第二部 成神尊 8-2

 運転手を代えて、車はゆっくりと発進した。今までの所業に似合わぬスムースで丁寧な運転ぶりである。

「急いだほうがいいのか?」

 小松原が前を見ながら僕に問いかける。

「できる限り早くお願いします」

 僕は視界に入っていないのを知りつつ、うなずいた。

「ここからなら、普通に行っても十分で着くぞ」

「十分でも人は死にます」

「御舟が殺すのか」

「彼が殺されるのです。それだけじゃありません。その過程で、他の人も巻き込まれるおそれがある。本人が気づいていないから、余計に危ない」

 小松原はうなった。戸惑いが感じられる。おそらく理由が聞きたいのだろう。しかし、自分の口から直接事件の真相について尋ねるのは、プライドが許さないにちがいない。

「御舟さんを殺せば、犯人の思惑通りに事件が終結するんです」

「おまえの話は、具体性に欠けるな。もったいぶってるんだ」

 僕は、やはり彼がこちらを見ていないのをいいことに、微笑んでみせた。

「探偵とは、そういうものです。刑事とは役割がちがうんです」

「いい気なものだな」

「どうでしょう。僕は今回の事件で、大切なパートナーを亡くしました」

 ほんの一瞬だけ、小松原は僕を横目で見た。

「浮田日出美の息子だな」

「紘一くんです」

「浮田の息子じゃないか」

「まあ、そうなんですけどね」

 僕はそれ以上喋るのをやめた。小松原も特に話しかけてこない。

 そうしているうちに、病院に着いた。小松原はまっとうに病院の駐車場に車を停めた。

 心臓の鼓動が激しい。かつてなく緊張している。手はかすかに震えてさえいた。今まで経験したどの事件とも違う終わりが待っている。僕の手にあまるような気がして怖い。けれど、僕が終わらせることが、浮田への何かしらの弔いになるのだとしたら、進まないわけにはいかない。

 だが、僕たちが車を降りると同時に、病院から「ぱーん」という破裂音が聞こえた。

 小松原と目をあわせ、二人同時にうなずくと、建物に向かって駆け出した。

 あれは銃声だ。終わりはとっくに始まっていた。

 病院の正面入り口から、看護師、患者を問わず多くの人々が逃げてくる。そこを小松原が「警察だ。道を開けろ!」と警察手帳をかかげて怒鳴りつつ、流れをかきわけていく。僕はその背後をぴったりとついていく。

 途中、肩がぶつかってはじきとばされたり、目があったためか何人かの人に大声でわめかれたが、なんとか病院に入ることができた。

「銃声はどこからだ!」

 誰にともなく小松原が尋ねるも、みな逃げるのに精一杯で返答はない。

「おそらく、八階です」

 仕方なく、僕が答える。

「なぜ、そう思う」

「御舟さんの奥さんは、その奥の部屋にずっといるんです。この八年間。御舟さんは、自分の治療をするしないかかわらず、ここに来たのなら立ち寄るはずです。そして、事情を知る犯人が待ち伏せするのも、八階になるでしょう」

「なるほど」

 小松原は神妙な顔でうなずくと、僕の顎を思い切りアッパーで殴った。

 目の前が一瞬暗くなり、気づけば尻もちをついていた。顎が激しく痛み、全身が震える。

「ありがとよ。これで貸し借りなしだ。あとは、警察の仕事だ」

 うかつだった。自分が優位に立っていたせいで、こうまで見事な裏切りを想定していなかった。小松原の性格を考えれば、この結果は必然であるにもかかわらず、暴力で勝利した事実が僕の脳を曇らせた。

 ただ、彼よりもはるかに若い肉体は、僕の味方であった。小松原と違い、気を失うところまではいかなかった。だから、すでにエレベーターで八階に向かった彼を、タイムラグなく追いかけることが可能だ。足が笑っているので、階段をのぼるのも一苦労ではあるが。

