるの、迎撃!?」
「この要塞に不可能はありません。その気になれば全世界に火の雨を降らせることだって出来るのですからね」
きっぱりと言い切ったガリアスは、そこで不敵な笑みを浮かべた。
「ふむ、そうですね……丁度いい。これを無敵要塞ガリアス・ギリの復活セレモニーとしましょうか」
◆
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