教師近藤を利用
近藤がいる中学校で休み時間に、四十代の女性教師である淀野幸恵が廊下を歩いていたところ、このような声が耳に入ってきました。
「この、おかちめんこー」
聞こえた方向に目をやると、やんちゃな男子生徒が女子生徒に向かってふざけて言っていたのでした。
「コラー」
「あ、やべ」
幸恵が近づいて注意し、彼女の存在にそこで初めて気づいた男のコは離れていこうとしました。
「ちょっと待って」
幸恵は呼び止めました。たいした悪さではないですし、通常はしませんが、そうしたのはある点が気になったからです。
「あなた、そんな言葉よく知ってるわね」
確かに「おかちめんこ」は現在ほとんど使われない単語です。加えて、この男子はたくさんの言葉を知っている、勉強ができるタイプではありませんでした。
「いや、近藤先生が……」
「え?」
近藤が人をさげすむワードを教えたのだとしたら少々問題です。
しかしそうではなく、彼は授業中に次のように言ったのでした。
「電子辞書も悪くはないけれども、紙の辞書は目当てのもの以外の言葉もついでに見て学べるからいいんだよ」
それがきっかけでこの男子生徒は紙の辞書を開いて、「おかちめんこ」を見つけたということでした。
近藤も教師ですし、何か理由もあって、まともな発言をしたのかもしれません。まあ、紙の辞書の利点として、よく使われる台詞ではありますが。
「まったく。いつもじゃなくて、たまにそういうことをするからよ」
職員室に戻り、自分の席で、幸恵はつぶやきました。
迷惑顔の彼女でしたけれども、直後にはっとした表情になりました。
「近藤先生。ちょっとお話が」
幸恵は近藤に近寄って声をかけました。
「はい。何でしょう?」
授業の終わりに、近藤が生徒たちに言いました。
「そうだ。今年はインフルエンザが流行しそうだから、みんな予防接種をできるだけ打つようにな」
子どもたちは黙って、特に反応はありません。
けれどもその後、言われた通りに接種した割合は高かったのでした。
そうです。辞書ときと同じように、普段ハチャメチャな近藤がちゃんとしたことを言うと、真面目な人より遥かに記憶に残るのです。
こうして、この学校の教師たちの間では、「困ったときの近藤頼み」が定着していったのでした。
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