第二部 成神尊 5
御舟楓が眠り続けている病院は、はるか昔からこの町の人々と寄り添っているのがはっきりとわかるように、白壁は黄ばみ、ところどころ剥がれ、その下にある不愛想な灰色のコンクリートがむき出しになっている。
巨大な総合病院で、安心感と同時に夜を過ごすことを躊躇させるような冷たさも感じられた。いい病院なんだと思う。快適で長居したくなるような場所ではないのだから。
御舟は迷うことなく八階へあがり、最奥の病室のドアを、二度、そっとノックした。そして、返事がある前に扉をゆっくり、しかし滑らかに開ける。ここまで動作は、無意識にできるくらい身体にしみついているようだ。
御舟に続いて、僕も病室に入った。ごく一般的な個室でベッドとそばに床頭台と椅子がある。その椅子には、浮田利恵が座っていて、僕たちを見て軽く頭を下げた。
息子の死を知っているはずだ。しかし、そんな様子をかけらも感じさせない、おとなしさだった。ただ、僕はそれに安堵している。もし彼女が半狂乱であったなら、きっと僕も壊れてしまっただろう。今も、僕の内側にある大事な何かが刻々と失われていく音が聞こえている気がする。
あっという間に彼女が日常に戻ってしまったようで、僕は猛然と腹が立った。息子は命を落とし、あなたも恋人のところへ行かなかったら、同じ運命をたどっていたはずなのに、どうしてもういつもの調子に戻れるのか。
だが言葉にはできなかった。寸前までそのつもりでいたのだが、理性のかけらが機能していたらしく、目で見えるものを真実と捉えてはいけないと告げてきた。
もとから陰気な人だから、感情が表に出ないのかもしれない。浮田紘一を失った人間の一人としては納得しがたいものの、そういう人もいることは受け入れるべきだろう。
病室にいる他の二人には気づかれないように、静かに深呼吸をする。
ゆっくり紘一の姉、御舟楓の足のほうに回った。僕は、じっと彼女を見た。
八年もの月日は、彼女から活力を奪ったことが見て取れる。それでもなお、その美しさは僕でさえはっとさせる。月並みな表現だが、眠れる森の美女を連想した。
「口を開くと、これで案外うるさいんだ。力もそこらの男よりも強かったしな」
御舟の声が、いつになく弱々しかった。僕は顔をあげて、彼を見る。声の印象とは違って、どこか嬉しそうで、こぼれそうな笑みをこらえているようだった。この期に及んで、この男は嫁自慢をしたいらしい。
「具合は、どうなんですか」
僕の質問で、御舟は現実に戻ってきた。面白くなさそうにため息をついた。
「目覚める見込みはほとんどない」
それを聞いて僕は震えた。同時に、怒りを覚えた。
「曖昧な表現はやめてください。ほとんどとはなんですか、ほとんどとは」
浮田利恵はともかく、御舟まで僕の怒りを突然のものと感じたらしく、一瞬、呆けた顔をした。すぐに我に返ると、雑に咳払いをして、視線を自らの妻に移す。
「同じ状況で目が覚めた人間が存在しないわけではない。だが、それは例外と言えるほど特殊なことだそうだ。だから、ほとんどない」
そして、すっと顔を上げ、僕を鋭く見つめた。
「これで、満足か?」
僕も彼をじっと見つめる。向こうも黙って同じ姿勢のままで居続けた。視界のはしでは、浮田利恵が僕たちのことなどどうでもよさげに娘の顔を眺めている。
僕は息を吐き、肩の力を抜いた。
「情報は正確に欲しい。それだけですよ」
御舟は首を振りながら、眉間のしわをもみはじめる。
「それにしては、引っかかる言い方だったし、怒ってもいたな」
「お互いさまでしょう」
「俺は楓のことになると、平静でいられない。ここで大声をあげてしまうことだってありうる。不用意なことはしないでくれ」
今の彼を怒らせたところで、僕にとってはたいした意味などないのだが。捜査もできない警察官は、民間人となんら変わるところがない。
僕は「そうですか」と言って、彼との会話を終わらせた。
「浮田利恵さん」
続いて、紘一の母親を改めて見つめる。彼女は顔だけを動かし、陰鬱な瞳で僕を見返す。御舟と話したことで、僕は軽く興奮状態にあり、先ほどは躊躇した質問も半ば自動的に口からついて出た。
「一昨日は、恋人、間宮悠さんのところにいたんですよね」
