転移して魔族軍に入り、家族は味方殺しで魔王様を……!
岡本蒼
第1話 異世界へのファーストボール
俺は高校最後の甲子園を目指す球児。名前は
俺はその高校の3年生になってエースに抜擢され、直球がMAX150キロという秀でた才を持つがいまだに変化球を習得していない。なので練習試合でも直球を狙われて、ぼこぼこに打たれまくるありさまだ。
夏の県大会予選を1ヵ月前に控えていたある日、部活を終えたのが夜の9時だった。数名の部員と一緒に家路についていたのだが……。
「じゃあ、また明日な」
「お疲れ、拓海!」
俺は先に皆と別れて、一人で疎らに立つ民家の明かりを道しるべにして歩く。“予選の1勝”、そんなことが現実になれば自分の好きな縫いぐるみが喋り出すぜ、そんな妄想を抱きながらいつもの田舎道を家へと向かう。
いつもと変わらぬ道を進んでいくと、普段はあるはずのない建物。
「あれ? こんなところにコンビニってなかったはずだが?」
少し違和感を持ちながらも、俺はお腹が好きていたためにコンビニで食べ物を買おうと中へ入った。真っ先に目についた商品は、
「何だこれ、コンビニにはこんな商品も売っていたっけ?」
次の瞬間、俺はその手のひら二つ分ほどの不思議なオーラを放つ小竜の縫いぐるみをカートの中に入れ、目当てのカレーパンと安い腕時計まで取った。そして会計を済ませると、昼間に食べた痛めかけのバナナが祟ったのか便を催したためにトイレに入った。野球ズボンを床まで下ろして便器に座り、しばらくするとすっきり感が湧いてくる。そして買ったばかりの腕時計を左手にはめた瞬間、それは起こった。
トイレ内の照明が数度フラッシュしたかと思うと、小竜の縫いぐるみが袋から勢いよく飛び出すし、光を放って輝きだした。
「お、おいおい。いったい何なんだ!」
俺は気が動転して、”プー”とおならをした。更に、
「拓海、君の物語は今始まるよ」
何と小竜がそう喋ったのだ。俺はその瞬間、驚いてまたどでかいおならをした。
更にその小竜は、
「僕は時空の案内役、名前はグローブ。さあ、旅の始まりだ」
「旅だって?」
「君の夢物語さ」
その後、大きな雷鳴が“ゴゴーンッ”となって稲光が辺りを覆い、俺は身を崩しながら気を失ってグローブとも
それからどのくらいの時間が経っただろうか。
「どうやらこいつがターゲットのようだ。意識を失っているのか?」
「そのようですね」
俺は重苦しい瞼を脳の指令に逆らうかのようにそっと開け、その会話に耳を傾けていた。黒いマントと甲冑を纏った2人の男の姿。それを確認すると、
――俺はどうやら異世界へ来たようだ
ゲーム好きな俺は瞬時にそう察した。
「何をしている、オード。早く魔光を吹き込むのだ!」
「承知しました」
そう言って一人の男は指先を俺の胸に当て、光の玉を放出した。辺りは暗い闇に支配され、その男の指先だけが眩しく輝く。その後。
しばらくして俺は意識がしっかりと回復したが、体内の理性が邪気で埋め尽くされていた。
「いったい俺は?」
「気が付いたようだな、サブリー」
「俺の名は――ザブリーか」
「今からお前は我々の仲間だ、取り合えず陣へ帰還するぞ」
俺は身を黒光りする騎馬に投げ捨てられ、その騎馬の上でしばらくゆらゆらと身を委ねるしかできない。高くも低くもない草木の生い茂る高台を通り過ぎ、マグマが噴き出して固まった地層が織り成す細道を進んでいく。そして騎馬が、固い地を蹴るような足音を止めたのは灰色の扉で閉ざされた洞窟の前だった。
騎馬から降りて両側から二人の騎士に挟まれ、ロウソクの灯だけが辺りを照らす洞窟の奥まで来ると、
「お待たせいたしました、ガーベージ陛下。無事ザブリーを確保してまいりました」
「でかしたぞ、ウェスタ―。これで我が魔族の戦力は整ったと言える。よし、直ちに大陸侵攻を開始する」
俺は真っ黒の甲冑に身を覆った目の前の者が魔王だと理解できた。
「畏まりました。早速手はずを致します」
俺は指令室へと連れられて、
「言い遅れたが私はグレイス・ウェスタ―だ。まあ、他の奴らの名前もその頭に叩き込め。できることなら早めにな」
「分かりました、ウェスタ―様」
俺は敬意を払い、右手を胸に当てた。
