第2話 開戦前に告げられた任務

 アレックス大陸は4つの領土に分断される。北方にはハイベスター共和国連邦、その東にマグナス聖神国、南にはシルバンライト王国、そして西にはウール商団領。

 数十年前までは共和国と王国間で国境のミッドベリア山脈から採掘される資源獲得をめぐって戦争が続いていたが、第125代共和国連邦代表に就任したシネモラと、王国君主ギルラーザが資源共同の案で合意し、それ以来徐々に友好を深めていた。マグナス聖神国は中立宣言を誇示し、争いを好まない。また、3年前に王国の西にあるウール地方が独立を宣言し、「ウール商団領」と称して旗揚げした。

 中央にアレックス大陸、南西にはサルバトロス大陸、東にはオーパ大陸、南には謎の島と呼ばれるシーズデス島がある。



 アレックス大陸南端の王国君主ギルラーザⅢ世は24歳という若さで君主の座に就くと、友に生き、共に繁栄するという「共生主義」策を前面に打ち出し、各国と更なる友好を深めるよう努めていた。

 大陸歴740年、王国の繁栄を願って建設されていた新たな城が完成し、人々は今歓喜に満ち溢れている。そんな中、国の預言者レイズはある苦言を国王に告げた。それは、


「王様、恐怖の事態が南からやってきます。これまでに経験したことのない最大の恐怖が」


 それを聞いたギルラーザ王は、


「何を言ってるんだレイズよ。我が国は最南端に位置する故、ここより南となると死海に囲まれたシーズデス島くらいだぞ」


「お願いです王様、まずは南に砦を築くべきです。さもなくば……」


「そんなところに砦を築くなど有害無益というものではないか?」


「それが数カ月ほど前から奇妙な出来事が続いておりまして、中でも国内の千年朴樹が枯れ始めているのです。朴樹は本来縁起の良い樹。更に占い水晶には南に不吉な邪気が映写されているのですよ」


「なあレイズ。そのようなバカげた予言を呈すると、今までの王ならば即打ち首にしておるぞ」


 その時、時空の案内役である小竜族のグローブが、


「王様、私グローブもレイズに同意見。数日前、その真相を確かめようと時空を超えてある少年をここへ招こうとしたのですが、手違いではぐれてしまいました。その少年を見つければ何か分かるかもしれません」


 すると王はその若々しい顔に珍しく皺をよせ、


「うむ、グローブまでそう言うか。南に影あり……か。よし、直ちに偵察隊を死海近辺へ送るのだ」


「畏まりました」


 王の命を受けた侍従は素早くその場から身を消した。




 その頃、魔族軍船内にて――




 赤い涙。それはシーズデス島特産のブドウから作られる赤ワイン。ウェスタ―はそれを好んで呑み、至る所に持ち歩く。赤い涙を口にしながらザブリーの肩に手を置き、


「なぁザブリーよ。お前がもし世界を手に入れるならばどのようにするかね?」


「そうですね、取り合えず世界に超臭いう〇こをばら撒きますよ」


「はっはっは! それは嘸かし世もクソだらけ。面白いじゃないか」


「そうですか、ただ思い付きで言っただけですけど (笑)」


「それが現実になるのだよ。世界はどす臭い我々魔族の配下となる。間もなくな」


 俺はその意味を良くは知らない。だからウェスタ―に聞いてみることにした。


「ウェスタ―様、俺たちは何処で何者と闘うのですか?」


 赤い涙を3瓶空けた後、ウェスタ―はゆっくりとこう答えた。


「手始めに大陸南端の王・国・軍……奴らを血祭りに上げ、根絶やしにするのだ」


 ウェスタ―の顔は世界中の灯をすべて消し、世を暗闇に変えてしまうかのような形相でまた赤い涙をグッと呑んだ。するとそこへ一人のオーク兵がやって来ると、


「申し上げます。間もなく死海の外壁を突破いたします」


「ご苦労。デゼルにもっと急げと伝えよ」


「ははっ!」


 死海、その中に魔族の住むシーズデス島はある。”呪われた島”と言われて数百年もの間、この島に近づくものは一人もいないとウェスタ―が俺に教えてくれた。更に大陸こそ呪われた奇人の住む場所だとも言った。だから俺は”奇人”と闘うことになるのだ、と思うようになった。



 死海の外壁というやつを超えるためか船はゆらゆらと四方八方に大きく揺れ、木製独特の”ギュギュッ”という音が鳴り止まない。それはまる2日続いた。激しい雨と雷鳴が轟くと、それが俺の恐怖心を更に倍増させる力となった。



