第2話邂逅

 魔導無敵要塞?


 ガリアス・ギリ? 


 そんな名前は聞いたことがない、何だ、無敵要塞って――?




 しばらくすると、地鳴りも震動も止んだようだ。


 恐る恐る目を開いた私は、目の前にあったものを見て唖然とした。




 そこには何やら青白く光る窓のようなものが、ジジ……という耳障りな音とともに浮かび上がっていた。


 私が思わず目をパチパチと瞬くと、再び声が聞こえた。




 《ようこそGuestゲスト。無敵要塞ガリアス・ギリの操者としての名前を登録してください》




 機械的に無機質な男の声は、先を促すように言った。




 なんだ? 何を言ってるんだ、この声は?


 操者? 一体何のことだ。


 私は震える声で虚空に尋ねた。




「あ――あなたは、誰?」

《私は当無敵要塞のオペレーティングシステム、識別コードは『GARIASガリアス』。現時点でそれ以上の情報開示は不可能です。個別の情報にアクセスする場合、無敵要塞ガリアス・ギリの操者としての名前を登録してください》




 GARIAS? また聞いたことのない単語だった。


 私は玉座の間に向かって視線を走らせる。やはり、私の他には誰もいない。


 誰にも尋ねることはできないし、誰に意見を求めることもできない。




 仕方なく私は青白く光る画面に向き直った。




「えっと、私は――私は、どうすればいいの?」

 《無敵要塞の操者としての名前を登録してください》




 音声は同じ口調で繰り返した。それ以上に言うことはないらしい。




 正直、怖かった。十年間もほぼ幽閉されていて、新たな刺激に対して脆弱になっていたこともあるし、この音声が私に何をさせようとしているのかわからないことへの恐れもあった。


 たとえ地獄のどん底に差し伸べられた手だとしても、その手を一度掴んでしまえば、そうなれば事態はむしろ悪化することだってありうるのだ。


 思わず、私は声に向かって尋ねた。




「――ねぇ、聞かせて。あなたは私を助けてくれる?」

《現時点では可能な質問は限られております。無敵要塞の操者としての名前を登録してください》




「私、もうここ以外に行くところがないの」

《現時点では可能な質問は限られております。無敵要塞の操者としての名前を登録してください》




「もしその、操者、っていうのになったら、私を生かして――助けてくれるの?」

《現時点では可能な質問は限られております。無敵要塞の操者としての名前を登録してください》




「質問に答えてよ! ねぇったら、ねぇ――!」

《現時点では可能な質問は限られております。無敵要塞の操者としての名前を登録してください》




 どうやら、これ以上の質問は無意味なようだ。


 私は目線を下に下げ、見える範囲で『私』を見た。




 ねぇシャーロット、あなたはどうしたい――?


 この声に従って、その操者というのになれば。


 もしかしたら、この男の声の主は、私たちを生き延びさせてくれるかも知れない。


 だが反対に、危険な存在なのであれば、その時点で私は――。



 

 どうする?


 私は『私』に尋ねてみた。


 返答の代わりに、私の視界には、まだ胸も膨らみきっていない、幼女のそれとしか言えない肉体が映った。




 このまま消えたくない。


 幼女そのものの自分の身体を見つめて、そう、考えた。


 人生のスタートラインに立つ前にあまりにも多くのものを失った私は、これ以上選び取ることのできる未来まで失うのは嫌だった。


 揺れていた頭の中の天秤が、音を立てて持ち上がった。




「――わかった、GARIAS」




 私は虚空の青白い画面を真っ直ぐに見つめた。




「登録名はシャーロット・マリー・ジェネロ。私はあなたの……操者? そう、操者になる。だから――あなたがきっと私をここから救い出して」




 宣言した途端、青色の画面に『Now Loading……』の文字が踊る。




《登録中――登録を完了しました。無敵要塞ガリアス・ギリにようこそ。あなたを歓迎します。シャーロット・マリー・ジェネロ》




 その声と同時に、青い画面はまるで虚空に吸い込まれるようにして消え、代わりに声が言った。




《無敵要塞ガリアス・ギリの休眠スリープモードを解除、力行オンラインモードに移行します。周囲の人間は至急、屋内へ待避してください。繰り返します、無敵要塞ガリアス・ギリのスリープモードを解除……》




