第12話 百億円の価値がある倉庫を空にする
吾郎は配送業者に頼み、ミネラルウォーター30Lを100本分を家の倉庫に届けさせた。
配達員が去った後、すべての水を自分の異空間にしまい込みんだ。帰宅後、吾郎は早速その水を入れ始める。この調子でいけば、1週間もあれば100本分をすべて満たすことができるだろう。
日々はただただ過ぎていく。
吾郎はひたすら動き続け、一銭も無駄にせず持ち金をすべて費やしていく。その傍ら、毎日狩猟場に通い、弓矢や銃器の技術を磨いた。わずか1か月で格闘の達人になることは不可能だが、弓や銃器の技術、そして全金属の外殻を持つ安全なセーフハウスがあれば、いかなる危険にも対抗できると吾郎は信じていた。
他人から見れば極めて異様な吾郎の行動は、彼を知るほとんどの人々を嘲笑させ、精神的に何かがおかしくなったのだと思わせた。もちろん、梓もその一人で、吾郎と距離を置き、もはや連絡を取ることはなくなっていた。
やがて20日以上が過ぎ、終末の到来も間近となった。吾郎はIEON関東地区の倉庫に手を出すことを決意した。この倉庫を空にさえすれば、百年分にも渡って使えるほど膨大な物資を手に入れることができる。
最終日に動かないことにした理由は、前世での出来事がきっかけだった。ガンマ線の襲来を事前に知っていた上層部が、一般市民が気づかぬうちに大量の生活物資を密かに移動させていたためだからだ。
吾郎は待たずに行動に移す必要があった。IEON関東地区倉庫の物資が全て消え去っても、避難で忙しい上層部は調査に手間をかける余裕がないだろう。これは、絶好の猶予期間となる。
吾郎は倉庫に戻り、いつも通りの勤務を開始した。IEON関東地区倉庫には24時間体制で人がいるが、夜間の当直人数は最少で、たったの5人だ。
吾郎はもっとも簡単かつ大胆な方法を選んだ。夜勤スタッフの飲み物に睡眠薬を混ぜたのだ。
彼らは吾郎の知り合いであるため、容易に事を運ぶことができた。全員が深い眠りについたのを確認すると、吾郎は監視室に急行し、すべての監視装置をオフにした。この場所についてあまりに精通しており、目を閉じてでも目的地にたどり着けるほどだ。何度も計画し、シミュレーションした結果、実行はスムーズに運んだ。
それから吾郎は、2つサイズが大きい靴と手袋、帽子を装備し、倉庫に急行した。目の前に広がる巨大な倉庫を前に、吾郎は一切の時間を無駄にせず、物資を異空間に収め始める。やがて、飲料&酒類エリアの棚は空になり、燃料エリアも空に、食料、スポーツ用品、衣料品のエリアもすべて空にした……。
2時間後、吾郎は倉庫全体をすっかり空にし、広大でがらんとした倉庫を見て満足げに心の中で微笑んだ。これだけの物資があれば、たとえ氷河期が来ようと快適に生き抜く自信があった。
倉庫を静かに去り、手袋、靴、帽子を異空間にしまい込み、自分も睡眠薬入りの茶を飲んで眠りについた。
まもなくして、吾郎は急に揺さぶられて目を覚ました。
「吾郎君、大変なことが起きたんだ!」
同僚たちの顔を見た吾郎は、困惑した表情を浮かべて言った。「何があったの?」
一人の社員が震えながら倉庫を指さした。
「俺たちの倉庫が……空っぽになってる……」
吾郎は信じられないような顔を装って机を叩いて立ち上がると、空っぽの倉庫に足を踏み入れてあたりを見回した。
「そんな馬鹿な、ありえない!」
と吾郎は震え声で言い放った。
気を取り直して冷静を装い、
「これは我々には手に負えない。すぐに本部に報告しよう。」
と皆に指示を出した。
価値が百億円を超える品物を異空間に収めた吾郎はすぐに上層部に報告した。この情報は瞬く間にIEON関東地区の上層部に広がり、幹部が現場検証に駆けつけ、警察にも通報された。
