追放された幼妻、無敵要塞になる。〜身体が成長しないために実の父親に追放された肉体年齢八歳の公爵令嬢ですが、追放された先で魔王が創りし無敵魔導要塞を拾っちゃいました〜
佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中
第1話婚約破棄、そして追放
ギリ・ルイン――。私が追放された場所はそう呼ばれているらしい。
ギリ・ルインは古ぼけた古城で、いくつもの谷を越えた先の、二本の大きな川に囲まれた高台の上にあった。
周囲をまるでねずみ返しのような崖に囲まれた地の果てとも思える陸の孤島。
当然、近所に街らしい街はなし。周囲には狼や魔物が彷徨いているらしい。
城があるということは昔はそれなり以上に栄えていただろう。
だが、数百年も前に人の交流が途絶えてからは誰も寄り付かなくなったらしく、私がそこに到着した際には、城は完全に密林に埋もれて朽ちかけていた。
こんなところに追放されるということは、まぁ、私は事実上の死刑判決を受けたと思っていいだろう。
「お、お嬢様、早く降りて! 日が暮れちまいます!」
馬車に乗った御者が殺気立った声で言う。
その声に尻を叩かれた私が馬車から降りると、どしゃ、と、私の荷物の全てであるうすっぺらのバッグが、実に無造作に目の前に放り捨てられた。
私を文字通り『捨てた』御者は思いっきり馬に鞭をくれて頭を巡らせると、大急ぎに急いで道の向こうに消えていった。
走り去ってゆく馬車と、二頭繋がれた馬の尻を眺めていた私だったけれど、「ちょっとちょっと、忘れ物!」と言ったって絶対に戻っては来ないだろう。
何もかも諦めて、私はしばらく呆然とその古城の佇まいを見上げた。
風雨と木の根に半ば侵食され、崩れかけている古い時代の城。
城、と名前がついている場所なのだからもしや人のひとりやふたり住んでいるのではないかと思っていたが、これではその希望もないと言っていいだろう。
どうしようか迷ってから、私は仕方なく古城の廃墟に入っていった。
古城にはすでに門扉すらない。私は崩れかけた扉の隙間から身を捩じ込んだ。
中に入ると、《廃墟》の名前の通り、城は荒れ放題だった。
あちこち煤けていたし、蜘蛛の巣がまるで綿菓子のなり損ないのように団子になって風に揺れている。
自分の足音以外に何の物音もしない廊下を歩いていた私は、ふと、廊下の端っこにあるものを認めた。
ほとんど風化し、崩れかかっているが、それはどう見ても人間の骨。
錆と風化で元の色合いがわからなくなった鎧と思しき鉄の欠片に埋もれた古い骨が、崩れた城の壁に背中を預けるようにして転がっていた。
不思議と、怖いとか嫌だとかいう気持ちは湧いてこなかった。
むしろ、ここでこの先朽ち果ててゆく仲間として、今の私はその骨に妙なシンパシーを感じてしまった私は、ゆっくりとその骨に歩み寄った。
「ここ、いい?」
物言わぬ骨に一言私は断り、その側に腰掛けた。
石壁に背を預け、足を前に思いっきり投げ出した。
屋敷で見られたらはしたないと大騒ぎされるだろう座り方だったが、おかげで何年かぶりに思い切り足を伸ばした気がした。
私は背中を預ける崩れかけの石壁に、後頭部をゴツンとぶつけた。
「ねぇあなた、ちょっとでいいから聞いてくれる?」
《ギリ・ルイン》の窓から差し込む光を見ながら、私は骨に語りかけた。
「私、追放されちゃったよ、実の父親に。何も悪いことしてないのにさ」
私は骨に向かって話しかけた。無論、何の返答が返ってくるわけでもない。
だが、私の口は止まらなかった。まるで緩めたバルブからとめどなく水が迸ってくるように、私の正直な気持ちが次々と溢れ出してきた。
「酷いよね? これでも一応、父親とはちゃんと血が繋がってるはずなんだけどね。最後、私の父、私をゴミを見るみたいな目で見てたんだよ? それ見てわかっちゃったんだ、ああ、本当にこの人は私が邪魔だったんだな、って――」
私は骨になおも愚痴った。
「どうせ、婚約者だったあのクズ王子が父にそうするように仕向けたのはわかってる。私みたいな女と婚約してた事実を消すには私を消すしかない、ってさ。少しでも自分の溜飲が下がるなら一人か二人ぐらい簡単にそうする人だもの。あーあ、なんであんなのと婚約なんかしなきゃならなかったんだろう……」