 とはいえ、小松原と同じエレベーターを使うのもリスクがあるので、壁に手をあて支えにしながら、一歩一歩できる限りの速度で上を目指していく。

 下に駆け下りてくる人々とすれ違うが、誰も僕に目を向けない。みんなが必死だった。僕の足は少しずつ回復し、四階に到達する頃にはもうなんの影響もなくなっていた。

 そのとき、再度銃声がした。上下の階から悲鳴が聞こえる。

 入院患者、手術を必要とする人、そして彼らを介護する看護師や医師たち。逃げられない人々は恐怖で怯えながらも病院に留まっている。

 三度、銃声。銃撃戦になっているようだ。

 僕は急がなければいけない。彼らの命もまた、明確に危険だった。犯人は終局を大量殺戮で終わらせるはずだから。恐怖と焦りと怒りによって激しく動悸する心臓の痛みに耐え、肩で息をしつつ、なんとか八階にたどりついた。

 階段から廊下の様子を、身を隠しながらうかがう。人の姿はない。また、射線に危険なものは見受けられない。これなら喋っても狙い撃ちにされることはないだろう。

 まずは犯人に呼びかけよう。御舟と小松原の安否はそのあとだ。でないと、僕まで死んでしまう。ゆっくり息を吸い、吐く。ゆっくり急げ。急いては事を仕損じる。さあ、今こそ事件を終わらせよう。――僕も何か武器を持っていればよかった。

「浮田利恵さん」

 一度、犯人の――浮田紘一の母の名前を呼ぶ。そして改めて、

「浮田利恵さん、銃を捨てて投降してください」

 返事はない。代わりに、銃声がした。ぱーん、とどこかからどこかへ。僕の姿は見えないようだが、怒りと殺意は十分伝わってくる。

「何しに来た、探偵!」

 これは、御舟の声だ。さして遠くないところにいる。

「あなたの尻ぬぐいに決まっているじゃないですか。無事ですか?」

「ああ。だが、一緒にいる小松原のじいさんが、腕を撃たれた」

「誰がじいさんだ、ガキのくせに! 怪我してなきゃ、俺がおまえを殺すぞ」

「……二人とも無意味に元気ですね」

 まったく、この状況で緊張感のない二人だ。頼もしさを感じるが、二人とも僕を後ろから撃つようなやつだ。頼るわけにはいかない。

 僕は再び廊下をちらっと見る。今度は二人の声がした方向だ。方角的には、奥に浮田楓のいる部屋がある。しかし、御舟たちの声量からすると、彼らはそこにいる気がしない。もっともっと近くにいる。とはいえ、部屋を明確にするのは危険だ。浮田利恵が直接乗り込んでくることもありうる。あの陰気な人がどんな顔してやってくるかは想像つかないが。

 ただ、確認すべきことはある。

「他に逃げ遅れた人や怪我をした人はいませんか?」

「利恵さんはずっと俺たちを狙っていて、姿はほとんど見えないが、部屋を移動した様子はない。あと、他に銃声はなかったはずだから、状況的にはいないと思う」

 僕はひとまずほっとした。犯人は、この事件の終幕に多くの血を必要としている。ここは病院、動けない入院患者もいるだろう。彼らをその生贄にしないとも限らない――可能性は高いと考えている。

 今も犠牲者が出ていないとすれば、それは知ってか知らずか、御舟傑と小松原の力によるものにちがいない。後ろから蹴飛ばしてきそうなやつを放置して、大量殺戮を実行するわけにもいかなかろう。正直なところ、あの二人を人身御供にするのが時間稼ぎには一番いいのではないかと思っている。思っているのだが、さすがに倫理観が許さない。

「成神は、下の階に逃げろ。応援は呼んでいる。もう少しで県警の特殊部隊が来る」

 僕は小さくため息をついた。同時に、不満を示すように銃声が響く。

「来ませんよ、来ませんから! 絶対にね!」

 黙っていることも考えたが、変な希望を持って動かれても困るので、きちんと伝える。

「なんでだよ! なんで部外者が断言する!」

 小松原の怒声が返ってくる。応援を呼んだのは彼のようだ。

「御舟さん、どうしてとめなかったんですか! スマホの無駄遣いですよ!」

「俺がこのじいさんをとめられるわけないだろ! あと、スマホじゃない。古い二つ折りの携帯電話だ!」

「はいはい、わかりました! じゃあ、理由は説明しておいてください! こんな大声で言えないですから!」

「わかったよ!」

 不毛な怒鳴り合いだ。

 また銃声がした。おまけに顔の横を空気を切り裂いて何かが飛んでいった。思った以上に、命の危険がある場所だ。銃弾の気軽な使い方を見るに、浮田利恵は予備の弾丸をかなり持っているらしい。