御舟が顔をしかめた。だが、口を挟もうとはしない。
「はい」
よくも悪くも、浮田利恵の表情は動かない。その奥にある感情が読み取れない。ただ、それは僕の探偵としての欲求ではなく、親友を亡くした人間の願望なのは間違いない。事実とは客観的なもので、感情は多くの場合、解釈に必要なものだ。つまり、探偵にとって不要な感情の情報は、自己満足以外の何物でもないと言える。もちろん、極論といえば極論だろう。
「今も、彼のところで寝泊まりしているのですか?」
浮田利恵は小さく首を振った。
「友人の家です。あの人は、あまり私と一緒にいるのを喜ばないから。あの日行ったのも、かなり久しぶりのことでした」
間宮悠とはうまくいっていないということなのだろうか。恋人同士というものは、常に一緒にいたがるものだと思っていたが、違うのだろうか? 男女の機微は、僕には少し遠いものだ。それに、もっと気になることがある。
「その友人とは?」
「――私です」
答えは新たな侵入者から与えられた。浮田利恵と同世代らしき看護師の女性だった。
「看護師の泉屋さんだ。長年、楓の看病をしてくれている。楓の状態はデリケートだから、専属の方がいたほうがいいという病院の判断だ」
頼んでもいないのに、御舟が補足した。
「私の希望でもあります」
きびきびと入ってきた看護師――泉屋は、無駄のない動作で浮田楓の検温や点滴の確認をしていく。僕が名乗っても、「紘一さんのお友達ですね」とひどくつまらなそうに言われただけだった。
「ずいぶんと親しい間柄ですね」
僕の声に皮肉でも入っていたのか、泉屋は手を止めてこちらをにらんだ。
「いけませんか」
「珍しいとは思います」
「珍しいのは、いけませんか」
「珍しいに、他の意味合いをこめたつもりはありません。僕はそういったことを見聞きしたことがない。それだけですよ」
「そういうことにしておきましょう」
どうも、のっけから悪い印象を与えてしまったらしい。しかし、そうなるとこちらも別にブレーキを踏む必要はないだろう。
「頻繁に泊まりに来るんですか」
僕は一歩下がって、泉屋と浮田利恵の両人を視界に収める。
「普段は一軒家に一人暮らし、寂しいに決まってるじゃないですか。私も独身で一人暮らしですからね」
泉屋が答え、浮田利恵がうなずく。
「けっこう、盛り上がるんですよ」
暗い顔をして主張されても説得力に欠けるが、嘘でもないだろう。夫は亡くなり、息子は家を出て、娘は病院で寝たきり。友人を求めるには困難な状況だ。おまけに、どうも恋人とは距離があるらしい。
とはいえ、それでも、娘の看護師と仲良くなるのは珍しいことだと思うのだが。
「自宅が火事になった日のことを聞いてもいいですか?」
「ここは病院ですよ」
泉屋の声が一段階大きくなった。
「これが、探偵である僕の仕事です」
「へえ」と泉屋が鼻で笑った。「探偵だから、なんだというんです。なんの強制力もない、ただの自己紹介ですよ。それに、必要なことはもう警察に話してあります。もちろん、利恵さんだけでなく、私も」
取りつく島もない。僕に彼女を説得できる気がしなかった。結局は僕の信念の問題で、それは泉屋にまるで関係がないことはわかっているからだ。
ただ、知りたいことは知れた。泉屋の反応からすると、浮田くんの死についても、彼女ともども浮田利恵は把握していると見ていいだろう。そうでなければ、こうもヒステリックな対応はされまい。僕は御舟を見る。
「悪いが先に車のところで待っていてくれ」
御舟も冷たかった。助けてくれるとは思っていないが、もう少しくらいフォローしてくれてもいいだろうに。それに、僕らは車で来ていない。僕を追い出すために、とっさに口から出てきたようだ。馬鹿にしている。
ただ、今の僕にできることはない。軽く頭を下げて、「またお邪魔します」と言って部屋を出た。扉を閉めても、耳をひそめて中の様子をうかがう。器の小さい行動だと思うものの、やらずにはいられなかった。
けれど、僕の気配を察したのか、もしくは予想以上に冷え切った関係なのか、誰も言葉を発しない。泉屋が御舟に、僕をここに連れてきたことをなじりもしない。ごそごそと何かが動く音しか聞こえない。みんなが、御舟楓を見つめているのだろうか。想像すると異様な光景だが、そうとしか思えない。
