第36話 本気の模擬戦

 ヒスイさんがやってくると、周りの人たちはざわざわし始めた。


 「ねぇシア、ヒスイさんってそんなにすごい人だったの?」


 「私もクラスメートから少し聞いたことがありますが、元Sランクの冒険者ならば世界的にも指折りの強さでしょう」


 この学園にはそんなすごい人がいるのか。

 しかも俺たちの模擬戦を見てくれるらしいし。

 正直ゼムさんだけでは不安だったけど、これならとても充実しそうだ。


 「ひさしいな。ノールとシアといったか。2人の模擬戦は楽しみだ」


 そんなにプレッシャーかけられても、期待に応えられる気がしない。


 「よろしくお願いしますね。ノール様」


 「まあ、いつも通りやろうか」


 「それでは. . . . . . 始め!」


 そういって、シアと概念無しの模擬戦が始まった。



 ♢ ♢ ♢



 概念無しだと、俺の方がレベルも技術も上であり、さすがに負けそうになることは無かった。


 「はっ」


 「やっ」


 シアが可愛らしい掛け声と共に剣を振るってくる。

 かなり上手くなったが、それでも俺には当たらない。

 しかし、突きを混ぜたり、剣を振るう反対側に魔術を発動したりと、避けることができなくなっていた。


 俺は魔術を剣で切りシアの剣を避けようとするが、足元からも土と水の魔術でぬかるみにされ、思うように避けられなかった。


――キーン


 「ふふっ、ようやく剣を使ってくれましたね」


 「さすがに今のはヤバかった。すごいよ、シア」


 「ありがとうございます。もっと頑張ります」


 そう会話しながらもシアは魔術と剣を組み合わせて俺に攻撃してくる。

 一方俺は基本は回避に専念して、ヤバそうなときだけ剣で受け流すようにしていた。

 その方が試合が長く続いてヒスイさんにアドバイスをもらいやすくなるからだ。


 「どうしたノール。お前の攻撃はないのか?」


 ヒスイさんが急かしてくる。

 そんなに俺の攻撃が見たいのかな?

 まぁ、前回は俺が攻撃できたの最初だけだし、その後はずっと受け身だったから普通の攻撃が見たいのかもしれない。

 とはいっても、シアには本気を出せないから、俺も魔術を使って攻撃をしよう。

 シアに本気を出したら、怪我させかねないからね。


 「わかりましたよ」


 そういって、火の魔術を5つ放ち、背後から風の魔術を迫らせ、俺は高く跳んで上から攻撃をする。

 シアはすぐに俺の攻撃をすべて察知し、横に跳んで俺の剣を受けたが、少しよろけてしまった。

 よろけた所に剣を振るふりをして、風の魔術で足をすくう。

 焦って俺の剣を受け流そうとしたシアは、風の魔術に気づかず足をすくわれ、転びそうになった。

 もちろん、俺はすぐにシアを抱きとめる。


 「はい、今回は俺の勝ちだね」


 「ま、参りました」


 顔を赤く染めながら言われたら、俺まで恥ずかしくなるじゃん。


 「やるではないか。魔術と剣術を巧みに使って騙し打ちか。それに加え最後にいちゃつく余裕まで見せるとはな」


 なぜか俺の腕から離れようとしないシアをにやにやと見つめながらヒスイさんが言った。


 「あの、それでアドバイスはありますか?」


 「ん?そうだな。シアにはやはり基礎的な力が足りていないな。それと魔術の使い方は上手いが、もっと相手を翻弄するべきだ。さっきのノールのようにな。あとは最後みたいに焦らないことだ。焦りは命取りになるし、相手もそれは同じだ」


