第15話

 和んだ雰囲気の中、僕たちは顔に笑みを浮かべていた。


 ああ、こんな風に神と人間が渡り合えればいいのにな。でも、それはかなわない...か。


「え...?」


 違和感に最初に気づいたのは葵だった。


 僕は反射的に周囲を見回すが、気配を全く感じない。だが、その静けさは不気味なほどだった。かつて僕が伍と会った時のように。


 そして次の瞬間、背中に鋭い衝撃が走った。


「っ...!」


 言葉にならない叫びが喉を突き上げる。背中に強烈な痛みを感じ、体に何かが行き渡る感覚が広がる。僕は何が起きたのか、すぐには理解できなかった。


 首を動かしてそちらを見ると、そこには冷たく輝く銀色の目を持った零がいた。黒色のTシャツと灰色のズボンを着ていて、瞳はまるで氷のように冷たく、心の奥深くに潜む残酷さを映し出しているかのようだった。表情は美しさを持ちながらも、無慈悲で冷淡な笑みを浮かべていた。


 その瞬間、僕は自分の体に何が起こっているのかを理解した。僕の体には、零が突き刺した長い剣が貫通していたのだ。血が床に滴る。


「まさか、これに気づかないとはな。やはり、お前はまだ甘い。そしてお前は一生苦しみ続けるとことになるだろう。」


 零の声が響き渡る。その声には、圧倒的な優越感が含まれていた。


 先ほどまで和んでいた雰囲気は完全に緊張に包まれたものとなり、周りにいた神たちの表情もひどく硬くなっていた。しかし、一方で僕は余裕の表情を浮かべていた。


「甘いのは...そっちもじゃないのか?」


 僕は苦笑いをして右手で零の腕を強く掴んだ。

 その瞬間、零の冷笑が少しだけ消えた。


 零が驚愕の表情を浮かべる中、僕は左手で空間を切り裂くように指先を鋭く振った。そして能力を発動する。


 その刹那、静寂がその空間を支配した。全ての音が消え去り、周囲の動きが凍りついたかのように完全に止まる。時間そのものが停止し、零の動揺した表情もそのままに、目の前に固まっている。


 そして、次第に時間が再び動き出す。まるで静止していた世界が目覚めるかのように、空気が軽やかに流れ始め、周囲の動きが戻ってくる。神々や零も一瞬の後に動き出したが、すでに状況は葵が違和感に気づいた時のものに変わっていた。


「え…?」


 葵のかすかな声が、違和感に気づかせてくれた。僕は無意識に周りを見渡すが、全く気配を感じない。しかし、僕はこの後にくる攻撃を詳細に覚えていた。


 僕は後ろからくる長い剣を避けた。

 能力を使って時間を戻したおかげで、全ての動きを読むことができたのだ。


 彼を倒すなら動揺している今しかない。

 僕は後ろにいた5人の神たちに目で合図を送る。そして、彼らはうなずくと零に向かって一斉に攻撃を仕掛ける。


 葵を先頭に神々が素早く動き出した。葵と伍が鋭い光をまとった攻撃を繰り出そうとし、参は零に強い重力をかけて身動きをとれなくさせようとした。


 しかし、やはりそう上手くは行かなかった。


 その時、零の銀色の目が一瞬光り、まるで静かに呟くように口を開いた。


「では...始めるとしよう。」


 その言葉が発せられると、周囲の空気が急に重くなり、まるで暗い雲がかかるような感覚が襲ってきた。僕は不安を感じながら周りにいた仲間を見たが、その瞬間、彼らの表情が変わった。


「え...?」

 葵の目が急に虚ろになり、彼女は足を止めた。肆も同様に力が抜けていく。


「な、何が起こっているんだ!?」

 伍の声が慌てて響くが、彼の動きも徐々に鈍くなり、立ち尽くしてしまった。


「無駄だ…」

 零はその様子を冷ややかに見つめていた。彼の声はまるで耳鳴りのようで、僕たちの心に侵入していった。彼は彼らの思考をゆっくりと侵食していた。


「意志が...どんどん薄れていっている...?」

 弐の声が途切れ途切れに漏れ出す。彼は力を振り絞ろうとするが、零の力がその意思をいとも簡単に打ち消してしまう。


 周囲の神々が一人また一人と、零の影響に屈服していく。参は足元に崩れ落ち、肆もその場に膝をついた。彼らの目からは力が抜け、冷たい現実に支配されていく。


「葵!」


 振り返ると、彼女は無表情で立ち尽くしている。心が締め付けられるような痛みが襲い、思わず叫びたくなる。


 零の心の支配は完璧だった。まるで彼らの内面に冷たい氷が流れ込んでいくように、誰一人として零に逆らうことができない。確かにこれでは零以外の神たちが零に反抗できないのも納得できる。


「葵、目を覚ませ!」

 僕の声が響くが、彼女の目にはかつての輝きがない。無力感が胸を締め付けた。


 僕の意思も徐々に薄れつつあった。零の心の支配は、まるで冷たい手が心の奥深くに入り込み、希望の光を消し去ろうとしているかのようだ。思考がぼんやりとしてきて、仲間たちを救うために動き出すことすら困難に感じ始めていた。

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