紘一が命を落としたのに、まるでそんなことがなかったかのように、彼が存在したことさえなかったかのように。
僕とはまるで違う。失望か、怒りか、悲しみか、それらとも異なる別のものか。僕は自分の中に宿った感情に名前がつけられず、困惑した。音を立てないようにしながら病室を離れて外に向かっているとき、ふふ、と声を出さずに笑ってしまう。もう三十歳になろうという男が、今さらながら自分探しのようなことをしている。
どうも、本当に僕は半身を失ったらしい。
病院の前で立っていると、さほど時を経ずに御舟がことさら渋い顔をして出てきた。
「僕が怒られたのに、どうしてあなたがそんな表情なんですか」
僕は並んで歩きはじめた。
「おまえがいたからだ。あのあと、おまえを連れてきたことを、二人になじられた。……ああ、二人とは義母さんと泉屋さんだ」
僕は御舟を刺激しない程度に笑った。おかしな注釈に対してではなく、二人になじられたという愚痴に対して。こんなものは、嘘にちがいない。
僕が病室を出てから聞き耳を立てていたことを知らないから、いけしゃあしゃあと言えるのだ。そういう文句は、時間を置いてできるような性質のものじゃない。僕が離れてから始めたとしたら、完全に二人の感性がずれていることになる。さすがに、それはない。
「でも、僕に見せたかったんでしょう」
「ああ、女房を自慢したかった」
御舟は満足そうだった。
「それで、名探偵はこれからどうするつもりだ?」
「醍醐祥さんのところに行きます。彼にも聞きたいことがあります」
「どこにいるのか、わかっているような口ぶりだな」
僕はつい、へっと鼻で笑ってしまった。けれど、御舟はもう不機嫌にも、小馬鹿にするような態度にもならなかった。
「相澤一郎さんの自宅にいる可能性がもっとも高い。少なくとも、必ずそこにやってくる。当たり前ですよね、かつて自分が住んでいた家なんですから。それに、面白そうなネタがあるところで、逃げ回るような性分でもないでしょうしね」
醍醐祥というのは偽名で、本名は相澤夏樹。相澤一郎の次男だ。家族とは折り合いが悪く勘当同然に家を飛び出して、人から恨まれるようなフリーの記者をやっている。もう僕も知ったことだ。
「俺の自宅では、そんなことを調べる余裕はなかった。ということは、警察の資料室で見たのか。かなり古いものまで当たったんだな」
「警察は最初から、彼が何者か知っていたんですね」
彼は悪党だが、明確に罪を犯したわけではない。それなのに、警察は彼が町を出たあとも定期的に素行調査をしている。町一番の金持ちだった相澤一郎への配慮か、それとも別の意図があるのか。なんにせよ、これもまたここの異様さの一つだ。
「部外者には話せなかった。当然じゃないか」
「気にしてはいません」
僕は微笑んでみせる。本心だと教えてあげたい。もはや、どうでもいいことだ。
「それで、御舟さんはどうするつもりです?」
「俺は……あ、副署長」
御舟の視線の先を見ると、ジャケットにチノパンといういで立ちの福島が近づいていた。人のよさそうな顔には、制服よりも私服のほうが似合う。
「ああ、君たちか」
下がり気味の眉が、僕たちに気づいてさらに下がる。
僕と御舟は軽く頭を下げた。御舟の態度は上司に対して少し失礼ではないかと思ったが、それは今に始まったことではないだろう。
「利恵さんは?」
「病室にいます。今日は休みなので、ずっといるようですよ」
御舟はどこか居心地が悪そうに答えた。質問に驚いている様子がないところを見るに、福島が御舟楓の病室に行くのは初めてではないようだ。部下に対してなのか、かつての同僚の娘に対してなのかは気になる。
「二人とも、朝はすまなかったね」
急に話がこちらに飛んできた。小松原の件だろう。顔はいかにも申し訳なさそうだが、僕が小松原にやられたことを思うと、まったく釣り合っている気がしなかった。ただ、八方美人なようだから、よくも悪くもこういった態度に心がこもることはないにちがいない。
「警察でない僕が言うのもなんですが、彼は危険ですよ」
