第一部 浮田紘一 3-2
歩きながら、全身に軽い疲労感を覚えていた。成神ともども、運動不足気味の生活を送っているが、仕事で午前中にそういった経験はない。
待ち望んだ調査であるにもかかわらず、『泣いた顔』事件は私にとってひどく負担になっているようだ。故郷の事件、被害者に身内。考えてみれば、重荷にならないわけがないか。そう分析したところで、疲れが取れることはないのだが。
成神が楽しそうにしているところも、私のしんどさにつながっているのかもしれない。そこまでくれば、単なる八つ当たりだと自分でもわかる。私は無理に微笑んで、成神の横に並んだ。ただ、軽口を叩こうとしたが、それはできなかった。
鳥飼の事務所は、成神の滞在するホテルのすぐ近く、青雲駅前の昭和レトロな雑居ビルの三階にある。相澤一郎氏の件では鳥飼が依頼人だったので――結局、この事件の報酬については諦めるしかない気がする――この町に来て最初にこの事務所に顔を出している。子供の頃から存在するのは知っていたが、入るのはこの間が初めてで、こんなに早く再訪するとは思わなかった。ただ、特に面白いところでもない。
雑居ビルは五階まであるが、エレベーターはない。私たちは細くて狭くて急な階段を上がっていく。
「鳥飼法律事務所」と書かれたガラスドアの向こうには、机が並んでいるが、人の気配は感じられない。
「留守かな?」
「いや、明かりはついているし、ほら、ドアノブも動く」
成神があっさりドアを開けて、中に入っていった。確かに、そんなに怖がる必要もない――いやいや、ノックくらいしろよ。
「どなたですか?」
奥の机にいた青年が、顔をあげた。積まれた本に隠れるようにしていたためか、ドア越しでは見えなかったようだ。私たちと同年代くらいの、黒縁の眼鏡をかけた線の細い男性だった。言葉は悪いが、存在感が薄い。
先日訪れたときにはいなかった。あのときにいたのは、鳥飼と事務員のおばさんだけだ。
「僕は成神、そしてこちらが浮田くん。職業は探偵。僕たちは、鳥飼さんから仕事を依頼されていました。鳥飼さんはいらっしゃいますか?」
「あ……僕はバイトで、今は留守番をしているだけなんですが……」
青年が事務所の隅に目を向ける。私たちもそちらを見ると、そこには黒いライダースーツを着た男が立っていて、にやにやと笑いながらこちらを見つめていた。
「悪いが、俺もただのお客さんでね」
短髪を鈍い金色に染めて、軽薄そうだが、声に敵意はなかった。目元に小さなしわを見る限り、私たちよりも十歳は上だろう。
「鳥飼さんは、少し前に警察に連れていかれたよ。俺も話の途中だったんだけど、国家権力相手じゃ譲るしかないよな」
「警官はどんな人でしたか?」
成神がなぜかじっと黙ってこの黒い男を観察しているので、私が問いかけた。ただ、答えは予想がついている。
「もちろん、名乗っちゃいなかったが、世界のすべてに恨みでもあるんじゃないかってくらい不機嫌そうな顔をした男だったよ。弁が立つわけじゃないが、人の話を聞くタイプって感じでもなかった」
やはり、そうだ。御舟傑にちがいない。だがなぜだ? 里見茂の資料を集めたのが彼だとするのなら、私たちより先に犬飼にたどり着くのは当然だ。しかし、そうなると里見茂の事件を私たちに任せる理由がわからなくなる。
私は横目で成神を見るが、変わらずこの男を見ているだけのため、脳内の疑問は放っておき、別の質問をすることにした。
「鳥飼さんが警察に連れていかれた理由はわかります?」
「残念ながら、俺も知らない」
「心当たりも、ですか?」と、成神が急に口を開く。
「君のことは知っているぞ、名探偵」
「それは光栄ですね、醍醐祥さん。僕もあなたのことは存じておりますよ」
醍醐と呼ばれた男の眉が片方、ぴくりと動いた。
私は彼のことを知らない。
「へえ。名探偵に知られているとは、俺も大したもんだな」
「あんまりいい評判は聞きませんよ」
成神のこれは挑発なのだろうか? 無意味に他人と喧嘩すべきではないと思うが。
