教師近藤と少年

 住宅の前に、「ご自由にお持ちください」と書かれた紙などとともに、要らなくなったたくさんの物が置かれているのを目にすることがあります。

 近藤が暮らしている街の一角にも、それが現れました。

 小学三年の男子児童である大久保玄太が、その不要になったいくつもの品が入っている大きい段ボールのもとに歩み寄ってきて、中を覗きました。そして迷いながらも、箱に入った状態のジグソーパズルを手にしました。彼は数日前に一度見て、そのときは何も持たずに通り過ぎましたが、気になっていたジグソーパズルがまだあったので、もらうことにしたのです。

 手に入れるのを躊躇したのは、誰が使ったのかわからず汚いかもしれないそういったものを持って帰るのを、親がいい顔をしないのではないかと思ったからでした。

 黙って自宅の自分の机にしまうであるとか、友達にもらったと嘘をつくなどのことをする選択肢もありましたけれども、隠して堂々と楽しめなくなるのは嫌でしたし、真面目な性格の玄太は、家に着くと正直に母親に事の次第を話しました。

 すると、母は笑顔で言いました。

「よかったじゃないの。完成したら見せてね」

 大久保家はあまり裕福ではなく、おもちゃが少なかったこともあって、むしろウエルカムなくらいだったのです。

「うん!」

 そうして思いきりできることになった玄太は、家の中で一番広いリビングで、千ピースあるパズルを一心不乱にやり続けました。

「これで終わりだ」

 何時間かかったでしょうか、バラバラの最後の一ピースをはめ込み、彼は達成感と喜びでいっぱいになる、はずでしたが——。

「……」

 玄太はなんともいえない表情になって固まりました。

 というのも、できあがったパズルの絵が、さわやかに微笑む、どアップの見知らぬ中年のおじさん、そう、近藤だったのです。つまり、そのジグソーパズルを道端に置いたのは近藤でした。

「あら、できたの?」

 離れた場所にいた、玄太の母が近づいてきました。

「うん……」

 玄太が返したのは生返事といったものでした。

「どうしたの?」

 息子が、ずっと一生懸命やって、もう就寝していいくらいの夜の時間の今、ようやく完成したというのに、ちっとも嬉しそうではなく、小首を傾げながら母はパズルに視線を移しました。

「……」

 彼女も玄太と同じ状態になりました。もし言葉を発していたら「だ、誰?」になったことでしょう。

「ただいま」

 玄太の父親が、残業を終えて、会社から帰ってきました。彼はそれまでの経過をまったく知りません。

「お、何だ? ジグソーパズルか」

 仕事で疲れていても良きパパの彼は笑顔でそう口にし、「どれどれ」としっかり見るために近寄りました。

「……」

 父もやはり時が止まったようになりました。

 翌日、玄太は親友と呼べる唯一の友達と一緒に下校してきて、どう思うかを聞きたくてパズルを見せました。

「……」

 友人もまた、なんともいえない状態に陥ったのでした。


 実はこのパズル、完成はしていませんでした。角の一ピースだけ、元々足りていなかったのです。

 それは近藤が意図的に取っていたのであり、パズルが入っていた段ボールからなくなるとすぐに、「ジグソーパズルを持っていった方へ」と記した手紙を置きました。その中には「一ピース足りなかったと思います。渡しますので、玄関のチャイムを押してください」と書いてありました。

 そしてパズルを持っていった人物が訪ねてきたら、文面通り最後の一ピースと、それによって完成するお祝いとして、近藤が描かれた、スポーツの優勝者などがもらえて首にかける、メダルをあげようと考えていたのです。

 しかし、玄太は近藤のもとにやってきませんでした。

 近藤は長い期間待ちました。が、やはり訪ねてきませんでした。

 近藤と玄太が顔を合わせることは、ただの一度もなかったのでした。

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