私はそこで、自分の身体に視線を落とした。
女らしさの欠片もない真っ平らな胸。
少女、いや、いっそ幼女のそれと言える、短いままの手足。
甲高く、年齢相応の成熟ぶりを全く感じさせない幼い声――。
私――シャーロット・マリー・ジェネロは、これでも十八歳だ。
十八歳なのに、その身体には、私が過ごした十年分の発育は見られない。
私の肉体は――あの時から今に至るまで、ずっと八歳の幼子のままだ。
「ねぇ――私じゃない、誰かの思い通りになれなかったことって、そんなに悪いことなのかな?」
骨は何も喋らない。
昔は目の玉が入っていたのであろう暗い
「人間ってさ――いつもみんな誰かに何かを決められて、その人の言うことだけ聞いて、その人に従ってないといけないものなの? そうじゃないと……こういう風に捨てられても文句は言えないものなの?」
そう、私は追放された。
誰かの妻になることができなかったという罪で。
ただそれだけで、私はゴミのように捨てられた――。
ボロボロの城の天井をぼんやり見つめながら、私の脳内に、この十年間の記憶が走馬灯のように駆け巡った。
療養、という事実上の幽閉生活が十年続いた、三日前。
破綻、と言えばとうの昔に破綻していた私の灰色の人生の終了は唐突に決まった。
「君との婚約は破棄させてもらう!」
「お前は今日限りでジェネロ公爵家を追放だ!」
私は、私の人生を終わらせる一言を、一日に二度訊くことになった。
私が父と呼んでいる男――ジェネロ公爵は、権勢欲の強い男だった。
娘の私を産んだ後、母に懐妊の気配がなくなってからは一層その傾向が強まったらしく、シャーロット・マリー・ジェネロは娘ではなく、父にますますの権勢をもたらす約束手形として生きることを義務付けられていた。
つまり一言で言えば、私は父が長年掛けてパイプを築いたこの国の王子と婚約し、将来的にその妻となることを義務付けられたのである。いわゆる政略結婚という奴だ。
八歳で、公爵令嬢である私と王子は婚約した。
だが――その直後、事件が起こった。
病で母を亡くした心労も手伝ったのだろう。
私は風邪をこじらせ、その年の冬、重い熱病にかかってしまったのである。
二週間ほど高熱が続いたものの、しばらくするとようやく熱も下がり、後遺症もなく元気に回復することが出来たのだけれど――本当の不幸は、それから数年して現れることとなった。
いつまで経っても、私の身体が大きくならないのである。
実の娘を政略の道具としか見ていなかった父も、流石に娘の身体の異変に気づいた。
父は大切な商品に傷がついたら大変、とばかりに、幼女のままである私を様々な医者に見せた。
医者でもダメだとわかると、父は急速に魔術だの呪いだのに傾倒し、まるで生贄の豚にそうするように様々な怪しげな施術を私に繰り返したのだけれど――それでも私の身体は一向に大きくならなかった。
そして――あれよあれよと十年という時間が流れた。
私が十八歳になっても、私の肉体はまるで時を止めたかのように、八歳のままだった。
「君との婚約は破棄させてもらう!」
一応、国内の貴族の中でも特に有力なジェネロ公爵家の娘である。一方的な婚約破棄を突きつけるまでにはそれぐらいの時間が必要だったのだろう。
そうでなくとも、既に私は重病を理由に社交界から存在を抹消されていたことは知っていたし、王子に私以外の愛人が複数いるという噂も聞いていた。
そして三日前、実に三年ぶりに私の屋敷に来た婚約者の王子は、幼いままの私を憎悪のこもった目で睨みつけた後、呆気なく私を捨てることを宣言した。
「そんな身体では世継ぎも産めないだろう? 国母が
「この偉大な父親に恥をかかせおって、この恥知らずの親不孝者め! 王子は大変にご立腹だぞ! もはやお前の存在はジェネロ公爵家の醜聞そのものだ! 親子の縁も今日限り、お前はジェネロ家を追放だ!」
婚約者と父は、代わる代わるそう言って私を罵った。
仮にも八歳の肉体しか持たない娘に対して。