「問題ない。そういう生き方をしている」
「今回も、そういう仕事でここに?」
「さあね」
醍醐は不敵に笑うと、片手をあげて事務所から出ていってしまった。
あっさりしているといえばそうだが、私たちも彼もここで角を突き合わせて話をする理由はなさそうだった。彼がどんな人物か、どんな情報を持っているかわからない以上、連絡先を交換しなかったことは悔やまれるものの、向こうが素直に応じた気はしない。
どこか、うさんくさい男だった。
「彼は何者なんだ?」
なぜだか緊張した面持ちの成神にたずねる。
「フリー雑誌記者だよ。芸能政治を問わず、雑誌によくスクープを提供している人だ」
「へえ、しかし名前を覚えるほど有名な人だったとはね」
「違う」成神の声には困惑と嫌悪が滲む。「記者が情報を集める方法はなんだと思う? 多くは人脈と粘り強さだろう。だが、もう一つある」
彼が自分の頭をつついた。
「推理だ。彼はそこに特化している。標的の周囲を探り、隠していることを掘り当てる天才だ。まさに彼もまた名探偵と言ってもいい。少なくとも、そう呼ぶにふさわしい能力を持っている」
私は肩をすくめた。
「それだけで、君がそんな顔をするとは思えないよ」
「ああ、もちろんそうさ。問題は、彼はそうやって得た情報を、恐喝の材料にするか、雑誌や新聞に売りつける――どちらにせよ、金を手に入れるという行為にしか使っていない。そこが僕を嫌悪させる」
「恐喝なんて、おだやかなじゃないな。警察に追われるだろうに」
成神が首を振る。
「そう簡単に隙を見せる人じゃないよ。しかも、彼が相手にするのは、犯罪者か境界線上にいる人間ばかりだとか」
「何が本当かはわからないが、深く付き合わないほうがよさそうなのは間違いないな」
さっきの印象を語ろうと思ったが、バイト青年がいる手前やめておく。
その彼が私たちの会話に割って入った。
「悪いだけの人でもなさそうですよ」
「ほう、それはなぜ?」
成神が興味を示した。
「京都の生八つ橋を差し入れてくれましたから」
青年がひとつつまんで掲げる。
「おふたりも、一つずつどうですか?」
成神も私も生八つ橋は大好物だ。京都に遊びに行ったときはもちろん、催事場で目に下ときも漏れなく買っている。やはり、にっきが至高であろう。成神はいろんな味を試し、チョコレートなんかを気にいっていたりする。好みは人それぞれだ。
遠慮なく分けてもらった。ついでに一杯のお茶も。
三人できれいに食べつくしてから、青年は箱をつぶしてゴミ箱に入れた。
「これ、鳥飼さんへのお土産だったらしいんですけどね」
「ええ、いいですか、全部食べちゃって」
私が焦ると、彼はくすくす笑った。
「いいんですよ、いないほうが悪いんです」
バイトにしてはずいぶんとふてぶてしいが、私たちが責任を取れるわけでもない。成神と目を合わせるだけで済ませた。
そして、これは彼に話を聞くチャンスだった。成神がすかさず口を開く。
「生八つ橋の醍醐さんは、この事務所に何の用があって来たのか、知っていますか?」
青年は首を振った。
「すみません、知らないんです。醍醐さんは鳥飼さんが『話の途中で連れていかれた』と話していましたが、僕は最初からいましたけど、二人はろくに話していないんですから」
「どういうことですか?」
「醍醐さんがいきなりやってきて、鳥飼さんは驚いたっきり、何も言わなかったんですよ。醍醐さんもにやにや笑うだけで、何も言おうとはしないし。生八つ橋だって、鳥飼さんがいなくなってから取り出したんですよ。なんですかね、あれ。二人の間にはコミュニケーションが成立していたのかもしれませんが、バイトの僕にはさっぱり」
青年は慣れた様子で肩をすくめた。成神も同じように肩をすくめ、青年に名刺を渡した。
「鳥飼さんが戻ってきたら、連絡をくださいと伝えてください」
「あの人は気まぐれだから、警察から解放されても、ここに戻ってくるとはかぎりませんよ。そもそも、ここにもたまにしか顔を出しませんし。いつになるか保証できません」
