第13話

 朽ち果てた石畳が敷かれた道を、僕と肆は無言で歩いていた。


 前方にはかつて神々が住まう場所とされていたという、崩れかけた神殿が重苦しい空気の中で不気味にそびえ立っていた。


 肆に案内され、1時間ほど歩いた先にその場所はあった。


 石の柱は何本も折れ、巨大な屋根は傾き、ところどころ崩れ落ちている。


 かつては荘厳さを誇っていたであろうその建物は、今や廃墟と化し、ただの残骸にしか見えなくなっていた。


「ここに...昔は神が住んでいたのか?」


「ええ、そう。でも皆の仲が悪くなっちゃってからは、別々になっちゃったんだよね。」


「だから人間の世界に...」


「そうね...」


 僕は朽ちた神殿を見つめながら、肆の方を見ると、彼女の横顔が視界に入った。


 彼女の微笑みにはどこか切なさが混じっているように見えた。


「肆、お前もこの場所に思い出があるのか?」


 肆の顔を覗き込むと、彼女は少し考えた後、柔らかく笑って答えた。


「まあ、少しだけね。でも、今となってはもうずいぶん昔のことよ。」


 そう言って、彼女は視線を落とし、ほんの少し口元が寂しそうに歪んだ。


「あのさ…」


 僕は静かに肆の腕に触れ、そっと彼女を自分の方へ引き寄せた。驚いたように彼女が顔を上げると、目の前には僕の顔があった。僕の手が軽く彼女の小さな肩に触れた瞬間、肆の頬はほんのり赤く染まった。


「なあ、ありがとうな。お前がいてくれたおかげで、ここまで来れたんだと思う。だから、その...感謝してる。」


 肆は一瞬言葉を失い、小さく笑った。「ほんと...あなたはよくわからないわね...」


 彼女の優しい笑顔が、僕の心の中に温かな気持ちを広げていく。それは悪くない感覚だった。


「ねえ、ろん...」


 彼女はゆっくりと僕の顔に近づき、頬に手を添えた。

 彼女の柔らかな肌の感触が伝わり、心が高鳴る。肆の温もりが手のひらを通じてじんわりと広がり、まるで時間が止まったかのように感じた。

 彼女は輝く緑色の目で僕を見つめながら、僕の肩にそっと手を置いた。


 お互いの距離がどんどん近づき、彼女の息遣いが耳元で感じられる。

 これから何が起こるのか分かっていながら、自分でストップをかけられなかった。それは、肆が特別な存在に思えてきたからだったのだろう。


 心の奥底から得体の知れない感情が湧き上がる。だが、これは初めてではない。この感情は…。


 周囲の静けさが一層際立ち、時間が止まったかのように感じた。お互いの唇が次第に近づいていく。緊張と期待が入り混じり、心が高鳴る。


 しかし、その静けさは突如として破られた。


「はあ...こんなところでイチャイチャしないでくれる?」


 冷たく響く声が、静寂を引き裂いた。

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