教師近藤とバスケットボール

 現在、公立の中学校では、教師の激務緩和のために、部活動の指導は学校の外部の人に任せる流れになっています。つまり過去は教師がすべて管理していたわけですが、当時の若き近藤はそこへの情熱は強くありませんでした。

 しかし一時期、精を出すことがあったのです。

「来年の男子バスケ部の顧問を、私にやらせていただきたい」

 職員会議の場で、彼は熱い眼差しで発言しました。

 近藤は学生時代に部に所属するなどバスケットボールに励んだことはありませんし、ルールすらいまいちわかっていません。にもかかわらず名乗りをあげたのは、あの大人気バスケ漫画を読んだからでした。

 近藤はわかっていたので手を挙げたのですけれども、体育担当教師ら運動ができる人はもちろんいますが、「バスケ部は絶対にあの人」というまで専門的な教師がいなかったおかげで、強く願いでた彼は顧問の座に就くことができました。

 迎えた初回の活動で、熱血コーチと化した近藤は、部員の生徒たちを前に力強く言いました。

「いいか、やるからには志高く、高校チャンピオンを目指すぞ!」

 あのバスケ漫画の舞台が高校のバスケ部だったのでそう口にしましたが、部員たちは呆れて返しました。

「僕たちは中学生なので無理です」

 そして試合となり、タイムアウトの際には、ルールさえあやふやなので、ひたすらこうくり返します。

「いいか、トラベリングは駄目だ。トラベリングだけは絶対にするんじゃないぞ!」

 それを聞かされる選手たちは「わかったよ、もう! 他のことも言えよ!」とイラつきます。

 また、部員全員にDVDを配布しました。

「一流選手の試合の映像だ。よく観て、自分のプレーの参考にするといい」

 生徒たちがディスクを自宅で再生すると、確かに一流のプロ選手のプレー映像なのですが、どういうつもりなのか、一番上手な選手の頭の部分だけが近藤になっているのです。しかもその加工は荒くてひどい有様で、プレーは素晴らしくて本来は近藤が言っていた通り参考になるはずが、全然そこに集中できないのでした。

 さらに近藤は十分な人数がいるにもかかわらず部員募集のポスターを大量に作って学校じゅうに貼ったのですけれども、その画は彼が実際はまったくできないダンクを豪快に決める姿なのでした。

 本気で部員を集める気でやったのではないのが明らかとはいえ募集の張り紙をしたのとは反対に、近藤が顧問ということで入部をやめるコがいましたし、試合は彼の邪魔で勝てる試合も落とすわ、そのくせ名コーチ気取りでたいして効果的ではない練習をハードにやらされるわと、その年のバスケ部のメンバーは災難続きでした。

「ちくしょー、近藤のヤロー!」

 学校の午前の授業の合間の休み時間に、部員の一人である右田亮丞が腹を立てて、そう口にしました。

「あいつをバスケ部から追いだしてやる!」

「やめとけ。へたに近藤に絡んだら、どんな目に遭うかわからないぞ」

 一緒にいる二人の仲間の部員のうちの一人が止めました。

「うるせえ! じゃあ、いいのかよ、お前、もう十分なってるけど、このままバスケ部がめちゃくちゃにされてもよ!」

「そりゃ、困るけど」

 亮丞は少し考えて、言いました。

「だったら、部員みんなで追い払うぞ。大勢いるんだ。それでもあいつにかなわないってことにはならないだろう」

「……そうだな。よし、今日の部活のときに。手分けして全員に伝えよう」

「おう」

 もう一人の仲間の部員も賛成しました。


 放課後、体育館で、腕を組んだ鬼コーチのたたずまいの近藤が部員を待っています。

「どうした? 今日は遅いな」

 部員は全員で近藤をやっつけにいくため、揃うまでにちょっと時間がかかっていたのでした。

「よーし、行くぞ!」

 集合した廊下から、彼らは体育館に向けて歩きだしました。

 その頃、一人体育館にいる近藤のもとに、すでに練習を始めていた女子バレー部のボールが転がってきました。

「あ、先生、すみませーん」

「おう」

 近藤はそれを拾って、投げました。

 すると、なんということでしょう、狙ったのか偶然かはわかりませんが、そのボールがバスケのゴールに綺麗に入ったのです。その距離はバスケのスリーポイントのより遥かに長かったのでした。

「すまん、すまん。手もとが狂ったよ」

 落ちたボールはバレー部のコから少し離れた位置に行ってしまい、近藤は謝りました。

「ん?」

 直後に近藤が後ろに気配を感じて振り返ると、バスケ部の部員たちが茫然と立ち尽くしていました。それは、体育館に着いたちょうどのタイミングで、近藤の超ロングシュートが決まるのを目にしたためでした。

「遅かったじゃないか、きみたち。さっさと着替えたまえ。さあ、今日も張りきって練習するぞ!」

「は……はい」

 こうして、近藤のハイレベルなバスケの能力(が本当にあるのか定かではありませんが)を知ったことで、彼を見る眼が変わり、部員の反乱は起こらずに済みました。

 しかし近藤の指導は相変わらずめちゃくちゃなので、バスケ部の悲惨な活動はずっと続いたのでした。

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