第一部 浮田紘一 4
二〇一二年七月八日深夜。
暴力団の構成員である植田竜馬(四十九)は、自宅に帰る途中、後ろから殴打されて死亡した。過去に暴力事件で三回、麻薬の所持で一回、逮捕されている。凶器は発見されていない。
七月十八日深夜。
植田とは別の暴力団に属していた林正治(六十三)は外出中に、やはり後ろから、しかしナイフのような刃物で刺され死亡する。彼もまた、いわゆる札付きの悪として、町では有名な存在だった。凶器は発見されていない。
この二件の事件では、地面に『泣いた顔』がスプレーで描かれていたが、被害者二人が別の暴力団に所属していたこともあり、当初は暴力団同士による抗争と考えられたという。
八月一日昼過ぎ。
目黒大貴(三十六)の死体が、町はずれの山道で発見される。胸部に三発の銃弾が発見されており、死因もそれによるものだった。彼の父は県内有数の土木建築会社を営んでおり、彼も取締役として在籍していた。金持ちの子供ゆえか、幼い頃からわがままな振る舞いが多く、法律に反する行為をたびたび起こしている。ただ、その都度、親の力によって握りつぶされていたらしい。
とはいえ、凶器が拳銃であることから、彼の死も暴力団がからんでいると考えられた。その拳銃は発見されていない。
八月二日午前八時。
警察官、浮田日出美が交番から署に戻る途中で、何者かによって射殺された。凶器は目黒大貴の殺害に使われたものと同一と判明する。
浮田日出美は、かつては暴力団を相手にする組織犯罪対策課の刑事だったものの、当時は交番勤務だった。私生活で恨みを買っている様子もない。というよりも、仕事一筋の男だったため、私生活は存在しなかったと言っても過言ではない。
彼と目黒の遺体のそばには、『泣いた顔』が描かれた紙が落ちていた。
身内が殺害されたことで、警察はざわつく。だが、浮田の前歴がマル暴だったこともあり、暴力団がらみという見方は消えなかった。
八月十一日午後八時頃。
無職の柴田梅子(六十七)は、趣味の生け花教室の帰りに腹部を刃物で刺された。悲鳴を聞いてかけつけた近所の住人によって救急車を呼ばれ病院に搬送されるが、出血多量で死亡する。のちの捜査によって、彼女は近隣の主婦たちに麻薬を提供する売人であったことが判明した。凶器は発見されていない。
警察が考えを変えたのは、この件からである。
柴田梅子に暴力団との接点はない。初動捜査では人間違いの可能性も考えられた。しかし、麻薬の密売人であることがわかってからは、一連の事件が世直し――自警団的な活動を動機としているものであるとする方向にシフトしていく。
もちろん、柴田の罪をどうやって知ったのか、という疑問は出てくるが。
八月十三日午後九時。
若槻憲治(二十四)が勤務先から自動車で帰宅したところ、後頭部を殴打され死亡。彼は二週間前に死亡ひき逃げ事件を起こしていた。凶器は発見されていない。
八月十四日深夜。
暴力団の構成員、内間孔明(二十八)が自動車に轢かれ死亡する。当初事故と思われたが、現場に『泣いた顔』を描いた紙が置かれていたため、同一犯による事件と考えられるようになった。なお、被害者は歩道を歩いており、タイヤのブレーキ痕はなかった。その自動車はいまだ発見されていない。
内間は学生時代の仲間を集めて、オレオレ詐欺を行っていた。
八月十九日早朝。
嶋田陽太(三十四)が自宅近くの公園で死んでいるのが発見された。一人暮らしをしていた彼の自宅を捜索すると、三か月前に誘拐された十才の少女が監禁されていた。
ロープのようなものによる絞殺だが、凶器は発見されていない。
少女は家族とともに遠くへ引っ越し、今も元気で暮らしているという。
八月二十九日午後三時。
鬼頭権蔵(七十七)の自宅が全焼、中から彼の遺体も発見された。現場検証の結果、放火と判明。また、自宅の塀の片隅に『泣いた顔』が描かれていた。
鬼頭のDNAは、三十年前に起きて未解決となっていた、女子大生殺人事件に残されていた容疑者のものと思われるDNAと一致した。その後、他の証拠もそろったことで、被疑者死亡のまま起訴されている。
八月三十日午前七時。
警察官、御舟楓(二十八)が自宅前で後頭部を殴打され、意識をなくしているところを発見された。幸い一命は取りとめるものの、意識は八年経った今も戻っていない。
彼女のそばには『泣いた顔』を描いた紙が置かれていた。凶器は見つかっていない。
御舟楓は、自らの父も被害者である『泣いた顔』事件の捜査に関わっていた。
『泣いた顔』事件の犯人はここで沈黙した。
警察は捜査を続けるも、容疑者特定まではいたらず、九月の半ばになって捜査本部を解散し、捜査規模を大幅に縮小している。
これには、町長からの要望も大いに関係していた。
結局は失敗するのだが、巨大ショッピングセンターを誘致する計画があったため、危険な町というレッテルを張られたくなかったのだ。つまり、政治からの圧力だった。
また、被害者の選別される事情から、警察内部の情報を入手できる人間の犯行と思われる。しかし、それを公表すると短絡的に『警察官の犯行』と誤解されることを懸念した警察上層部によって、柴田梅子以降の犯罪はひっそりとしか発表されず、調べようとするマスコミの口も封じたという。
なお、柴田梅子以前についても、元々警察が住民への配慮という名目で抑制を求めていた上に、同時期に当時日本で最も有名だった探偵が関わる大事件があり、各社がそちらに全力を出したために、報道は最低限に留まった。
青雲町に限らず、世の中はとかく物騒だ。
嶋田陽太に監禁されていた少女に口止めをした形跡はないが、自身の体験に関することを少女がことさら喧伝するとは思えない。
こうして、真相の究明が困難になっていった。
さらに、署員の異動が極端に少なくなる。真相を厳しく追及する代わりに、管理下に置いて飼い殺そうというわけだ。
これで八年はうまくいった。少なくとも表向きは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます