第6話

 葵がいなくなった日の翌日、僕は朝から病院で警察から事情聴取を受けていた。

 ありのままを話したが、彼らは一向に僕の言うことを信じてくれなかった。挙句の果てに、精神異常まで疑われた。だから、僕は自分で葵を助け出さなければならないと確信した。


 夕方になってやっと警察が引き上げ、病室には静寂が戻った。

 担当医からは、「身体には異常はないが、一週間ほどはここでおとなしくしていなさい」と言われたが、そんな悠長なことはしていられない。


 だから僕は、病院から脱走することに決めた。


 服を着替え、必要最小限の持ち物を持ち、病室のドアをそっと閉める。僕は落ち着くために深く息を吸い込んだ。


 周囲を見回し、使えるものがないか探す。窓の外には星空が広がっていたが、今はその美しさを楽しむ余裕などなかった。


 僕は非常口に向かって静かに歩き出した。廊下には誰もいないことを確認し、足音を忍ばせて進む。


 廊下の角を曲がると、視界に飛び込んできたのは非常口の標識だった。そこから出れば、自由になれるはずだ。


 心臓が高鳴る中、非常口に近づく。ここは1階だから、外に出られるはずだ。


 ドアを開けると、冷たい夜風が僕を包み込んだ。誰にも見られていないことを祈りつつ、僕は一気に外へ飛び出した。


「おや、ろんくんじゃないか。どうしてこんなところに?」


 目の前に現れたのは、僕の担当医で、白衣をまとった長い黒髪の女性だった。彼女の緑色の瞳は、どこか優しさを感じさせる温かい光を帯びているように見えた。


「少し外の空気を吸おうと思いまして。」


「でも部屋に窓があるよね?わざわざ外に出なくてもいいんじゃない?」


「えっと、それは…」 想定外の返答に言葉を失ってしまう。


「正直に言ってみな?別に怒らないからさ。」彼女は優しげにそう言った。


「葵を助けるために、ここから出なきゃいけないんだ。」


「葵さんって君の友達かな?」


「ああ、僕の唯一の友達だ。」


「へえ、それってもしかして恋人?」


「...違う。」


「ろん君、今は焦って動くべきじゃないよ。」


 この雰囲気と目の色...やはり、この者も——


「あんたももしかして神か?今まであってきた二人と同じ雰囲気がする。」


「ご名答!私の名前は肆、さすがだね!」

 肆は微笑みながら、そう返した。その動作には一切の敵意がなく、むしろ親しみさえ感じられた。しかし、なぜか彼女からは人間らしさを感じ取ることができなかった。


「まあ、そんなに怖がらないでよ、私は君の敵じゃない。むしろ、助けたいと思っているんだ。」


「人間である僕の手助けなんてしていいのか?」


「ううん、本当は駄目なの。でも今は君と目的が同じだから...心配しなくでいいよ。」


「神たちの中でなんかあったのか?」


「まあ、そんな感じかな。」


「ていうか、最初から僕がここに来るの狙ってたよな?」


「さあ、なんのことやら」


 肆は笑顔を保ち、まるで少女のように笑った。しかし、その笑顔の裏には、確実に含みがあるように思えた。


「本当はどうなんだ?」僕はさらに問い詰めた。


「きっとこのあとわかるよ。すべてね。私がここにいる理由も、いろいろな神が君と接触する理由も…ね。」


 肆の言葉は穏やかだったが、そこには何か深い意図が隠されているようだった。


「さあ、ついてきて。」


「...どこに行くんだ?」


「神さまの世界さ。」

 彼女は僕にそう告げた。

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