 その途端だった。


 ゴゴゴゴゴ……という地鳴りのような音が足元から這い上がってきたと思った瞬間、ドン! という一際強い衝撃が足元を突き上げ、地面が波打った。




「わわっ――!?」




 その衝撃で尻餅をついた私の頭上に、パラパラ……と玉座の間の高い天井から砂埃が落ちてくる。


 なんだこれは? 何がどうなってるの――!?


 状況についていけない頭に追い打ちをかけるかのように地鳴りはますます大きくなり、堪らず私は頭を抱えて床にうずくまった。




 《無敵要塞、力行状態に移行、無敵要塞、力行状態に移行――》







 どれぐらい時間が経っただろう。


 私はふと顔を上げ、辺りの様子を窺った。




 あろうことか、真っ暗だった玉座の間には今や煌々こうこうと明かりが灯っている。


 しかもそれらの全てが、炎ではない、太陽の光に近い白く鋭い光だ。




 これは――魔法による発光魔法だ。


 一体、何がどうなってるんだ?


 まさか、この廃墟にはやっぱり私以外に誰かいるんじゃ――?




「私がおりますよ、シャーロット」




 名前を呼ばれ、私はぎょっと背後を振り返った。


 振り返って、すぐそこに立っていた人影に驚いた私は、思わず尻餅をついた。




「うわぇ――!? だっ、誰――!?」

「はじめまして、シャーロット・マリー・ジェネロ」




 そこにいたのは、上等な仕立ての燕尾服を着込んだ若い男であった。


 きちんと整髪された艷やかな黒髪に、愛嬌と知性とを同時に感じさせる丸眼鏡。


 手には白い手袋を嵌め、首元にリボンタイを締め、完全無欠の営業スマイルで柔和に微笑む青年が、私の背後三十センチぐらいのところにピッシリと立っていた。




 急に人が出現し、驚いたこと以上に――。


 私は一瞬、その青年の佇まいに息を呑んでしまった。




 うわぁ何この人、めっちゃ男前だぁ――。




 しかもこの目の色……幽閉時代、暇潰しのために死ぬほど恋愛小説を読みまくって鍛えた審美眼に狂いがなければ、この見た目は悪くない――否、とんでもなくいい男だ。


 思わずその理知的な眼鏡面に見とれてしまう私に、男は実に親しげに話しかけてきた。




「お初にお目にかかります、シャーロット。我が愛しの主よ」

「はぇ? あ、主――?」

「えぇ、貴方様が本日より私の主でございます」




 男は胸に手を当て、スッ、と腰を折った。




「私の名前はガリアス。不肖ながら貴方様の剣となり盾となるために参上仕りました。以後お見知りおかれましてよろしゅう」

「がっ、ガリアス!? ガリアスって……!」

「えぇ、先程お話させていただいておりました。アレが私です」

「えっ、どういうこと――?」




 男は再び柔和に笑った。




「私はこの無敵要塞のオペレーティングシステム、GARIASガリアス固有の対人用インターフェースでございます。無論、人間ではありません」

「ごめんごめんごめん、それってどういうこと? 全ッ然わからない。対人用インターフェースって? えっと、アホな子供に鶴亀算を教えるぐらいのレベルで説明お願いできる?」

「アホな子供ガキに鶴亀算でございますか……」




 ガリアスは眉間に皺を寄せ、人差し指を顎先に押し当てて、うーんとうなりながら虚空を見た。


 簡単に言うけど結構難しいんだよねソレ、という上から目線がアリアリとわかるのがまた適度に腹が立つ、実に自然な所作であった。




「それならまぁ――見てもらった方が早いでしょうか」

「えっ、何を?」




 言うが早いか、ガリアスは自分の右手首を左手で掴むや、フンッ! と唸った。


 途端に、ボキャ! というひどい音がして、ガリアスの右手がちぎれた。




「ぎゃああああああああああ!!」




 私が悲鳴を上げても、ガリアスはニコニコと営業スマイルを浮かべたまま、ちぎった右腕をプラプラと振り回した。




「あはは。主、落ち着いてください」

「嫌アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「主、主。落ち着いて。見てくださいって」

「嫌アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「主ッ! おっ、落ち着いてください! よく見てホラ!」