 しばらくすると何処までも広がる澄み渡る青い空と海が俺たちを待っていた。そしてオーク兵がやって来て、


「お伝えします。外壁を突破しましたが数十隻の船と兵が犠牲になりました」


「まあ、想定内だな。下がってよい」


 その後、ロック鳥がくちばしから籠をぶら下げてやって来ると、


「ウィスター様、食事の時間です」


 テーブルには肉と魚がメインの料理が6人用の白いテーブルに並べられた。

 するとそこへ真っ赤なマントに身を纏い、額から一本の角を生やした者がやって来て、


「随分と豪華な食事だな、ウェスタ―卿」


「これは三大魔神官、地獄のスナイデル殿。赤い涙をあなたも一杯いかがです?」


「結構だ。まあ今回の軍指揮権はそなたにある。たっぷりと腕を見せてもらうとしよう」


 スナイデルはそう吐き捨てると皿に盛られた鶏肉を取って齧るなり、


「新入りとは人間の小僧じゃないか。まあこいつに後ろ首を撥ねられないよう、せいぜい用心することだな」


「ご忠告、身に沁みますよ。地獄のスナイデル」


 ウェスタ―が皮肉るとスナイデルは笑みを浮かべ、ひらりとマントを翻してその場を去って行った。ウェスタ―はグラスを握りつぶし、


「ザブリーよ、お前はいずれスナイデルを超えて新たな魔神官となれ。大丈夫、私がお前をそうさせてやる」


 ウェスタ―は腹の底で煮えたぎる怒りを眉間の皺で現していた。



 4日後――



 その一報を手に持った伝令兵が王国へ帰還し、


 ――早馬だー、門を開けろー!


 すぐさま城は開門され、その兵士はギルラーザ王の間へとやって来た。


「一大事でございます。シーズデス島より数万の軍勢が我が国の南方に近づいています」


 伝令兵は息を切らしながら言った。


「何だとっ! そんなバカなことがあるとは」


 ギルラーザ王は頭が真っ白になり、酒の注がれたグラスを落とすと”パリーンッ”と割った。そして伝令兵から書状を受け取ると音読した。書状には、


 『敵兵は魔族らしき者と見受けられ、後2日後には我が国内の南海岸に上陸する模様。その数およそ2万以上。その他の詳細は不明』


 その字は慌ただしそうに書かれ、事態の急用性を物語っている。しばらくギルラーザ王はその場で腕を組み、頭をめぐらせた。そして、


「レイズよ、お前の預言は見事だ。まさか本当に南から大群が押し寄せるとはな」


 側にいたドゥルスク将官は、


「王様、今から出陣令を出しても兵を1万集めるのに1日半。敵は2日後には上陸。となると、この城の近くに防衛線を張って時間を稼いではいかがでしょう」


 そして、マンスリー大佐は、


「それがいい、最前線には魔術軍を導入して遠距離攻撃を放つ、それが得策では」


 しかし、ギルラーザ王はある飛んでもない策を口にした。それは、


「我々は一旦城を捨てる。と言ってもただ捨てるのではない。城に時空爆弾を仕掛け、敵が入城した頃に爆破させる。そして敵が怯んだところに魔術軍と弓兵軍で敵を更に混乱させ、とどめに一斉突入して城を奪還する」


 その策に周りは賛同した。ドゥルクス将官は、


「名案だ。だが築いたばかりの城を爆破することになるとはな」


 その後、ギルラーザ王は、


「皆の者は明日の夕方まで、できるだけ多くの兵を招集しろ。特に魔術師は総動員だ。ヒーラーもできるだけ多く集めろ。マンスリー大佐、そなたは城に時空爆弾を隅々に仕掛けてくれ!」


 王国軍は捨て身の奇策で魔族軍を迎え撃つことにした。




 二日後――




 魔族軍は二万余の軍を王国領の南海岸から北上させた。伝令は、


「恐れ入ります。敵は城の近くに陣を張り、防衛戦に出る模様です」


「敵の兵力は?」


「1万余かと」


「よし、下がってよい」


 魔族軍はよほどのことがない限り軍議は開かない。数百年前の戦いからそれは風習となっており、それは軍内の熾烈な権力争いが一番の要因となっていた。作戦を練ったとしても上手くいかないのが魔族軍の指揮系統の弱点である。それをウィスターは熟知しているが故、あえて三大魔神官には指示を出さないことにした。代わりに何と、


「ザブリー、そなたに初の任務だ。軍を二手に分けるため、1軍の軍長を託す」


「は?」


 俺は突然のことに驚くことさえもできず、その場で口を開けるだけだった。


「大丈夫だ。お前の部隊は後方支援。ダークヒーラーで前線部隊の傷を癒すだけだ」


 その言葉で俺はほっとした。つまり前線部隊に癒しの魔法を掛ければいいのだ。そう理解し、


「後方支援ですね、畏まりました」


 初陣で俺は何と約千余りのダークヒーラーを率いることになった。これが前線で戦えと言われたら、母ちゃんの顔を二度とみられないと言って泣き出していただろう。



 そしてついに王国軍と魔族軍は一戦を交えることになる。



 その時はまだ、俺とその家族が魔王をも打ち砕くとんでもない事を起こすことになる、それに気づくことはなかった。

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