 浮田利恵が持っている銃は何だ? 醍醐祥が死んだ部屋のことを思い出す。あそこには、ガンラックがあった。相澤一郎は猟銃免許を持っていた。不慮の死を遂げたのに、ガンラックには銃がなかった。

 つまり、浮田利恵はこの銃撃戦をするために、猟銃を欲していた。醍醐祥が殺された一番の動機は、物盗りだったのではないだろうか? 血筋などはまるで関係ない、単なる強盗殺人の被害者。さすがにそれは、彼が哀れだ。おまけに、僕を巻き込んだ理由がわからない。……いや、違う。かく乱だ。

 僕に疑いを向けさせることで、警察が猟銃から目を逸らしている時間を少しでも長くするのが目的だった。こんなに早く使うことになるのなら、その目的はまったく達成できていないわけだ。犯人の意にそわない結果になったとはいえ、まったく嬉しくない。

 また、浮田利恵が弾薬を山ほど持っていることは間違いない。少なくとも、身を乗り出して囮になって弾切れを狙う作戦はやめておこう。

 別の打開策を考えなければ。膠着している時間は、今のところは僕の味方だ。

 それにしても、小松原とのやり取りは疲れる。まあ、考えてみると負担のないやり取りはこれまでもなかったか。

 応援部隊なんて、県警が寄こすわけない。県警の中では小松原が例外なだけだ。

 派手に人を動かせば、マスコミをはじめ多くの人々にかぎつけられる。今の状況をどこまで隠蔽できるかは定かでないが、なるべくひっそりと終わらせたいにちがいない。

 しかし、そうもいくまい。犯人が大量殺戮を目論んでおり、さらに病院から逃げ出した人々は警察をはじめ各所に連絡しているだろう。まずは署員から駆り出されるかもしれないが、いつかは県警本部から人を出さなければいけない状況になるはずだ。……なんて、悠長に考えている場合ではない。

 応援部隊が出動する頃には、僕は死体になっている可能性が高い。正直、それは諦めるとしても、動けずに残っている患者たちの安全は確保したい。余計な犠牲はもう嫌だ。

 使えるのは、僕と御舟と小松原の命だけ。何か手はあるか? いや、その前に……

 浮田利恵が予備の弾丸を大量に持っているとしたら、御舟と小松原の居場所が声からわかった今、その圧倒的な火力にものを言わせて強襲をかけないのだろうか?

 確かに、彼女らしさはゼロの行動だが、やらない理由もない。僕が何か銃を持っているかも、と警戒しているのだろうか。

 ……いや、いやいや……違う! 勘違いをしていた!

 僕は廊下に出て、目についた病室に飛び込んだ。その間も、弾丸が僕の方角に向けてひっきりなしに飛んでくる。彼女が素人で本当によかった。

 入ったところには、誰もいなかった。よし次だ。

「おい! 成神、何をやっている!」

 御舟の声だ。しかし、返事が犯人に聞こえる状況で答えるわけにはいかない。

 僕は浮田利恵のいる方角を確認しつつ、一気に部屋を出て、別の病室に入る。背後で銃弾が駆け抜けていく風を感じた。病室は十を超えている。

 次もいなかった。動くたびに弾丸が飛んでくる最悪なダッシュを続けて、五つ目の病室に入ったとき、ようやく目的の人物がいた。

「あああ――」

 けれど、僕は手遅れだった。心臓が怒りと恐怖でぎゅっと収縮する。

 ここは個室だった。手前に洗面所があり、奥にベッドが置かれている。ベッドに横たわる年老いた男性は、うつろな目を天井に向けていた。全身が血で真っ赤に染まっており、その命がもやは消えてしまったことは明白だ。よく見れば、首筋に長い傷がある。