 おぉ、ちゃんとアドバイスしてくれた。

 さっきまでの感じだと“特に無い”みたいに言いそうで怖かったけど、ちゃんと先生の役割は果たしているようだ。


 ちなみに他の生徒たちは(ゼムさんも含めて)呆然として俺たちの方を見ている。


 「あの、それで俺はどうでしたか?」


 「お前は本気じゃなかっただろ。これから見てやるから安心しろ」


 なんと、確かに本気じゃなかったけど、今からこの人と模擬戦なんて怖いな。

 でもこんなすごい人に教えてもらえる機会はそうそう無いだろうし、頑張りますか。


 「わかりました。お願いします」


 「あぁ。おい、ゼム。審判をしろ」


 「はいっ、わかりました!」


 そんなに威嚇しなくてもいいのに。

 ゼムさん声が上ずってるよ。


 「こほん、それでは. . . . . . 始め!」


 その瞬間、強力な魔力を感じ、ヒスイさんが消えた。



 ♢ ♢ ♢



 始まりと同時に、ヒスイさんが消えた。

 いや、おそらく強力な風の魔術で見えにくくした瞬間に移動したのだ。

 こういう時は、全方向に火の球を待機させて風の魔術を飛ばし、火の威力を強めるとともに風で相手の位置を感知をする。

 火の魔術が消えたのは上だった。

 しかし、風の魔術に違和感があるのは後ろだった。

 すぐに振り返り、後ろに剣を振りつつ、火の魔術を目の前へ向けて放つ。

 それと同時に、足元を風の魔術で刈り取る。


――ギーン


 鈍い音が鳴り、ヒスイさんがわざと俺の振った剣にずらしてぶつかり、その威力を利用して真後ろに飛んだ。

 途中で火の魔術が当たったが、おそらく魔力か魔術かでガードしたのか、無傷だった。


 「今のは危なかったな。いい戦法だ。だがまだ本気じゃないだろう?もっと魔力を使うといい」


 さすがは元Sランクの冒険者だ。

 今のは結構頑張ったけど、確かに最大出力ではなかったな。


 「わかりました。本気で行きます」


 「あぁ、来い」


 楽しそうに笑うヒスイさんだが、俺の魔力を感じて眉を顰めた。


 俺は本気で身体強化の魔術+魔力による身体強化をし、火の魔術をさっきよりも10倍ぐらい大きなものを半径10m以内に大量に作り出し、風の魔術で竜巻を起こして回転させた。


 「ハハハハハッ。まさかこれほどとはな」


 ヒスイさんが笑っているが、俺は構わず突撃し――


 「降参だ」


 ようと思った矢先にヒスイさんから降参の声が聞こえた。


 俺は身体強化はそのままに、魔術を解除する。


 「どういうことですか?」


 「ふんっ、今のをぶつけられたらさすがに死ぬ。それだけだ」


 確かにノワールも怖がるぐらいの魔力を込めたから元Sランクの冒険者とはいえ現役じゃなければ危ないのかもしれないな。


 「お前さっき火と風だけじゃなく土も混ぜて水まで使おうとしてただろ」


 「さすがですね。土はともかく水の魔術を見破られるとは思いませんでした」


 すごい。

 すべての攻撃を弾かれた時のために水の魔術で高さ10mぐらいに大量の水を槍のようにして落とそうと用意していた。


 「見破れたところであれはどうにもならん。お前の魔力量もおかしかったがその制御力も壊れてるな」


 これは元Sランク冒険者の人に勝ったってことでいいのかな?


 「ありがとうございます。ちなみにアドバイスは?」


 「相手を殺すかどうかぐらいの判断はできるようにしろ」


 確かに、今のは本気でぶつけようとしてたから危なかった。

 ヒスイさんなら何とかするだろうと思っていたのだ。


 「わかりました。判断できるよう頑張ります」


 「すごいです、ノール様。副学園長に勝ってしまわれるなんて」


 「ありがとう。まぁ、久しぶりに本気を出せてよかったよ」



 そんなやり取りを見ていた生徒(ゼム含む)は、全員こう思った。


 ――化け物だと。

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