第8話
肆の家に着くと、僕は息を呑んだ。
豪華な木造の建物は、人間の世界のものとは全く異なっていて、まるで神殿のような神々しさを感じさせた。それでいて、どこか落ち着く雰囲気も漂っている。和風の佇まいに混じる微細な装飾が、この世界の異質さを物語っていた。
広い和室に通されると、肆は「家、どう?気に入ったかな?」と僕に微笑みかけながら椅子に腰掛けた。
「すごい…まるで神殿みたいだ…」
「ふふ、まあ実際に私は神様だからね。」彼女は軽やかに笑い、僕を隣の椅子に促した。
僕はその隣に座り、しばらく二人の間に静寂が続いた。しかし、その静けさは決して居心地の悪いものではなく、むしろ肆の存在感が不思議と心を落ち着かせた。
「ねえ、ろん。」
「ん?どうした?」
「ろんは神の存在をどう思う?」
その問いに、僕は少し考え込んだ。神々についての基本的な知識は伍から教わっていたが、神の存在について深く考えたことはなかった。
「そうだな…人間の僕から見れば、神は大きな力を持った存在だと思う。でも、実際に目の前にいると、なんだか不思議な気持ちになるな。神は人間とは全く違う存在だから。」
「肆はどうだ?神としての存在をどう受け止めてるんだ?」
彼女は少し黙り込んでから、目を細めて笑った。「私?私はただ、みんなが幸せでいてくれたらそれでいいって思ってる。時にはその責任が重く感じることもあるけどね。」
「そうだよな...神様って、大変そうだもんな。」
肆は微笑みながらも、どこか影のある表情をしていた。彼女の言葉から、神としての責任の重さが伝わってきた。
「でも、肆たちがいるからこそ、人間の世界は平和でいられるんだ。そうだろ?本当に感謝しかないよ。」
僕の言葉に、肆は少し驚いたように目を大きくし、そして照れくさそうに笑った。
「そう言ってくれると、なんだか嬉しいな。」
再びしばらくの静寂が流れた後、肆は立ち上がり、「じゃあ、外に出ようか。参がいそうな場所があるんだ。そこに案内するよ」と明るく言った。
そして外に出る準備をして、僕は肆と共にその家を出た。
目の前には、神の世界特有の美しい景色が広がっていた。
玄関先で僕が「ここは本当に不思議な場所だな…」と呟くと、肆は「そうだね。でも、気をつけてね。ろんはこの世界では異端者だから」と警告した。
その言葉に、僕は少し緊張した。「異端者」とは、この神々の世界において特別な存在を意味するのだろうか。彼女の言葉には、何か深い意味が隠されているように感じた。
「あ、そうだ。危険を逃れられる最も安全な方法を教えてあげよう!」肆が目を輝かせて言った。
「え、何だ?」僕はその言葉に興味を引かれた。
「それはね、私と手をつなぐこと。そうすれば、君もこっちの世界にもっとなじむと思うんだ。」肆は微笑みながら手を差し出してきた。
「なじむ...?」僕は戸惑いながらも彼女の意図が分からなかった。
「ここは神の世界でしょ?君はまだ完全にはこの世界に適応していないから、私と手をつなげば、少しは感覚が安定すると思うんだ。」
肆は少し動揺した様子で、急いで言葉を続けた。
僕はその言葉に戸惑いながらも、肆の手を握った。彼女の手は柔らかく、温かさが伝わってくる。指先に触れると、心が高揚し、まるで温かい光が体を駆け巡るような感覚が広がった。その手のひらの優しさは安心感をもたらしたが、同時に何か別の意味を感じさせた。
「なあ、肆。」
「な、なにかな?!」
彼女の顔は少し赤くなり、声は震えていた。
「なんか最近、距離が近くないか?」
肆は一瞬目を大きく見開き、驚いたように僕を見つめた。
「そ、そんなことないよ!」
その返事はあまりにも早く返ってきたため、彼女の動揺が隠しきれないのが感じ取れた。
追及するのは何か違う気がして、僕はそれ以上考えることをやめた。
「まあ、肆がそう言うならそうなんだろうな。」
僕がそう言うと、肆は安堵の表情を浮かべたようだったが、視線はどこか落ち着かず、手を握り続けていることがまだ気になっているのか、時折指にぎゅっと力を入れてきた。
「それじゃ、行こうか。」僕が促すと、肆は少し照れたようにうなずいた。
結局、手をつないだまま歩き始めたが、心の中では違和感が拭えなかった。
これじゃまるでカップルみたいじゃないか... そう思いながらも、手を離す理由が見つからず、僕はそのまま彼女に付き添った。
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