第14話

 驚いて声の方向に目を向けると、そこには参が立っていた。そして彼女の青い瞳が冷ややかに僕たちを見下ろしていた。


「な、なんでお前がここに...?」


 思わず口が滑る。肆の肩からゆっくり手を離し、動揺を隠せないまま参を見つめる。肆は頬を赤く染め、恥ずかしそうに僕から視線をそらした。その表情を見て、僕も思わず顔が熱くなる。


「はあ...まったくもう...」


「そうだ、葵はどうしたんだ?!」僕は直感的に声を上げた。


 参は冷たく目を細めて、ため息をついた。


「葵は別の空間に封印されているわ。けど、今はそれが問題じゃない。あなたが零と戦う準備ができているか、それが重要。」


「零と戦う?封印?なんで葵がそんなことに…」


 僕はさらに詰め寄ろうとしたが、参は手で制止した。


「落ち着いて。あなたが理解していないことが多すぎるのよ。とにかく、私はあなたの味方よ。」


 僕は参の言葉に戸惑いを隠せなかった。


 だが、その時、冷たい風が吹き始めた。周囲が静まり返り、空気が一気に張り詰めた。


「零が...来た...??」


 参が静かに呟くと、遠くから低い足音が近づいてきた。その瞬間、僕の背後でかすかな音がした。振り返ると、そこには見慣れた姿が立っていた。


「葵…?」僕は驚いて声を漏らした。


「ろん…ごめんね、心配させちゃって。」葵は静かに微笑みながら、こちらに歩み寄ってきた。


「封印されていたんじゃ…?」僕は混乱しながら葵を見つめた。


「本当は、封印されていたふりをしていただけよ。いろいろあってね。」


 葵は小さく声を落として言った。


「葵...ここにいるってことはお前ってまさか…」


「ええ、そうよ。私は神。壱と呼ばれているわよ。」


 その言葉を聞いた瞬間、僕は思わず目を見開いた。心臓が一瞬止まったような気がして、息が詰まる。


 冗談じゃないよな…と頭の中で何度もその言葉を反芻したが、葵の表情は変わらない。


 目の前にいるのはいつもの葵なのに、その言葉がどうしても信じられなかった。


「嘘だろ...神なんて...そんなの、ありえないだろ...」


 僕は必死に言葉を探したが、声は震えていた。目の前の葵はいつもと同じ姿をしているはずなのに、どこか違う。


 彼女は神だと名乗った——壱という名前で。理解しがたい現実が、僕を圧倒していた。


「どうして…どうしてお前がそんな…」


 僕の問いに対して、葵は少しだけ微笑んだ。それは優しさと哀しみが入り混じった表情だった。


「驚かせてしまったわね。でも、これが私の本当の姿。あなたには、もう隠さないって決めたの」


 僕は、ただ黙るしかなかった。


「そういえば、ろん。」


「どうしたんだ葵?」


 僕はかなり戸惑っていたが、葵の声にほんの少し気が緩んだ。


「なんか…肆との距離、近くない?」


 葵は少しふくれっ面で僕を見つめる。


「えっ…??」


 僕は驚いて肆の方を見ると、確かに彼女が少しだけ近くに寄り添っていたことに気づいた。しかし、肆はそのことをなんとも思っていないのか、普通の顔で僕を見返していた。


「いやいや、そんなことは…」


 僕は慌てて言い訳をしながら、肆との距離をわずかに取ろうとしたが、肆は軽く肩をすくめるだけだった。


「ん?私、何か変なことした?」


 肆は無邪気に問いかける。


「別に、気にしてるわけじゃないけどね…」


 葵はそっぽを向きながら、少し頬を赤らめている。


 僕は二人の間で戸惑いながら、どこか居心地の悪さを感じた。しかし、僕の周りにいたやつらはあまりにも性格が悪かった。


「ろんよ、貴様は肆と交際していたのではないのか?」


 弐がにやにやしながら爆弾を放つ。


「そうなの?ろん?」


 葵は驚いた顔で僕を見つめてくる。


「いや、ちょっと待て!」


 僕は慌てて手を振りながら言い訳をしようとした。


「違う、違うんだ!肆とはそんな関係じゃない!」


 肆はそのやり取りを聞きながら、少し不思議そうに目を瞬かせた。


「交際?どういう意味?」


「いや、そんなふうに聞かれても…」


 僕は頭を抱えたが、説明する間もなく、葵がさらに詰め寄ってきた。


「でもやっぱりさっきからさ、なんか近すぎない?それに、何か話してたみたいだけど。」


 葵は軽く頬を膨らませながら僕を問い詰めてくる。


「いや、あれはただ…」


 言葉を探しながらも、どうにもうまく説明できない。


 その時、参がクスクスと笑いを漏らしながら口を開いた。そして僕はまずい...と直感した。


「まあ、肆とろんがあの時口づけしようとしていたことを考えれば、交際してると思われても仕方ないんじゃないかしら。」


「口づけ?!」


 葵の声が一気に大きくなり、僕はさらに追い詰められた。参もまた僕の味方ではなかったらしい。


「え、いや、それは...違うって!」


 必死に言い訳をするが、参は楽しそうに微笑んでいるだけだった。


「ふふ、葵のことを忘れて肆とそんなことしてたなんてね。二股ってやつかしら。」


 参が冗談めかして言うと、周囲の緊張が一気に緩んだ気がした。僕にとって悪い意味で。


「ち、違うんだって!」


 僕は焦りながら言い訳を続けたが、葵はそっぽを向きながらも、少し微笑んでいた。


「もう...気にしてないって言ってるでしょ。でも、後で詳しく聞かせてもらうからね。」


 葵はいたずらっぽく僕を見つめながら、少しだけ頬を赤らめた。


 肆はまだ状況をよく理解していないのか、無邪気に言葉を続けた。


「でも、もしろんが私と交際してたら、それはそれでいいかもね!」


「お、面白いって...肆、今はそんなことを言う状況じゃないだろ!」


 僕は思わず声を張り上げたが、肆は特に気にしていない様子だった。


「まあまあ、こんな時にちょっとしたロマンスも悪くないんじゃない?」


 参がまた茶化すように言い、皆が苦笑いを浮かべた。


「戦闘前の緊張をほぐすには、悪くない話題だったな。」


 伍が口元を抑えて小さく笑いながら、静かに言った。


「もう...なんでこうなるんだよ...」


 僕は頭を抱えながらも、先ほどまで張りつめていた空気が少しだけ和んだことに、少しだけほっとした。

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