私は「追放」の言葉を最後に一切の言い訳も許されず、うすっぺらのバッグに絶望と虚しさと数日分だけの着替えを詰め込み、ポイ、とここに捨てられたというわけだ。
あらかた全ての記憶の総ざらいを終えると、私は天井を仰いだ。
私は二度も捨てられた。
婚約者と、血が繋がっているはずの父に。
ただ、あるべき姿に――年齢通りの十八歳の女の身体になることができなかったという、自分にはどうしようもない罪を理由に。
そして――その二人によって、私はどう頑張っても不可避な死を命じられた。
ごつっ、と、私は後頭部を壁にぶつけた。
そしてもう一度、ごつっと後頭部をぶつけてから、私は『私』に言った。
「悔しいなぁ……」
高い高い灰色の天井を眺めると、不意に、その色がぼやけた。
唯一私を大切にしてくれた母さえ奪われたあの日以来、私は悲しみに涙を流したことはなかった。
泣くことを忘れたわけではない。泣くのは敗北だと思ったからだ。
私をここに押し込め、なにひとつ与えず、たっぷり奪っていく世界へ、運命へ、人間たちへ、これ以上敗北したくない――そう思い定めて、今日までの人生をじっと耐えてきた。
だから私は八歳のとき、母が死んでからは、一度も泣かなかった。
階段から転んで足を骨折したときも。
二年前、母以外の唯一の理解者であった飼い犬が死んだときも。
婚約が破棄されると決まったときも。
ここに追放だと言われたときも――。
でも、もうここでは誰にもその敗北を悟られることはない。
つまり好きなだけ泣いていいのだ。
声が枯れるまで泣くのもよし。
どうせ誰も聞いてないし、誰も怒りはしない。
そして、誰にも見られることはないのだ。
たぶん、この人生の終わりの瞬間でさえも――。
涙は、止まる気配すらなかった。
悔しい、という感情がまだ自分の中に残っていることに驚いた。
今、溜まりに溜まった十年分の屈辱の涙を流しているのだと、ぼんやりと思った。
そしてこの涙が枯れ果てた時に、この小さな身体に僅かに残っている生への希望さえも、枯れ果てて、無くなってしまうのだと思った。
さらさらと、まだ止まらない涙を止めることもなく瞑目して。
手足をぐったりと投げ出し、私はすべてを諦めることに――。
きん――と。
金属を一撃したような音が耳に届いたのはその時だった。
「え――?」
止まらないはずの涙が、驚きによって思わず止まった。
私は音のした方に意識を集中させる。
涙によって視界が白くぼやけて邪魔だった。
私が服の袖で強く目元を拭って洟を啜った瞬間、きん――と、再びの金属音が聞こえた。
聞き間違いではない。
甲高い金属音は廃墟の奥、そこに口を開けた圧倒的な暗がりの向こうから、まるで胎動のように、一定のリズムを持って聞こえ続けている。
「誰か、誰かいるの――!?」
一度は生を諦めたはずの小さな体に、ふと、力が戻った。
私は立ち上がり、なるべく足音を立てないようにそちらの方向へと走り出した。
音の出どころは、広々とした部屋の真ん中だった。
人がいた時代には玉座の間だっただろう大空間の真ん中から、不思議とその音は聞こえ続けている。
まるで、まるで、早く起こしてくれと乞い願うかのように。
私がまるで誘われるようにそちらへ歩を進めた、その瞬間――。
カッ、と、足元が光った。
「うぇ――!?」
はっとして足元を見ると、そこにあったものは巨大な魔法陣だった。
我知らず、私はそのど真ん中に足を踏み入れていたらしい。
魔法陣全体がまるで紫電のような青白い光を放ったかと思うと、その光は魔法陣に沿って迸り、渦を巻くかのように私を取り囲んだ。
凄まじい光に目が眩み、思わず目を覆った、その瞬間。
《未確認対象の接触を確認》
突然、何処かから、奇妙に無機質な男の声が響き渡った。
それと同時に、ズズズ……と周囲のすべてのものが打ち震え、唸り声を上げ、まるで巨獣のように咆哮した。
思わず、その凄まじさから逃れるようにして、私は頭を押さえてしゃがみこんだ。
《ようこそ
なんだ? 何が起こっている?
突然の事態に混乱する私の耳に、再び男の声が聞こえた。
《無敵魔導要塞
◆
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