 やった人間は、ベッドのそば、僕の正面にいる。だらんとさげている手には、メスが握られていた。これが、凶器だ。

「他に何人の命を奪ったんですか」

「わざわざ数えない」

 以前聞いたときとは違う、低くくぐもった声にも、僕を見据える目にも、感情を感じ取ることはできなかった。この部屋の人が初めての犠牲者ではないのだろう。

 眼前の彼女は、もはや怪物になってしまっている。

「泉屋若葉さん、あなたは浮田利恵さんの共犯者ですね」

 この部屋の入院患者を殺した看護師は、口を三日月の形にした。

「見ればわかるでしょ?」

 そう、気づくのが遅かったが、今は僕にもわかっていた。

 一連の殺人には、浮田利恵のほかにもう一人関わっている。話は非常にシンプルで、細身の彼女一人で浮田紘一の死体を運び、埋めることは不可能だからだ。さらに言えば、理由があるとはいえ、そう簡単に自分の子供を死に追いやることなどできるはずがない。

 共犯者の存在は必然だった。候補者は二人しかいない。

 一人は、浮田利恵の恋人、間宮悠。

 もう一人が、目の前にいる、浮田楓専属の看護師である泉屋若葉だ。

 彼女だと確信していたが、最悪の形で証明できた。

 そして、弾丸の予備があるのに、浮田利恵が御舟と小松原の部屋に突撃しない理由が、彼女だ。浮田利恵は足止め役で、無辜の犠牲者を増やすのは泉屋の役目だった。

 動けない人間が多数いる病院は最高の狩場であり、そこで勤務する看護師は最高の迷彩になる。僕は間に合わなかった。泉屋はここで止めなければいけない。しかも僕が。荒事は本当に苦手なのに、どう考えても戦いが避けられない。

 僕が動き出しを迷っているうちに、彼女は決断したようで、メスを構えて僕に突撃してきた。舌打ちをする間もない。

 メスは僕の胸をまっすぐ狙っていた。右によければ腕を切られる。左によけるのは論外だ。心臓をやられる。腕で相手の腕の軌道をそらすような武術の心得など、あるわけがない。反転して部屋の外に逃げたら銃弾でジ・エンド。これだから荒事は嫌いだ。

 結局、僕は無様に大きく右にとんだ。さらに数歩右に行き、泉屋の腕が届かない場所に立つ。もちろん、彼女もこちらへ襲いくる。

 だが、この時間で僕は対処法を決めていた。あとは勇気だけだ。

 メスを握る手に、腕を伸ばす。向こうは腕を引っ込めた。

 しかし、僕は腕を伸ばしただけではない。その勢いを全身に行きわたらせ、体当たりを仕掛けていた。

 泉屋が声にならない叫び声をあげる。僕は彼女ごと床に倒れこんだ。これで彼女を少しの間は無力化できると思った。

 けれど、それは甘かった。泉屋はこの瞬間をチャンスと受け止めた――どうしてこんなに戦いなれているのだろう? というか、僕は戦いが下手すぎる。

 彼女のメスは起き上がろうとする僕の脇腹に突き刺さった。

「あっ!」

 今度は僕の声がまともに出なかった。ものすごく痛い。電気ショックのような強すぎる衝撃で、全身が痛みで機能停止に陥る。

 急いで離れようと身体を起こそうとした。けれど、泉屋のメスを握った手は動かなかった。自分から、わざわざ傷口を広げにいったようなものだった。

「ああああ!」

 脇腹がさらに切り裂かれる。

 横に転がるように泉屋から離れた。急いで立ち上がろうとするが、動くたびに傷口に衝撃が走る。どうにか膝を立てたところで、ほぼ無傷の彼女がとっくに起き上がっていることに気づいた。すでにメスを僕に向けている。もはや迷っている余裕はない。

