教師近藤とコレクション
それは近藤が小学四年生のときでした。彼のクラスメイトに、矢倉知久というコがいました。
知久の家は貧しくなく、誕生日にはいつもそれなりの額のプレゼントをもらえましたし、普段も欲しいものや必要なものがあれば、親に告げ、問題ないと判断されたらお金をくれて、購入することができました。
しかし、無駄遣いは駄目で、そうするおそれがあるという理由により、お正月のお年玉を除くと、ただお金をくれるということはありませんでした。要するに、周りのコのほとんどはもらっている、お小遣いはなかったのです。
同年代の主に男子たちの間では、人気のキャラクターのトレーディングカードを集めるのが流行していましたけれども、もっともっとと際限ないくらいに増えてしまう懸念があるそういったものの購入を親が許可してくれなかった知久は、一枚も手に入れることができませんでした。
そんな彼が、遊ぶので、近藤の家に行きました。二人は親友と呼べるほど仲が良いわけではありませんでしたが、トレカのことで他のコと話ができないために、知久は近藤と接する回数が多くなっていたのでした。
「トレカ欲しいのに、お母さんが駄目って言うんだ」
話の流れで、知久はそう口にしました。
「ふーん」
「近藤くんは? 持ってないの?」
近藤がトレカに熱中していないのはわかっていましたけれども、少しは持っているのか、それともまったく所持してないのか、までは把握していませんでした。
「うん。別に禁じられてはないけど、僕も持ってない」
「へー。欲しくないの?」
「別のものを集めてるから」
「え? なに、なに?」
「見る?」
「うん」
知久は思いきりうなずきました。
興味を抱いた知久に応えて、近藤は自身の机の引き出しを開けて、大きめの容器を取りだしました。
「これ」
近藤は床にそれを置きました。
「なに、これ?」
「鮮度保持剤」
「鮮度保持剤?」
知久はピンとこずに眉をひそめました。
近藤はそのふたを開け、中身を見せました。
「あ、お菓子とかに入ってるやつ?」
「うん」
そうです。それは乾燥剤や脱酸素剤といった、お菓子など食品によく入っている、小さい四角のあれでした。容器にどれくらいでしょうか、おそらく百個は軽くありました。
「なんでこんなの集めてるの?」
「お菓子を食べて、中に入ってたのが気になるようになってさ。デザインとか、書かれている文字とか」
「へー」
訳がわからないな、まあ変わってる近藤くんだから、と初めは思った知久ですが、その後考えを改めました。
例えば切手や、僕がすごく欲しいトレカだって、興味のない人には鮮度保持剤と一緒じゃないか——。
すると、トレカを手に入れられなくて落ち込んでいる気持ちがだいぶ和らぎました。
「近藤くん」
近藤がある日、学校が終わって自宅に帰っている途中で、そう声がしました。
視線を向けると、帰宅してから来たらしくランドセルを持っていない知久が近寄ってきました。
「やあ。どうかしたの?」
「あのさ、これ、あげるよ」
知久はビニールの袋を差しだしました。
「ああ、鮮度保持剤」
透けて見えるので予想はつきましたが、中を覗いてから近藤は言いました。
「うん。自分が食べたお菓子のや、買ったものに入ってたらちょうだいって言って親にもらったりしたんだ」
全部で三、四十個くらいありました。話した感じだと軽い気持ちでやったようでしたけれども、知久は自分の心が晴れることに貢献してくれた近藤のために一生懸命集めたのでした。
「ありがとう」
「いいよ、いいよ」
近藤がお礼を口にし、照れながらも、知久は喜んでもらえて頑張った甲斐があったなと嬉しく思い、微笑みました。
ところがです。
「あ、でも、これ持ってるや。これも。ああ、これもだ」
近藤は一つひとつ見ていって、最後にこう述べました。
「全部、家にあるやつだった。ダブるのはいらないから、これ全部いいや」
知久に袋ごと返しました。
「あ……そう。アハハ……」
知久の笑顔は苦笑いに変わりました。
こうして、近藤は知久の気持ちを思いきり踏みにじったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます