第53話 噂の調査

 「えっと、その、2年の先輩の方ですよね?」


 少女はちょっと不安げに聞いてきた。

 夜だからか、なぜか消えてしまいそうな不安定さ?儚さ?を感じる。


 はっとなって声を絞り出す。


 「あ、あぁ。その通りだ。こんな時間にどうかしたのかな?」


 「俺は子爵家のキランだ。何でも聞いてくれ」


 隣からそんな声が聞こえた。

 こいつ、抜け駆けしようとしてるな。


 「俺は伯爵家のグレイだ。何でも力になろう」


 慌てて俺も自身の爵位を名乗った。


 「あの、先ほどの練習を見ていて、すごく強い方だなと思ったんです」


 ふいに口元が緩む。

 どうやら、俺の強さに惹かれたらしい。


 「それで、どうやって強くなったのかお聞きしたくて」


 「悪いが、それは秘密なんだ」


 「そう、ですか。どうしても、ダメでしょうか」


 とても悲しそうな顔をした後、俺を上目づかいで見上げてきた。

 本当は秘密なんだが、ここは男として言うべきだろう。


 「俺の強さの秘訣は、こっそり出回っている魔石なんだ」


 これは俺の声ではない。

 隣から聞こえた。


 「おい、俺が言おうと思ってたんだぞ」


 「あ、あの、それはどこで手に入れたのですか?」


 隣から声が発せられる前に今度こそ俺が答えた。


 「これは他の奴には言わないでほしいんだけど. . . . . . 実は、図書館の先生からその魔石をもらったんだ」


 「図書館の先生. . . . . . 司書さんですか?」


 「そうだよ。今度、一緒に行こうか?」


 さりげなく誘ってみる。


 「いえ、聞かせていただいてありがとうございます。ですが私、ちょっと人見知りでして. . . . . . その、できればその魔石を」


 なるほど、彼女はどうやら司書さんに話しかけるのが苦手らしい。

 とても言いにくそうにしているから、ここは男として俺から言いだすのがいいだろう。


 「「俺が持ってきてやるよ」」


 二人同時に言った。


 「おい、ここは俺が持ってくるんだ」


 「何言ってるんだ。俺が先に返事したんだから、俺が持ってくるのが普通だろ」


 「あの、すぐに手に入るのものなのですか?」


 「いや、司書さんによるけど. . .「3日後には持ってくるから、またここに来てくれ!」. . . おい、じゃあ俺は明後日に持ってくるから、またこの時間にここに来てほしい!」


 「え、えーと、できれば明日に. . . . . .」


 「わかった!」「任せろ!」


 そういうと、彼女は花が咲いたように笑顔になった。


 「ありがとうございます! ではまた明日」


 そういって、女子寮の方へ歩いて行った。

 かなり無茶なことを言ってしまったが、彼女のためならば仕方がない。

 隣の奴に負けないようにしないとな。



 ♢ ♢ ♢



 いや~、マジでシアさんヤバかったね。

 そりゃ初対面の美少女に頼られちゃ、ああなっちゃうよ。

 特に2人いたから、むきになってかなり無理なことを言っちゃってたな。

 まぁそれでも、シアに惚れちゃってたから何をどうやっても手に入れるだろうけど。

 しかし、シアが上目遣いで2人を見たときはちょっと胸が痛んだね。

 確かにあの方法が一番だったけど、もしかしたらあの2人がシアを追ってくるかもしれないし、俺が守らないと。


 「さすがはシアだね。簡単に落とすなんて」


 「あの人たちについてはどうでもいいです。ちゃんと情報を話してくれましたし、魔石を頂いたらさよならです」


 「けっこう厳しいね。あんなに頼られて嬉しくなったと思ったら、いきなりさよならだなんて。ちょっとはお話してあげないの?」


 できればこのまま盛大に振ってほしいところではあるが。


 「ノール様は、そちらの方がいいと思いますか?」


 グサッとシアの上目遣いが俺の胸に刺さった。


 「いや、シアの隣は俺で十分」


 「え?」


 あ、やべ。

 つい本音が漏れた。


 「あ、で、でも、シアを追いかけてくるかもしれないしなぁ」


 急いで取り繕うが、シアは顔を赤くしている。

 というか、俺だってたぶん顔が赤いし。

 前世では絶対にこんな恥ずかしい言葉を言えなかったのに。


 「も、もし追いかけてきたときは、守ってくださいますか?」


 再び俺の心臓が貫かれる。


 「もちろんだ」



 ♢ ♢ ♢



 「. . . . . . ということがあったんだよ」


 「なるほど、確かにそれは怪しいね」


 翌日、俺は朝からエインの部屋を訪ねていた。

 ちなみにこの学園では王族といえど、同じ寮での生活となる。

 部屋は見ての通り、かなり広くて豪華だったが。


 「そう、あの司書さんも、地下のことを知っていたのに嘘ついてたし、かなり怪しい」


 「そうだったのか。かなり昔からここにいると聞いたんだけど、何か隠しているようだね」


 「まぁ、今日その魔石を受け取ってみて、またヒスイさんにでも相談しようと思う。エインにも協力してほしい」


 「もちろんだ。王族であるというだけでなく、由緒ある対抗戦で不正は許せないからね」


 対抗戦では、純粋な実力を競う場であり、魔道具類による差は出してはならないルールになっている。

 つまり、あの魔石によるドーピングも完全にルール違反だ。


 「それはそうと、その話を聞く限りシアさんは気を付けないといけないようだね」


 「うん、あの2人組が何かしてきたら返り討ちにするつもりだよ」


 「まぁ、君がいるならこの学園の誰も無理だろうね。そもそも、シアさん自体誰にも靡かないだろうし」


 え? マジで?


 「ちょっと待って、シアが誰にも靡かないってのはどういうこと?」


 「おっと、出過ぎたことをしたようだね。気にしないでくれ」


 えぇ、そうは言ってもな。


 モヤモヤする気持ちのまま、夜を迎えた。

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