第54話 修羅場?

 夜になって、またあの場所にやってきた。

 前回と同様、俺は気配を偽ってシアのすぐそばにいる。

 人気のない場所で、すでに2人はそこに到着していた。

 ビー玉のような大きさの赤黒い魔石を持ちながら。


 「こんばんわ、先輩方」


 「お、来たか。はい、これが言っていた魔石だ」


 「俺の方が早く持ってきたんだ! 受け取ってくれ」


 「何言ってんだ! 俺が先に言ったんだから、俺が渡すのが普通だろ」


 おうおう、シアを前にしてまさに修羅場だな。

 もちろんこんな2人にシアが振り向くわけがないが。

 というか、シアを前にしてるのに言い争ってる場合かな?


 「ありがとうございます。あの、2つとも頂いて良いですか?」


 「「どうぞ」」


 シアがちょっと上目遣いで尋ねると、さっきまで争っていたにも関わらず、すぐに差し出した。

 まるで操り人形だ。


 「本当にありがとうございます。それでは、これで」


 「あの、君の名前を教えてほしい」


 「おいっ. . . . . . 俺と今度一緒にそれの練習しないか?」


 シアが去ろうとした瞬間、慌てたように2人がシアを引き留めた。

 そういえば、まだシアは名前を言ってないな。

 まぁ、言わない方がいいけども、顔がバレてるからな。


 「お誘いありがとうございます。もしかして、これは何か特別な練習が必要なのですか?」


 「あぁ、いや、特にそういうものはないけど」


 「それを使って自分の能力を上げられるんだ。そのやり方を教えてやるよ」


 「おいっ、俺が誘ってたんだぞ. . . . . . これに魔力を流せば、自分の能力が強化されるんだ」


 「勝手に説明するな. . . . . . これは武器とかに埋め込んでもいいし、ポケットに入れておくだけでもいい」


 「俺が説明してただろうが. . . . . . 魔力を流してる間しか強化できないが、そこに強化魔法を使えばさらに強くなれるんだ。強化魔法は使えるかい?」


 シアを巡って勝手にいろいろと説明する2年生2人。

 どちらが説明しようと関係ない上に、そもそも秘密をばらしていることすら忘れているようだ。


 「なんなら今から一緒に練習しようか?」


 そう言って、ヒートアップした2人のうちフライだかグレーだか忘れたが、そんな名前の方がシアとの距離を詰めた。


 「おいっ、俺と練習したほうが絶対に良いぜ!」


 もう1人のキラキラした名前の方もシアとの距離を詰め、なんならシアの手を掴もうとしていた。

 さすがに黙っていられなくなった俺は、掴まれそうになったシアの手をとり、概念を解除する。


 「じゃ、帰ろうか」


 「っ、はいっ」


 俺は2人をまるきり無視して、そのまま寮の方へ歩き出した。


 「お、おいっ!何してるんだ!」


 「誰だよお前!」


 「先輩たちこそ何してるんですか? こんな夜中に女子生徒の手を掴もうとするなんて」


 まあ、俺は手を繋いじゃってるんだけど。


 「おい、その子から離れろよ!」


 「なぜですか?」


 「俺が話してただろうが! これから一緒に練習するんだよ!」


 「はぁ? 俺と練習する予定だったろ!」


 う~ん、この2人の中でシアとの練習はもう確定事項になっているらしい。

 シアの行動を見てわかんないかなぁ。

 いや、そもそも俺を前にしてまで争うなよ。


――スタスタ


 「おいっ、どこに行くんだ!」


 「そもそもお前は何だ!? いきなり出てきやがって」


 あ、気づかれた。

 せっかく2人が言い争ってる間にトンズラしようと思ったのに。


 「おい! なんでお前がその子に触ってるんだよ? 婚約者か?」


 そうか。

 この世界の貴族は、早いうちに婚約者が決まるんだったな。

 ん? ということはこの2人にも婚約者がいるんじゃないか?


 「まぁ、そんなところですけど。先輩たちは婚約者がいないんですか?」


 「なんで俺の婚約者が関係あんだよ?」


 「いや、婚約者がいるのに他の子を狙っちゃダメでしょ」


 「2人目にすりゃいいだろ」


 あれ、この世界は一夫多妻制が普通なのかな。

 婚約者の人もかわいそうな気がする。


 「まぁ、どちらにせよ、これ以上手を出さないでください」


 「ふざけんな!」


 いきなり殴りかかってきた。

 それもかなりの速さで。

 おそらくあの魔石の力だろう。


――ビュン


 グレイの拳は、きれいに空を切った。


 「あれ? おいっ、どこに行った!」


 「お前、何逃がしてんだ!」


 「は? お前は何もできなかっただろ!」


 誰もいなくなった道端で、2人はしばらく喧嘩を続けた。



 ♢ ♢ ♢



 急に殴りかかってきたときは驚いたな。

 沸点が低すぎるだろ。

 まぁ、俺とシアの速度を偽ってすぐ逃げたけど。


 「あの、ノール様」


 「ん? どうしたの?」


 「先程のことなんですが」


 さっきの2人のことか。

 あれはこの後もシアを追いかけてきそうだったな。

 ちょっと顔が赤いけど、俺がいきなり手を取ったせいかな?


 「あぁ、あれね。いや、シアに手を出そうとしてたから、つい出てきちゃったよ。でも、あの感じだとまた狙ってきそうだな」


 「はい。あの、それで、その. . . . . .」


 「ん? さっきの2人を監視しとく?」


 「いえ、えっと、先ほど、ノール様は私の婚約者だと. . . . . .」


 「あぁ、あのことね。いや、そう言ったほうが良いかなって思ったんだけど。ごめん、もしかして嫌だった?」


 「いえ、そんなことは! むしろ嬉しいです」


 「そ、そう? じゃあ、またあいつらみたいな奴が来たらそう言うことにするよ」


 「はいっ! なんでしたら、いつもそれでいいんですよ」


 「え?」


 「いえ、なんでもありません」


 終始顔の赤いシアが、女子寮の方へ驚くほどの速足で歩いて行った。

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