教師近藤と誕生日

 小森俊市という少年の一家が引っ越しをして、彼は近藤が働いている中学校に籍を移しました。

 転校は誰でも不安なものでしょうけれども、俊市は内向的な性格で、ずっといた前の中学でも苦労は多々ありましたし、新しい学校になじめるか、いじめられたりしないか、本人のみならず彼の両親もひと際心配していました。

 そこで俊市の母親が言いました。

「もうすぐあなたの誕生日でしょ。誕生日会をやるから、クラスのコをたくさん誘いなさいよ。そうすれば早く打ち解けられるし、何かあったときそのなかの誰かが助けてくれるかもしれないから」

「でも、誘うのが緊張するんだけど」

「それは頑張りなさい。どっちみちクラスメイトと話さないといけないんだから」

「うん……わかった」

 俊市は考えました。本来ならば、仲良くなる相手として、また誘いやすいという点からも、自分と同じおとなしいコがいいところですが、社交的な生徒のほうが、そのコが別のコたちにも声をかけてくれて、手間が省け、自分一人でやるよりも大勢集まるかもしれませんし、一緒のタイプのコだけを招くと、活動的な面々を中心としたクラスメイトの多くに嫌われてしまうおそれがある、と。

 そういうことで、最初に招待するのは明るくて誰とでもしゃべる感じのコにし、もちろん意地悪だったり嫌な人じゃないだろうというポイントも加味して、良さそうな生徒を慎重に選んだ結果、近本亨という男子に決めました。彼は荒っぽい印象もあるものの、他の生徒たちから信頼されている雰囲気で、スポーツチームのキャプテンが似合っていると思わせるコだったのです。

 とりあえず亨一人に誕生日会への誘いをしたかったのですけれども、社交的なだけあっていつもそばに誰かしらいて、なかなか声をかける良いタイミングが訪れませんでした。

 それでも、ようやく放課後の廊下に一人でいるところを目にして、急いで近づいて話しかけました。

「近本くん」

「ん?」

「僕さ、もうすぐ誕生日なんだけど……」

「え? 何日?」

「十八日」

「お前さ、それ、誰にも言うなよ」

 思わぬ言葉でした。

「え? どうして?」

 すると、亨のもとに数人の男子がやってきました。部活でしょうか、用があってどこかに向かうようで、亨は彼らと離れていこうとして、去り際に俊市にこう言い残しました。

「いいから。絶対に黙っとけ」

 それに対する返事を聞かぬまま亨たちは行ってしまい、俊市は訳がわからないのとどうしようというので、しばらくその場に立ち尽くしました。


「何だよ」

 俊市は亨に腹を立てました。いい奴だと思った自分の見る眼のなさや、単に断られるだけでなく他のコに誕生日について話すことすら禁じられてしまうという運のなさに、がっくりもしました。

 亨の要求はむちゃくちゃですから、無視して別のコを誘っても全然構わないはずですが、亨のみならず、いっぱいいそうな彼の友人までも、敵にしてしまうかもと思い、言われた通り誰にも口にしませんでした。

 親には、真相を話すと、過剰に心配したり、「ああしろ」「こうしろ」とごちゃごちゃ言われる可能性があって、そうなったら嫌なので、やっぱり声をかけるのが緊張してできなかったということにしました。それで、特に母に呆れられる羽目になり、改めて亨に怒りを覚えました。

 そうして、誕生日当日を迎えました。その三時間目は、隣のクラスの担任である近藤による授業でした。

 彼が教室に入って早々に、一人の男子生徒が言葉を発しました。

「先生ー。亨、一昨日、誕生日だったんですー」

「お前、言うなよ」

 小さめの声でそう口にしたのは亨でした。

「おお、そうか」

 近藤はほおをゆるめました。

「じゃあ、お祝いに、この歌を捧げるよ。『バースデー、おめ! マイサンズ&マイドーターズ』」

 近藤は高らかに歌唱し始めました。彼は生徒の誕生日を知ると、このように歌を贈るのです。曲はオーソドックスな「ハッピーバースデー」から、人気の邦楽や洋楽のミュージシャンのバースデーソングもありますが、最近は調子に乗って作ったこのオリジナルソングを歌うのが恒例になっているのでした。ちなみに、「マイサンズ&マイドーターズ」とは「私の息子と娘たち」という意味ですけれども、それは、近藤は自分が教えているというだけで、生徒を己のチルドレン呼ばわりしているためです。

 歌が終わると、生徒は皆、亨に歓声と拍手をしましたが、純粋な祝いの気持ちではなく、さらし者のようになったことに対する冷やかしと、その苦痛によく耐えたというねぎらいの意味合いが半分以上ありました。

 そして、俊市は理解しました。もし誕生日をクラスメイトに教えていたら、自分もこの辱めの犠牲者になっていたことを。ゆえに、最初に声をかける相手に亨を選んだのは大正解だったのです。

 この直後は亨のもとに生徒が集まったので、少し経ってから俊市は彼に近づいて、言いました。

「近本くん、ありがとう」

「え? 何が?」

「僕の誕生日、他の人に言うなって。あれ、僕が恥ずかしい思いをしないように考えてくれたんでしょ?」

「あー、そうそう。よかっただろ? 転校してきて、すぐにあんなのを食らったら、衝撃が強過ぎてトラウマになっちゃうぜ」

「ほんと」

 俊市は笑って同意しました。

「あのさ、実はあのとき誕生日会を家でやるから招待するつもりだったんだ。もう過ぎちゃったけど、来週やることにしたから、うちに来ない?」

「ああ、行くよ。じゃあ、俺の友達も誘おうか?」

「助かるけど、いいの?」

「もちろん」

「なら、お願い」

 近藤のいる学校、特に彼が担任を務めるクラスは、トラブルが少ないですが、それはこのように近藤という怪物を相手に生徒同士が助け合う要素が多分にあるのでした。

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