「嫌! 嫌! サイコ! サイコじゃないのアンタ! お願い近寄らないで! なんなの!? なんなの突然!? 初対面の人間相手に! 何にくれてやる右腕なの?! 何の覚悟見せてんの突然!?」

「だっ、大丈夫です! 痛くないですから! 普通そんな驚きます?! ホラよく見て、ホラ!」




 見て見て触って、と言われて、私はおそるおそる指の隙間からガリアスを見た。


 あれ――おかしいな。血が一滴も流れていない。


 それどころか、その切断面は暗い土色で、よくわからないがとりあえず人間の腕のソレではない。


 回答を求めてガリアスを見ると、ガリアスは再び私に微笑みかけた。




「早い話が――私はこの要塞のゴーレムなのです」




 ガリアスは右腕を元あった場所に押し付けた。


 途端に、断裂した部分はムニョンと奇妙な感じに歪み、元通りに接着されてしまった。




「この無敵要塞を支配するのオペレーティングシステムの名は《GARIAS》――その偉大なるシステムが運用している、命令受領のための対人用インターフェース……つまり、人の形をした伝声管、とでも言える存在が私なのですよ」




 ゴーレム、オペレーティングシステム、インターフェース……。


 持てるアレコレの知識を総動員して、たっぷり三十秒ぐらいかけてぐるぐると考えてから、私はとりあえず頷くことにした。




「う、うーん……それでもよくわかんないけど……とりあえず、敵ではないってことよね?」

「もちろん。それどころか味方です。貴方様の手足と言ってもいい」

「て、手足って……そういえばさっき主がどうとか操者がどうとかって言ってたけど、アレって何?」

「おお、やっと聞いてくれましたな」




 ガリアスは何故なのか多少嬉しそうに言い――すぅ、と深く息を吸い込んだ。




「驚くことなかれ、本日よりあなたはこの無敵魔導大要塞ガリアス・ギリの操者――つまり、主となったのです!」




 ガリアスは虚空に両手を広げ、未だに尻もちをついたままの私を見た。




「かつて地上をあまねく支配するためにこの要塞は創られ、そして強大な軍事力と防御力によって地上の生物を恐怖のどん底に突き落としていた! この要塞は正しく悪魔が創りし大要塞なのです!」




 ガリアスは舞台役者のように高らかに謳い上げる。




「そしてその想像を絶する力を秘めた無敵の大要塞は、今再び封印から解け、力強く力行を始めた! この無敵要塞の操者となったからには、全世界の命運は今やあなたの掌の中にあるのです! どうです、素晴らしいでしょう!?」




 素晴らしいでしょう!? と決め台詞のように言われた私は、しばらく経ってから困惑とともに呟いた。




「どうしよう、この人、見た目ほどあんまり賢くないのかな……」

「えっ?」

「あの、ね? この無敵要塞? の凄さを自慢するのはいいから、もうちょっと詳しい説明お願いできるかな? この城はなんなの? 私はこれから何をすればいいの?」

「そんなもの決まっております。この要塞は悪魔が創りし大要塞、あなたはその操者として、これより地上に生きとし生けるものを恐怖のどん底に――」




 ダメだコイツ。何を尋ねても全く要領を得ない。


 こんなんで本当にこの人は私をこの運命から助けてくれるのだろうか――。


 私が内心ため息をついた、その途端だった。




 ズシン……という音が聞こえて、私とガリアスは同時に虚空を見上げた。







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「続きが気になる」

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そう思っていただけましたら、

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『好きな寿司ネタ』


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