「わかっている」福島がひどく悲しげな顔をする。「だが、もはや彼は鬼になってしまった。私では止められないよ」
無責任すぎる言い草だ。
「止める努力はすべきでしょう。鳥飼さんが犯人だと思いますか?」
福島が返事をする前に、御舟が口を開いた。副署長をかばうつもりなのか、態度も姿勢も少し前のめりになっている。
「小松原はこちらでなんとかするから、黙っていろ名探偵」
僕の片眉がはねあがった。
「どうやって? 御舟さんは、彼に敵だと認定されたと言っていたじゃないですか。近づくことさえできないと思いますよ」
御舟はちらりと福島を見やる。
「別に俺一人で戦うわけじゃない。小松原のやり方が許せないやつは、他にもいる」
味方だと期待していた、浮田の同級生だという嶋田のことが脳裏に浮かぶ。彼はあっさり小松原についた。期待はできないが、その思いを表に出すべきでもないだろう。
「その件はわかりました。ですが福島さん、先ほどの質問にお答えいただけないでしょうか。あなたは鳥飼さんが犯人だと思いますか?」
御舟が何か言おうとするのを、福島は手で制した。
「おそらく違う。そんな度胸のある男じゃない。動機があったとしてもだ」
「では、彼のオフィスに浮田日出美さんの拳銃があったのはどう解釈しますか」
拳銃は、鳥飼の事務所に勤めるあの捉えどころのない青年が警察に届けたという。問題は彼が殺された弓削の息子である点だ。
「あくまで個人的な見解を述べるのなら、鳥飼が持っていたものではなく、弓削くんの息子がどこかから持ち込んだものだろう」
「どこからだと思いますか?」
福島は頭を振った。
「悪いがこれで失礼するよ。楓さんの見舞いに行かせてほしい」
御舟がうなずいたので、話を終わらせるしかなかった。彼は僕とともに、病院に入っていく福島を見送った。
「奥さんの見舞いですよ。一緒に行かなくてよかったんですか?」
「利恵さんのことを聞いていただろ? 見舞いは、日出美さんの友人としてでもある。俺がいたら弾む話もしぼむよ」
思わず同意しかけるが、強靭なる意志の力でもって無視をする。
「御舟さんは、これからどうするつもりですか」
「さっきも聞いたぞ」
「福島さんが来て、返事がうやむやになっているじゃないですか」
「じゃあ、俺もうやむやにしたい理由があるんだろう。それに、おまえはおまえでやりたいことがあるようにも聞こえるな」
「お互いにそのようですね」
御舟はキーケースを懐から取り出し、鍵のひとつを僕に渡した。
「俺の家の鍵、もちろんスペアだ。勝手にやっていてくれ」
僕の返答を待つことなく、御舟は不機嫌そうに立ち去った。病院に来る前は、今日これから違うことを考えていたにちがいない。だが、どこかで変わった。それがこの別行動だ。おそらく、福島が理由だろう。
となると、小松原を排除する手立てでも講じに行くにちがいない。
御舟傑という人間が、徐々に見えてくる。ただ、僕が事件を解決に導くのに、今となってはあまり重要なファクターではない。わかったところで、「ああ、浮田くんは彼のこういうところが嫌いだったんだな」と感じるくらいだ。……いや、それはそれで悪くないか。
小松原を止めるのに、僕はなんの役にも立たない。だから、別行動は正しい。僕は僕で、自分のやれることをやるべきだった。つまり、真相の追及を。
僕は次の目的地まで歩いていくことにする。
さして遠くはないが、考えをまとめるには十分な時間が得られる。
福島にも質問をしたが、弓削の息子が見つけたという拳銃が気になっていた。
浮田日出美が所持し、彼の殺害後に行方不明になっていたが、つい先日、醍醐祥を銃撃したときに使用されたことが判明した拳銃。とうとうその本物が出現したのである。
素直に考えれば、一連の事件の真犯人は鳥飼で、弓削の息子が彼の事務所からたまたま拳銃を発見した、と言える。
事実、小松原はそう考えている。だが、福島は彼の性格からそれを否定していた。僕も心情的には福島と同じだ。人の顔色をうかがいがちで感情が表に出る人物。計画犯罪をすることも、隠すことも、彼のような人間には難しいはずだ。もちろん断定はできないが。
では、浮田日出美の拳銃はどう解釈すればいいのだろう?