「それでかまいません。まずは僕のほうから、警察に行ってみますから」
そう言って、成神は私を促すように事務所を出た。ここも収穫なしだった。
少し歩こう、という成神の言葉に私も従った。こういうときは、大抵、話しながら自分の考えをまとめたくなる。
見知った道も、成神とともに事件を抱えていると、奇妙な禍々しさを感じた。八年前の事件が起きてから、故郷に対しては怒りを覚えていたが、今はそれに加えて不気味に思っている。八年前には曖昧にしか感じ取れなかった邪悪さが、成神尊と過ごした時間のおかげで、より鮮明にわかるようになったのだ。
「余計なお世話だと思うけど」成神が言う。「せっかく地元に帰ってきたんだから、少しは捜査を僕に任せて、友達に会ってきたりしてもいいんだよ」
私は苦笑した。
「地元に友達はいないんだ」
「そりゃ、ごめん」
「いいんだ。今も社交的とは言えないけれど、地元にいた頃はもっとひどくてね。いつも教室の隅で本を読んでいたよ」
成神がほほ笑んだ。
「僕も同じだった。ただ…それでも、誰かしら当時は友人と呼んでもいい存在がいたんじゃないかな? いや、それは僕がそうだったからなんだ……」
「ああ、教室の隅には私以外にも何人かいたからね」
「彼らとは連絡を取っていないのかい?」
「みんな地元を離れてちりぢりだ。東京の大学に通ったのもいた。でも、違う学校にいるとどうしても距離はできてくる。それに、私たちの大学生活は結構な忙しさだったじゃないか。あれでは旧交を温める暇なんかないって」
「それもそうだね」
そう答える成神が、どこか嬉しそうだった。
考えてみれば、昔から孤独をつらいと感じたことはないけれど、最近は孤独であると考えたことさえなかった。これはすべて、成神や共通の友人たちのおかげであろう。そんな自分の状況が、なんだか少し満たされている気分になる。
「とはいえ、両親に友達が少ないと話したことはないけどね」
「それはそうさ。そこまで自虐的になる必要はないよ」
「まったくどうも、私たちは似ているようだ」
私は成神を見て、笑った。
だが、警察署に戻った途端、楽しい感情は最初からなかったかのように霧散した。警官たちに向けられるのは、単なる部外者に対する目ではない。間違いなく、敵対者への視線だった。御舟への対抗心で突っ走ってきたが、ずいぶん危険なところに足を踏み入れていたらしい。
しかし、成神はそんな周囲の様子などものともせず、まっすぐ捜査本部のある部屋まで進んでいった。その途中でさえ、すれちがいざまに何度か舌打ちをされているのに、まるで怯む気配がない。成神は私の思いに気づいたようだ。
「なに、いつもと変わらないよ。大なり小なり警察に煙たがられるのはしょっちゅうだった。理解者ができたのだって、最近じゃないか」
「言われてみれば確かにそうなんだけど、ほら、地元だし、姉さんや父さんが働いていたところだし、知っている人がいないわけじゃない。心のどこかでホームだと思っていた」
成神がうなずく。
「そこまで自分のことを把握できているのなら、もう僕は心配しないよ」
そして、捜査本部に入っていった。みなが捜査中らしく、ただ一人を除いて、部屋には誰もいなかった。その一人は、もちろん御舟傑だった。
ホワイトボードのそば、指揮側の机に不貞腐れたように座って、ノートパソコンをいじくっている。成神はよせばいいのに、わざわざ彼の前にたちはだかった。けれども、御舟は目線を上にずらすだけだった。
「里見茂を殺害した容疑者は見つかったから、ここにいるんだよな」
成神が手にしていた里見茂の資料一式を、机に叩きつけた。いきなりの激高だ。
私は成神の後ろで立っているため、彼の表情は見えない。ただ、先ほどまでの彼の様子からするに、御舟に己の感情を伝えるためのパフォーマンスにも思える。もしくは、私の前では必死に内心の激情を抑えていたか。
「この資料は返却する、ということでいいんだな」
腹が立つことに、御舟に動揺のかけらもない。
