教師近藤とマラソン大会
近藤は、足が速くありません。はっきり言えば鈍足です。さらに、地道に走り続けなければならず、とても疲れる、マラソン大会ともなると、どんなに手を尽くしても活躍できそうにないうえに、彼の性格からして頑張ろうと思うようには感じられず、まったく興味がないイメージがあります。
近藤が籍を置く中学校の一年生である影島豊もそのように考え、実際はどうなのかを上級生に尋ねてみたところ、本人からはっきり関心がないという言葉を聞いたわけではないものの、行事の際は目立つ何か特別なことをほぼ必ず行う近藤が、去年のマラソン大会ではそういった振る舞いをした覚えがないので、やはり興味はないんじゃないかという回答が返ってきました。
足が遅くはないけれど、長距離を走るのが嫌で、同じくマラソン大会が好きではない豊は、その年の実施日が迫ってきて憂鬱ななか、せめて近藤が面白いことをやってくれたらいいのにと思っていました。
「そうだ」
彼はあることを思いつき、そうつぶやきました。
近藤が学校の廊下を休み時間に歩いていると、生徒たちによるこんな声が聞こえてきました。
「ねえ、もうすぐマラソン大会だけど、近藤先生、他の行事のときみたいに面白いことをやるかな?」
「えー、いくら先生でも、ひたすら走るだけのマラソン大会でそういうことをするのは難しいんじゃない?」
「でも、あの近藤先生だよ。きっと何か、私たちをびっくりさせる楽しいことをやってくれるよ!」
そうした会話は一回にとどまらず、近藤の耳に何度も入ってきました。
実はそれは、彼がその気になるように、社交的で顔の広い豊が友人やクラスメイトなど多くの生徒に協力を求めて、やってもらったのでした。
すると少しして、いつもはスーツしか着ない近藤が、走る練習をしている感じのジャージ姿を見せるようになったのです。
「あれ? 先生、ジャージなんて珍しいですね」
豊は近藤に声をかけて真意を探りました。
「ああ。マラソン大会に向けて、トレーニングをしているのさ」
「へー、先生も走るんですか?」
どの学校もだいたいそうでしょうが、マラソン大会の参加は生徒のみで、通常教師は走りません。
「うむ。見ていたまえ、本番、みんなをあっと言わせるからさ」
「わかりました。楽しみにしています」
近藤をよく知る人からすると、彼が宣言通りただ真剣に走るわけはありません。この「練習に励んでいる感」はフリであり、大会当日はまったく関係ないことをするのが定石です。しかし、本番でそのまま一生懸命走るというのは誰も予想していないので、「普通に走んのかよ!」とツッコんでしまう、ボケになっている可能性もあります。
何にせよ、「これでマラソン大会が待ち遠しくなった。やったぞ!」と豊は大喜びしました。
迎えたマラソン大会で、走ると公言していた近藤は、エントリーしませんでした。ということはやはりトレーニングはフリで、まったく関係ない何かおかしなことをするのだろうと思われました。
が、一向に特別な振る舞いを見せず、今か今かと豊を筆頭に面白いアクションを期待していた生徒たちは落胆しました。
大会がすべて終了して、帰る前に、豊は近藤に近づいて訊きました。
「先生、走るんじゃなかったんですか?」
「ああ、そのつもりだったよ」
「え? 具合が悪くなったりしたんですか?」
「いや、マラソン大会に向けて頑張って練習したのに、マラソン大会が実施されないからさ」
「はあ?」
豊は訳がわからず眉間にしわを寄せました。
「今日行われたのは長距離走だろう? だって、マラソンは42.195㎞走るものだからね」
「……」
「なるほど」と言えなくもありません。近藤はやっぱり意表をついたわけです。
ただ、豊も、その話を彼から聞いた他の生徒たちも、「腹の立つボケだな」と思ったのでした。
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