「ザブリーよ、その腕輪の右上のステータスボタンを押してみろ」
俺はその指示に従ってボタンを押した。すると、
★★★★ステータス★★★★★
・レベル 1
・クラス ダークファイター
・HP 18/18
・変化球 (MP) 0/0
・速球 150キロ
・EXP 0/16 0G
★★★★★★★★★★★★★★
「それはバイクロと呼ばれる生命維持装置、重要な情報が表示される仕組みになっている。常に身にしていろ」
「承知しました」
俺はバイクロを見つめて考えた。変化球に速球、どうやら野球に関する知識だけは何故か覚えている。
「ザブリー、お前はこの上ない性欲と何よりも深い闇の野心を持ち合わせた選ばれし者。その力を魔族の繁栄のために使うのだ。まあ、多く語るよりもこの世で色んなことを経験すればそなたにも意味が理解できるはずだ」
ウェスタ―はそう言ってグラスに注いだ赤い涙を飲み干した。するとそこへ。
「ウェスタ―様、陛下から出陣令が出ました。港へお越しください」
「分かった。よし、いよいよ大陸攻めが始まる。行くぞザブリー」
ウェスタ―の命で俺も黒の甲冑に身を纏い、洞窟を出ると近場の港へやって来た。そこには木製の中型船が数えると日が暮れそうなほど停泊し、ゴブリンやオークが船出の手はずをもくもくと行っていた。
「マルグラーフ・デゼルよ、出発まで後どのくらいだ?」
「はい、後僅かです。ウェスタ―様がヴィンを一二杯飲み干すまでには準備完了と言ったところです」
デゼルは強かな男で頭脳に長けており下級魔族から今の地位まで駆け上がった辺境の卿だ。その一人当千の力をかったウェスタ―の推薦でここまでこれたと言ってよい。
「よし、時間も少しあるようだ。どうだザブリー、手始めに俺と手合わせをしようじゃないか」
何といきなりウェスタ―が戦闘の相手を俺に求めてきた。
「え! でも俺は経験は一度もないんですよ!」
「だからこそ戦闘の基本を教えてやる。ついてこい」
ウィスターは俺を近くの訓練所に駆り出すと、一つの紺色のボールを俺にくれた。これが俺の武器だったら大笑いだ、その思いは見事的中し、
「その球を俺に目掛けて投げてみろ。お前は経験がないと言ったが、まずは力を試す!」
その言葉を聞いて、このボールを俺の剛速球でぶち当てて痛めつけてやる、と俺の闘争心に火が付いた。
「行くぞ!」
俺は次の瞬間、ウィスターが身構える隙をつくと体中の力を腕に集め、
――うりゃーっ!!
とボールを勢いよくぶっ放した。10メートル先にいたウィスターは左腰の
「甘い!」
いとも簡単にボールを切り裂く、かと思った。だがウィスターは身をよけることもなくマックス150キロ近い球を胸で受けた。
「はっはっは。思ったよりは威力がある」
するとバイクロが”ピコーン”と鳴って
★★★★★★★★★★★★★★
8Pの経験値を得た。
★★★★★★★★★★★★★★
と表示された。ウィスターは、
「後1球投げてみろ」
言われた通りにボールをぶっ放すと、またウィスターの甲冑に命中した。するとバイクロは、
★★★★★★★★★★★★★★
8Pの経験値を得た。
レベルが1上がった。
速球が151キロになった
★★★★★★★★★★★★★★
「やったー、レベルアップだ!!」
俺は体中から喜びが沸き上がり、その場で何度も飛び跳ねた。
「初めにしては上出来だ。スピンも思ったよりいい。実践を積めばかなりの戦士になるだろう。まあ本当の任務は他だがな」
「ありがとうございます」
「レベルが上がれば魔法(変化球)も使えるようになる。鍛錬を怠るでないぞ」
変化球ってスプリットやシンカー、スライダーも投げれるようになるってことか。そう思うと俺の心は歓喜に満ち溢れた。そこへ一人のゴブリン兵がやって来た。
「ウィスター様、出航の準備が整いました。どうぞご乗船のほどを」
「分かった。さあ出発だ、ザブリー」
俺はウィスターの後に続いて船に乗り込むと、総勢数万の魔族軍は港を発った。目指すは大陸だと聞いている、今はそれだけしか知らない自分だった。
いつしか俺の子が生まれ、最強の家族になるということなど、今は知ることは出来ない。
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