「御舟さん、あなたは私たちに何を求めているのですか」
大声というほどではないにしても、ずいぶんと張った声だ。
「もちろん、事件の解決だ。警察が探偵とやらに仕事を頼むとしたら、それくらいだろう」
「では、なぜ弁護士の鳥飼勲氏を引っ張ったのですか」
御舟の眉根にしわがよった。身体を椅子の背もたれに預け、成神を見上げる。
「今話しているのは、里見茂の話であり、鳥飼勲の話ではないはずだが」
「鳥飼勲氏は、里見茂さんとこの町をつなげる重要な接点です。あなたは私たちの捜査を妨害するために、わざと鳥飼氏を拘束したのではないですか」
成神の肩が大きく上下している。
「話が見えてこないな。鳥飼勲は確かにここにいる。だがそれが、おまえたちとどんな関係があるというんだ」
確かに、表情には困惑の影がちらつく。
「心の底から言っているんですか」
成神の声も、探るようだった。
「当然だ。俺は無駄が嫌いだ」
御舟は即答だった。嘘をついているようには見えない。
成神がため息をついた。私にもわかるということは、御舟にわからせるために、大げさに動いているのだろう。さすがに、ため息はわざとにちがいない。
「里見茂さんの殺害は、一連の事件の犯人によるものではなく、模倣犯の仕業であることは、とっくに気づいていますよね」
「もちろん」意外にも、御舟はあっさり認めた。そして、さらに続ける。「でなければ、おまえたちに任せたりはしない」
こうもはっきり宣言してくれると、腹も立たない。いや、とっくの昔に憎んでいて、もはや感情の動く隙間がないのかもしれない。
「えらそうな割には、この八年進展がなかったことを、どう言い訳するつもりなんだよ」
とはいえ、口は勝手に動くものである。御舟が私を睨みつけた。
「またその繰り返しか。それで俺の弱みを突いたつもりか」
「恥くらいは知っていると思っていた」
「恥でどれほど事件の真相に迫れるというんだ。反省して萎縮するよりも、開き直って戦うほうが確実に有益だ。そもそも、俺を責められるほど、紘一は動いてきたのか?」
「それこそ、あんたに言われる筋合いはないな」
「そうか? 思いの強さの割に他人を責めるだけの人間には、誰かが言ってやらないといけないだろう」
「無力だったのは認めてやるよ、でも今こうしてここにいる」
言うだけ言ってから、これでは御舟の理屈と同じだと気づき、猛烈に恥ずかしくなった。これなら言い負かされたほうが、なんぼかましだった。
言葉に詰まっていると、成神がとうに冷静さを取り戻していた。少なくとも、表面上は。
「里見茂さんの事件が模倣犯であり、曾根葉月さんの事件が『泣いた顔』事件の犯人と同一人物による犯行と考えたのは、現場の場所と被害者の現住所によるものですよね」
御舟はわずかな時間ためらったあと、ゆっくりうなずいた。
「『泣いた顔』事件の被害者は、全員がこの町に住んでいた。しかし、里見茂さんは、かつてはそうでも、今は別のところに住んでいる。おまけに、殺されたのも別の場所。だから、里見茂さんを殺したのは、別人である。ここまでは、あなたの思考をトレースしただけで、僕は何の真実にも辿りついていない。でも、少しだけ先に進んでみたいと思います。『泣いた顔』事件の犯人は、八年前から今まで、この町から動いていない。あなたはそう考えていますね。そして、この模倣犯もこの町にいると」
「少しだけ違う」と、御舟が口の端をあげた。「単なる俺の考えではない。ほぼ事実だ」
「根拠があるんですね」
御舟はちらと私を見るが、すぐに成神に視線を戻した。
「捜査情報を部外者に話すのはいまだに気が引けるんだが、いいだろう、話してやる」
この期に及んで部外者と言い張る御舟に怒りが募るが、喋るのであれば我慢をしなければならない。
「八年前の事件は、楓と義父を除けば、町の住人という以外に、もう一つ共通点があった。それは、悪党ということだ。前科者はいなかったし、そうだと思われていなかった者もいる。だが、経歴をほじくり返してみれば、全員が全員、犯罪と表現していい行いを一度はやっていた」
