エピローグ

 僕は一人、静かな人間の世界に戻ってきた。そこにはかつての平和な日常が広がっている。しかし、僕の心には重い雲が立ち込め、周囲の景色が色褪せて見える。人々は日常を楽しみ、笑い声が響く中、僕だけがその渦から取り残されていた。


 持っている強力な能力でも、零の呪いによって失ったものの重さを埋めることはできなかった。僕の中から、かつて葵を愛していたあの感情も消えてしまった。彼女を見ても、何も感じない。心のどこかが深く空洞になっているようだった。それは肆に対しても同様だった。だから、僕は彼らと一切関わらないことにした。そこには何の抵抗も感じられなかった。


「一生苦しみ続けることになるだろう…」

 零の言葉が頭の中で繰り返される。あの時、あの瞬間がもはや取り戻せないことを思い知らされる。


 このまま、何も感じずに生きていくのか…


 絶望感が胸を締め付け、思わず立ち尽くす。周りの人が迷惑そうに自分を避けていく。かつては仲間たちと共に未来を見つめていたはずなのに、今は人間の世界での孤独な影に過ぎない。


 涙が溢れそうになるが、どこか冷静に物事を見つめる自分もいる。

 何をしても変わらない、何も手に入らない。そんな思いが心を覆い尽くしていた。街を歩く人々の笑顔が、僕の心をさらに苦しめる。彼らは幸せそうに日常を楽しんでいる。その光景は、まるで自分とは無関係なもののように感じた。このまま、何も感じないまま生き続けるのか?それが果たして幸せなのか?


 僕は一人、明るい都会にそびえたつ電波塔の頂上に立っていた。周囲には賑やかな音が響いているが、僕の心には静寂が広がっている。人々が忙しく行き交う中、彼らの笑顔や声が遠く感じられ、まるで夢の中の出来事のようだ。


 この場所には、一度だけ肆と来たことがあった。昔の僕にとっては思い出の場所だったのだろう。しかし今、それは僕には意味を持たなかった。彼女を思い出すたびに、胸が締め付けられるような痛みが走り、何もかもが虚しく感じられる。


「もう、何もかも忘れてしまおう…」

 その言葉が、心の奥から自然に漏れ出る。どこか冷静で、かつての自分が抱いていた感情から解放されたいという願望が、ふつふつと湧き上がる。


 電波塔の縁に立ち、下を見下ろす。都市の明かりが星のように輝き、そこにいる人々の生活が営まれている。しかし、その光景は僕には何の感慨ももたらさなかった。


 僕は覚悟を決めた。心の闇から逃れるために、もう二度と戻れない選択をする時が来た。


「悪夢も…ここで終わりだ。」

 僕はその言葉を最後に、ゆっくりと身を投じた。僕の身体は静かな夜空の下で闇の中に溶け込んでいった。僕の意識も薄れていく。ああ…やっと解放される…


 意識が消えかかろうとしていたその瞬間、僕の目に紫色の目が映った。それが誰なのかなんてもうわかっていた。


 そう簡単に死なせてくれないか…


 この時、僕はまんざらでもない顔をしていたらしい。

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恋する僕らのハッピーエンド予報 ろん11号 @ronron115

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