 ああ、最悪だ。傷口を押さえる手に力をいれる。それが余計に痛みを増すのだが、致し方ない。もうメスが僕の心臓に届きそうだった。

「おおおおお!」

 叫ばないと力が出ない。僕は可能な限り全力で右足をけり上げた。

 本当は、女性に暴力を振るいたくなかった。体当たりは……まあ、許容範囲だと思う。しかし、攻撃はいけない、攻撃は。でも、僕も死にたくないのだ。申し訳ない。

 僕のつたない蹴りでも、迫りくる泉屋に当たらない道理はない。そして、彼女のメスと僕の距離よりも、僕の足と彼女の身体との距離のほうが近かった。もちろん、足の長さも。

「ぐっ」

 泉屋が顔をしかめた。動きも止まる。続けて、内心で謝罪しつつ、腹を蹴って一人床に転がってもらった。同時に、彼女のメスを持つ手を蹴り、その凶器を遠くへ飛ばす。僕にしてはかなりうまくいった。これで時間を稼げた。

 僕は痛む腹を抱えながら、足を引きずるように泉屋の隣を抜けて病室を出る。

 銃声が鳴った。今回は大丈夫のようだ。

 廊下にいれば銃弾が飛んでくる。僕は急いで別の部屋に避難しようとするが、どうやら血を流しすぎたらしい。部屋を出たはいいものの、急激に足から力が抜けていった。

 当然の帰結として、床に転がる。本当の本当にラストだ。肘をついてなんとか頭をあげることはできた。

 視線の先には、ようやく脱出した病室の内部が見えており、泉屋がとっくに立ち上がってこちらに向かっているのがわかった。僕は目を閉じた。

 運命は僕の手から離れている。僕はただ待つだけでいい。覚悟は決まっていても、肉体の苦痛はすさまじく、汗がとまらない。どうせ死ぬなら、正直さっさとやってほしい。

 そう思ったからではないだろう。

 銃声が鳴った。

 しかし、意識はある。痛みも継続しているし、追加はなさそうだ。外したのか。ならば二射目があるだろうと待つが、その気配はない。やがて――

「おい、生きているか?」

 声が聞こえた。目を開けて、顔を上げる。

「よし、生きているな。ん、ひでえ怪我だな」

 小松原だった。彼が無理やり僕を起こし、手にしていた包帯で脇腹の傷を応急処置してくれた。

「あとは、医者に診てもらえ。幸いここは病院だ。少しすれば、みんな戻ってくる」

 そして、僕は彼に支えられながら、立ち上がった。包帯はみるみる赤くなるが、まだ大丈夫そうだ。そのとき、僕のいた病室が目に入る。

 泉屋があお向けに倒れていた。メスは手から離れている。心臓に穴があき、周囲に血が広がっている。先ほどの銃声は、ここにたどり着いたのだろう。

「小松原さんが?」

 泉屋に目を向けたまま、問いかける。彼は静かにうなずいた。

「無事だな、成神」

 背後からの声に振り替えると、御舟が相も変わらずつまらなそうにしていた。

「浮田利恵さんは?」

 僕の問いかけに、御舟は首を横に振った。

「俺だよ」

 小松原がわざわざ懐から拳銃を出して、僕に見せびらかせた。

「……いい腕ですね。銃声からすると、一発ですよね」

 小松原は鼻を鳴らした。

 感情が読み取れない。まだ緊張している様子だった。

「浮田楓さんは、無事だったんですか?」

「ああ、彼女は大丈夫だ。他の病室は、これから見て回る」

 答えたのは、御舟だった。その間に、小松原は黙って近くの病室に入り、扉を閉めた。患者の安否を確認に行ったのかと思ったら――

 ぱーん。

 部屋ら、乾いた音が響く。もう今日は聞くことがないと思っていた、拳銃が弾丸を発射した音。僕が痛みをこらえつつ急いで扉を開けると、小松原は頭を半分ふっとばして、倒れていた。

「なんだ、これ」

 思わず、そうつぶやいた。まるで意味がわからない。

 小松原がここで自殺する理由はなんだ? 犯人二人を射殺したから? まさか。これは職務、もしくは正当防衛の範疇だろう。確かに、正確には違うのかもしれない。ただ、僕も命を助けられた身だ。必要があれば、小松原を救う証言をいくらでもする。僕が信用できないのなら、死ぬより先に、脅すべきだろう。小松原の性格からすれば、そうしたにちがいない。あまりに唐突な幕切れだ。

 御舟を問い詰めたかったのだが、僕は血を流しすぎていたようだ。背後に彼の足音を聞きながら、僕の意識は強制終了した。

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