関東地区の総支配人ジョンは、空っぽの倉庫を目の当たりにし、顔が雪よりも白くなっていた。
「なんてことだ、神よ!」
吾郎は警察の捜査に協力し、一晩の取り調べの末に釈放された。警察はいろんな疑念を抱いていたが、最後には推測として「超自然的な力による消失」か「IEON社の内部犯行」のいずれかしかなかった。
吾郎のような一般社員に対しては多少の疑念はあったものの、重点的にマークされることはなかった。この一件の真相を解明するには数日、いや数ヶ月かかることは目に見えていた。吾郎にはしばらくの間東京を離れないようにとの通知が出され、随時警察やIEON社の内部調査に協力するよう求められたが、吾郎は特に気にする様子もなく、家に戻った。
彼は窓の外を眺め、満足そうに微笑み、
「あと2日だ……」と呟いた。
深夜、吾郎はテレビをつけると、IEON関東地区倉庫の窃盗事件がニュースで報じられていた。今回の事件は被害額が大きく、あまりに不可解であったため、どのニュース番組もこぞって報道していた。
多くの人々が興味深く考察するも、真相を知っているのは吾郎だけだった。
テレビを消して窓の外を見つめ、吾郎は淡々と呟いた、
「終末が来る、これは迷宮入りする事件となるだろう」
次の2日間、吾郎は自宅に籠り、天気を気にしていた。
この世界に残された時間がわずかであることを彼は知っていた。
その間、警察やIEON本部の調査員が訪れたが、話を聞くだけで特に成果はなかった。
そしてついに、12月17日がやって来た。
ガンマ線が地球を通過する時刻は午前2時で、ほんの一瞬に過ぎないが、この生命の星に壊滅的な災害をもたらすことになる。吾郎は数時間前から部屋を完全に閉じ、暖炉に火を灯していた。まもなくエネルギーが枯渇し、空調や暖房が使えなくなるため、最も原始的な手段で暖を取る必要があったのだ。
午前2時、吾郎は巨大な窓の前に置かれたソファに座り、手にビールを持ちながら外をじっと見つめていた。突如、空の彼方に白い光が浮かび上がり、深夜にも関わらず、大地はまるで夕暮れのように明るくなった。
その光はほんの数秒続いた後、静かに消え去った。
大半の人々はこの変化を知らず夢の中にいたが、この出来事の意味を知る吾郎は背筋が凍りつくのを感じていた、
「ああ、終末が来たんだな!」
ビールを飲み干し、吾郎は冷静に暖炉に木材をくべる。テレビをつけ、番組を見ながら世界の変化を待った。数分も経たないうちに、外の空には密集した雪が降り始めた。最初は爪ほどの大きさだったが、わずか2分で大きな雪片となり、まるで羽毛のように舞い始めた。
窓の外では風が唸りをあげ、雪が恐ろしいほどの勢いで降り注いでいた。
この圧倒的な自然の力の前では、人間の力などあまりに無力だった。
吾郎は内心不安を感じていたが、備えたセーフハウスに少しの安堵を感じた。暖炉の炎が勢いよく燃え、部屋の温度計は32.6度を指していた。彼は窓の外を見つめ、雪が街を完全に覆い尽くしていくのを見た。
30分後、スマホを覗くと、急降下する気温に関するニュースがネット上を席巻しているのを確認した。SNSには人々の不満が溢れていた。
「このひどい天気、一体どうしていきなりマイナス十数度になるんだよ、ありえない!」「明日は鉄道も凍結して、出勤も無理だろうな……」「こんな壮観な雪景色は初めてだ、すごすぎる!」
ネット上のコメントを眺め、吾郎はため息をついた、
「これは、始まりに過ぎない……」
この雪は3ヶ月も続き、気温はますます低下していくだろう。氷河期の幕が、ここに上がったのだ!
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