「……そんなの聞いてない」
私がつぶやくように抗議した。
「こんな話、表に出せるか。警察が死者に鞭を打ってどうする。そうでなくても、連続殺人犯に同情を、被害者に憎しみを与える情報は嫌われるに決まっているだろう。当時のマスコミだって、あえて報道しなかったことだ。無残に殺された被害者が実は悪人でしたって言ったところで、読者や視聴者から抗議されるだけだろう」
マスコミという単語で、鳥飼の事務所にいた黒衣のジャーナリスト、醍醐祥のことが頭に浮かんだ。彼は、そこまで知っているのかもしれない。
「国民には与えられる情報が取捨選択されていたというわけですね」
成神が問いかける。
「国民に知らせる必要はないだろう。そいつはただの野次馬根性にすぎん。この町の住人にさえ知らせる理由がない。大多数の人間には関係のないことだからな。法律や人情にのっとって生きていれば、この連続殺人犯とは関わりなく生きていける。たとえ犯人が隣人であっても、家族であってもだ」
「今はその是非を問うつもりはありません。ただ、質問があります。警察も、殺人の動機は快楽だと考えていたと聞いています。しかし、悪人を狙って殺していたとすると、自警活動の線もあるのではありませんか?」
「自警活動として悪党を殺し、自分のようなやつが存在するぞ、と他の悪党に警告するために『泣いた顔』のマークを置いていく。本人の感覚はどうか知らんが、どう考えてもそういう快楽に酔っている人間の犯行だろう。理屈はどうあれ、所詮は自分の快楽を追求しているにすぎない」
成神が首を横に振った。
「わかりました。そこは置いておきましょう」
きっと、あなたと話しても無駄だから、と続いたにちがいない。いずれにせよ、納得していないのは確かだ。
「好きにすればいい。だが、もう雑談は十分だな。俺は俺で仕事がある。おまえたちの愚痴につきあっている時間はない」
「僕も長居をするつもりはありませんよ。ただ、あなたがあまりにも事情を話してくれないので、少々強引にうかがったまでです」
「じゃあ、もういいな。さあ、さっさと事件を解決してみせてくれ、名探偵」
「いえ、肝心の本題がまだです。鳥飼さんを署に連れてきた理由を教えてください」
御舟は面倒そうに、ため息をついた。
「今までの話を聞けば、名探偵なら推理できると思っていたよ。案外ポンコツなんだな」
成神がわずかに顔を動かして、私を横目で見た。
「推理でよろしければ、話しますが」
「ほう、ぜひうかがいたいね」と露骨に信用していない様子で、御舟が笑う。
「鳥飼さんは、この町に根差して長い弁護士です。多くの住民、特に町の名士の秘密を知っている。後ろ暗いところもね。そしてそれは、共犯者として知りえたものもあるでしょう。つまり、鳥飼勲氏も『泣いた顔』事件の被害者たりえる資格を持っている。あなたは、鳥飼さんを保護したくて、ここに連れてきたのでは?」
御舟が眉間にしわを寄せる。
「さてね、それはどうだろう」
正解とも不正解ともつかない返事だった。成神は薄く笑う。この意味を私はつかめない。
「鳥飼さんと話をさせてもらえませんか?」
御舟の眉間のしわが、一層深くなる。これは難しいと思っていたが、「ああ、いいだろう」と、あっさり許可が出た。御舟は内線で担当者に話をつけ、私たちに次の行き先を告げた。
「何かあったら、俺に知らせろ」
そう言って、御舟は捜査本部から出ようとしたので、私は呼び止めた。
「なんだ」と彼が不機嫌そうに振り向く。
「あんたの連絡先がない」
「昔、交換しただろう」
「八年前に消した。もう二度とかけることはないと思って」
御舟傑が深くゆっくりと息を吐いてからスマホを取り出し、ワンコールだけ私の番号を鳴らした。そして無言で部屋を出て行った。御舟も私を見て、ため息をついた。
「次、行ってみようか」
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