少なくとも、今発見されたのは偶然ではない。八年間どこか人目のつかないところにあったものが、何者かの意思により表に出てきた。そこには作為があるはずだ。もしこれが奇跡に近い偶然の連鎖だとすれば、僕は神の存在を信じるしかなくなるだろう。けれど、浮田紘一を死なせた神など、地獄に落ちても従うものか。
拳銃を持っている可能性があるのは、『泣いた顔』事件に関わる者しかいない。
浮田日出美を殺害したが、拳銃はその場に残し、たまたま死体を発見した別の誰かが回収していた。ありえない。浮田日出美は交番から署に戻る途中――つまり勤務中に殺害された。制服警官の腰の拳銃は紐でつながれている。準備なしで急に奪えるものではない。ゆえに、最初に拳銃を手にしたのは、『泣いた顔』事件の犯人でないとおかしい。
そして、その拳銃は醍醐祥を襲撃する際に使用された。彼が相澤一郎の次男だったとしても、そちらの事件は残念ながら犯人の曾根葉月はすでにこの世の人ではない。だから、襲撃の目的はこちらの事件に関しての彼への警告と考えるのが妥当だ。つまり、事件の真犯人がこのときは持っていたことになる。
では、真犯人は鳥飼なのか? それとも弓削の息子なのか?
醍醐と初めて会ったのは、鳥飼の事務所だった。そのとき、影が薄かったが弓削の息子もいた。三人につながりがあるのは確実で、そうなると醍醐が事件を調査して、二人のうちどちらかが自分の身が危ういと心配してもおかしくはない。
だが、その場合、模倣犯の弓削を殺したのも、二人のうちのどちらかになる。
小心者にしか見えない鳥飼ができるのだろうか? ハイレベルな偽装であることも考えられなくはない。そうなると、相澤一郎氏の事件で僕を呼んだことも計画の一部ということになる。御舟や福島は鳥飼を疑っていないようだが、僕は保留としなければいけない。
では、弓削の息子はどうか? 相澤一郎殺害事件の真相もそうだったが、今まで探偵の仕事をしてきた中で、身内を害する行為は想像以上にハードルが高いと感じている。もちろん、例外もある。『金』だ。これは人間の持つあらゆる倫理を簡単にそぎ落とす。
表向きはそんな印象はないものの、弓削の息子はどうなのか調べる必要はある。
それに、この推論は何も材料がない今の時点のもの。二人の話を聞けば、別のものが見えてくるかもしれない。
しかし、まずは醍醐祥に会いたい。真犯人が彼を襲撃した理由を突き止めたい。でないと、浮田や弓削と同じ運命を辿るおそれがある。何かしなくてはいけない。
僕の足は、僕の足は相澤一郎の邸宅に向かっている。
ホテルにいる気配がないということは、醍醐はそこにいると思う。勝手知ったる実家だし、滞在費用は最小限で済み、おまけに厄介な家族はもういない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます