第7話
肆について行き、やがてたどり着いたのは、町の片隅にひっそりとある古びた神社だった。
目の前には月の光に照らされ、静かに立っている神社の鳥居があった。
彼女はそこで静かに足を止め、こちらを振り返る。
「ここが神の世界?」
僕は鳥居を見上げながら訊ねた。
「いや、ここに神さまの世界への入口があるんだよ。」
肆は少し微笑んでいた。
そして、肆は奥に進もうとするが僕の身体はいう事を聞かなかった。無意識に、鳥居の向こうにある未知の世界に対して恐れを抱いているのだろう。
肆はそんな僕の様子を見て、ふっと笑みを浮かべる。
「はは、怖くなっちゃったの?」
僕は肆のその軽口に答えることができず、ただその場に立ち尽くしていた。
心の奥底で、これ以上進むべきではないという警鐘が鳴り響いている。それでも、肆は一向に気にする様子もなく、ゆっくりと鳥居の先へ歩を進めた。
「君には選択肢があるんだよ、ろんくん。」
肆は振り返り、再び優しく微笑む。
「ここで立ち止まってもいいし、私についてきてもいい。どちらを選ぶかは、君が選ぶといいさ。」
おそらく僕がここで進めば、戻ることはできないかもしれない。いや、進むことで、これまで以上に危険な世界に足を踏み入れることになるだろう。
「でも、葵さんを助けたいなら…」肆は視線を鳥居の向こうに向け、「ここを越えなきゃね。」
彼女は続けたが、その緑色の目が僕を見つめる瞬間、ほんの少しだけいつもと彼女の感じが異なっていたように思えた。
「...なあ、どうしてそんなに僕に親切なんだ?」
僕は思わず問いかけた。
肆は少し笑って、僕に近づいた。
「うーん、そうだね。君のことがちょっと気に入っちゃったのかも?」
冗談めかして言いながら、彼女は僕の顔を覗き込んだ。
彼女の柔らかな髪が、かすかに僕の頬に触れる。
彼女の緑色の目は、まるで宝石のように輝き、その笑顔と相まって、さらに魅力が増したように見えた。
「ドキドキしてるの?」
肆が茶化すように言う。彼女の微笑みには無邪気さが混じっていた。
「確かに肆は魅力的だ。でも、そういう感情は抱かない。僕には葵がいるからな。」
僕がそう言うと、肆は一瞬驚いたように見えたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「そうだね。君は本当に彼女のことが大切なんだね...」
肆は少し言葉を飲み込み、少し悲しそうな瞳で僕を見つめた。彼女のこんな表情を見るのは初めてだった。
そして彼女は「それじゃ、行こうか」と言い、再び笑顔を絶やさずに鳥居の方へ歩み寄った。
僕はその後ろをついていくしかなかった。心の中には不安と、何とも言えない不思議な感情が交錯していた。
鳥居の前に立つと、肆は再び振り返り、真剣な表情を見せた。「ここを越えると、君の人生が変わるかもしれないよ。覚悟はできてる?」
「うん。葵を助けるためなら、何だってするさ。」僕は、すでに全てを犠牲にする覚悟ができていた。
肆は頷くと、静かに鳥居に手をかけた。「それじゃ、行こう。準備はいい?」
僕は深呼吸して、心を落ち着かせた。そして、肆と共に鳥居をくぐった。
目の前が一瞬、真っ白になり、次の瞬間には異なる世界が広がっていた。
僕と肆は、静かな夕暮れに立ち尽くしていた。
空は燃えるような橙色に染まり、遠くには街の灯りがぽつぽつと灯り始めている。太陽は水平線に沈みかけていて、古びた鳥居がその光の中でシルエットを浮かび上がらせていた。鳥居の向こうには、永遠に続くかのような静けさが広がっていた。
その世界は、まるで夢の中のようだった。
しかしその一方で、神々の世界はどこか冷ややかで静寂に包まれ、ただ目に映る美しさとは裏腹に、心の奥底に不安を呼び起こすような威圧感が漂っていた。
「ここが…神々の世界か…」僕は息を飲んで呟いた。
肆は僕の反応を見て、静かに微笑んだ。
「まだ馴染めない?でも、ここも慣れれば居心地が悪くないよ。まあ...一部を除いてだけどね。」
その「一部」という言葉に引っかかりながらも、僕は頷いた。
「まずは私の家に行こっか。そこから始めよう。あ、あんまり目立たないように、この服着なよ。」
肆が差し出したのは、黒いフード付きのローブだった。軽く触れると、冷たい感触が指先に伝わる。どうやらこの世界では、僕の存在が目立たないようにする必要があるらしい。
「ありがとう」と言いながらローブを羽織ると、肆は満足そうに頷いた。
「それでオッケー!じゃ、行こうか。」彼女は軽やかに歩き出した。
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