教師近藤が教頭?

 近藤が教鞭を執っている中学校のなかに教頭を目指している教師がいて、近藤と若手の男性教師がしゃべっているときにその話題になりました。

「よく教頭をやろうと思いますよね。絶対に大変じゃないですか」

 若い男性教師が言いました。

「まあ、苦労に勝る志なんかがあるのだろうね」

 後輩相手なので、近藤は実に偉ぶって答えました。

「そんなこと言うなんて、近藤先生もその気なんじゃないですか?」

「いやあ、私はないよ」

「僕も。大変なだけじゃなくて、生徒と接する機会が少なくなるのはやっぱり寂しいですもん」

 それを聞いて、近藤は何やらひらめいたような表情になりました。


 担任をしているクラスで、近藤が述べました。

「実は、私は教頭を目指そうかと考えているんだ。まあ、決定したわけじゃないんだけれども」

 それに対して、生徒たちは完全なノーリアクションです。

 というのも、この発言はもう十回ほどになるのです。子どもたちは「わかったよ」「しつこいけど、何なんだ?」という気持ちなのでした。とはいえ近藤のやることですから、大半の生徒はそこまで気に留めていません。

 そんななかでの休み時間に、数人の女子生徒の間でその話になりました。

「何なんだろう? あれ」

「止めてほしいんじゃない?」

「やっぱそうなのかな」

「じゃあ、確かめてみる?」

「どうやって?」

 そして、クラスの生徒が揃っている前に近藤がいるときです。

「言ったんだったけな? 私は教頭になろうか悩んでいるんだよ。うーん、どうしよう、迷うな」

「先生」

 またもやの彼の言葉に続いて、休み時間に話をした女子の一人の岡本杏子が声を発しました。

「ん?」

「そんなこと言わないでください。教頭先生になって、私たちと距離がある関係になったら寂しいです。先生は今の立場のままでいてもらえませんか?」

 その話をした女子生徒たち、また、それに関わっていない他のコたちも、近藤は喜ぶだろうと思いました。

 が、彼は表情を変えずに答えました。

「そうかい。ま、一つの意見として、参考にはするよ」

 女子生徒たちは「あれ? 違うのか?」という視線を交わしました。


 それから行われたホームルームで、近藤が生徒たちにしゃべりました。

「このあいだ、私が教頭になろうか検討している件で、今のままでいてほしいと言ってくれたよね。発言したのは岡本さん一人だったけれども、このクラスの全員が同じ思いであることはちゃんとわかっているよ」

 何をほざいてやがるんだ、と子どもたちは心の中で毒づきました。

 近藤は続けました。

「私には教育者としての大きな夢が二つあってね。片方は、教頭、それから校長と、階段を上っていって、日本の教育に革命をもたらすこと。そしてもう一方は、教師園で優勝することなんだ」

「はあ? 教師園?」

 生徒からそう声があがりました。

「うむ。野球少年が目指すのが甲子園で、我々一般の教員が『最高の教師』の称号を求めて競い合う舞台が教師園なんだ。与えられた課題や自由に行うパフォーマンスなどで、各々が自身の教師としての能力を披露し合って、トーナメントを勝ち上がって優勝ができるように頑張るのさ」

「そんなの聞いたことありませんけど?」

「まあ、まだ歴史が浅いからね。前回の参加者はたしか全国で十三人だし」

 少なっ、と生徒たちは驚きました。

「教頭といった上の立場になるともう出場はできないから、二者択一、どちらの夢を追い求めるか迷っていたというわけだ。それで、さりげなく口にして、きみたちの反応をうかがったのだよ」

 全然さりげなくはなかったけどね、と教え子たちは己の心の中でツッコみました。

「だから、かけてくれた言葉を胸に、教師園で頂点を立つことを目標にして、教頭にはならずに今のままでいようと思う」

 はあ、そうですか、と生徒たちは元々興味があったわけではありませんが、一層どうでもいい気分になってきました。

「ちなみに前回の大会で、私は『ヘビ使いのマサ』に敗れて惜しくも一回戦負けだったんだけれども、友人が撮影してくれた密着ドキュメンタリーが、自分で言うのもなんだが、素晴らしくてね。教師だけでなく生徒も観る価値があると判断して、そのDVDを図書室に置いて貸出できるようにしてはどうかと職員会議で提案したんだけども、却下されてしまったんだ。で、私の教師としての能力の高さを熟知して、今のままでいることを強く願っているみんなに、ぜひ図書室への所蔵を要求する署名をしてもらいたいんだ。もちろん強制ではないが、したくてたまらないだろう? じゃあ、いっぺんに来ると危ないから慌てず、並んで順番に、よろしく頼むよ」

「……」

 生徒は当然誰も署名しなかったのでした。

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