香りに誘われて
金森 怜香
第1話
窓際で涼しい風を浴びながら読書と日光浴を楽しんでいたある日のこと。
ふと、鼻を甘美な香りがくすぐる。
この香りは、紛れもなくキンモクセイだ。
甘さの中に華々しさを残す香り……。
この香りは、ある程度の大きさの人ならば大抵記憶に残っている香りだろう。
キンモクセイの甘美な香りに誘われて、読んでいた本にしおりを挟み、小さなポシェットにその本を入れ、散歩へと繰り出すことにした。
木々の葉は少しずつ赤やオレンジ、黄色へと色づき始めている。
本格的に秋へと入っていったのだとしみじみ思いつつ、気に入っている場所へと足を向けていく。
そこから見える景色は、四季によって大きく変わるのがお気にいるのポイントだった。
春先には河津桜が咲き誇って、ふわりと優しく桜の甘い香りがする……と父が話してくれていたが、私はあいにくその時期に限って花粉症で鼻が役立たずになってしまう。
そして、河津桜が終わった直後にソメイヨシノが咲き誇る場所でもある。
花粉症さえなければ、鼻で嗅ぎ取った香りを文字にしたいと思うだけに悔しい思いだ。
夏になれば、桜の葉が青々としている姿を見せてくれるし、草野球用の野球場も近いから、時折その周辺では野球少年たちの元気な声や打球の音が聞こえてくる。
夕方以降に訪れると、時折犬たちがあいさつをしてくれて、飼い主さんが許してくれれば犬とちょこちょこと仲良くすることもある。
秋、この季節は青々としていた葉っぱもいよいよてっぺんから色づき始め、近くの民家からキンモクセイの甘美な香りやコスモスがふわふわと風に揺れる姿が見える。
そして、うっかり草むらに入ってしまうと服は引っ付き虫だらけになる。
引っ付き虫は見ていると不思議と懐かしい気持ちになる。
きっと、今は亡き愛犬が散歩の度に引っ付き虫をくっつけて帰り、愛犬の毛づくろい攻防戦をしたからだろう。
引っ付き虫は濡れると取りづらくなるのだが、愛犬はお構いなしで毛づくろいしようとするから、私がいつも止めては引っ付き虫を引きはがし、こっそりと父の服にプレゼントしては、私はいたずらを、犬は毛づくろいして引っ付き虫を取りにくくしたことを軽く叱られているのが常だった。
冬は澄んだ空気のおかげで、寒いながらも周りの景色が一層きれいに見えるのが好きである。
一月を過ぎれば、徐々に河津桜のつぼみが膨らんでいく姿を見ることができる。
そして、春へと季節が移っていく。
春と秋は散歩の途中、桜の木の下にある木のベンチで読書などをすることもある。
春には坂口安吾氏の『桜の森の満開の下』を読んだこともあるし、最近ではやはり本棚の近代文学書から一冊持ち出して読むことがある。
来年の春には、梶井基次郎氏の『櫻の樹の下には』などを持ち出すのもいいかもしれないとひそかに考えている。
外でキンモクセイの甘美な香りを堪能しながら読書にふけっているとあっという間に夕方になってしまった。
夕焼け空を眺めながら、ぼんやりと歩いて帰る。
そよ風が吹くと、またあの甘美な香りがする。
きっと、キンモクセイの花がまた散歩においでと誘ってくれているように感じた。
鼻で香りを感じながらの散歩も、やはり何かと楽しいものだ。
香りに誘われて 金森 怜香 @asutai1119
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