第6話 シェルターを求めて

大島の顔に笑みが浮かんだ。


「いいですとも。加藤さんが2億をお借りされるなら、返済額は2.4億です。それでは、2.4億の借用書をこの場で書いてもらいます」


「それと、十分な担保がもちろん必要です。家でも工場でも車でも構いません」


吾郎は一瞬ためらうふりをした後、思い切って身に持っていた不動産証書を差し出した。それは銀行でローンを組むためのもので、ちょうど手元にあったのだ。


「この家には3.9億の価値がある。これを担保にしてもらえないか?それに加えて1500万のベンツもある。もし返せなかったら、そちらも差し出す」


こんなにすんなりと応じる客に初めて出会った大島だったが、すぐさま不動産証書を手に取って確認し、小野の耳元で何か囁いた。


吾郎の家の情報が確認されると、大島の表情は段々と歓喜を隠さずに明るくなった。現在の相場では、その家なら少なくとも4.2億で売れるだろう。おまけに高級外車もついていて、加藤も大手の会社に務めているのだ。この商談はどのように転んでも損はしない。


だが、大島はあえて少し不満そうな表情を作った。


「加藤さん、この家はせいぜい2億の価値しかない。それに、すぐに現金化できるとは限らないのに、2億もの大金を引き出そうというのは、こちらとしてもリスクが大きい」


吾郎は驚いた表情で、大島に向かって懇願した。


「大島さん、どうか力を貸してくれませんか?今、本当に急ぎでお金が必要なんです」


「今日中にお金を振り込んでくれたら、1億8千万でいいです」


大島と小野は目を合わせた。お互いの目には隠し切れない笑みが浮かんでいた。


彼らの仕事は、まさに「火事場泥棒」そのものだった。相手が急げば急ぐほど、容赦なく奪い取る。


「ダメだ、これは割に合わない商売だ」


交渉を経て、最終的に1.6億での合意となった。


その借入金が当日にも口座に振り込まれることを条件として、吾郎は相手に承諾させることに成功した。


闇金業者は黒い噂が多いが、搾り取れると見込んだ相手に金を貸し出す際のスムーズさは本物だ。それもまた、彼らが銀行に勝る唯一の長所といえよう。借用書にサインを終えた後、吾郎の口座に1.6億の現金が振り込まれた。


吾郎は心の中でほくそ笑んでいた。


この金は、大島にとって返済されることのない金なのだ。吾郎は満面の笑みで事務所を立ち去った。彼が去った後、オフィスには大島と小野の笑い声が響き渡った。


「ハハハ!こんな楽な商売はないね。あのバカ、1.6億だけで満足して帰っていきやがった」

大島が得意げに言った。


「この件だけで少なくとも数千万の利息が入りますね。もし返済できなければ、職場に行って脅せば億は稼げる!」

机に寄りかかり、小野が笑いながら言い放った。


「社長、スムーズに契約を交わしたけど、あの家に何か問題があるんじゃないんでしょうか?」


大島は手元の不動産証書を眺め、満足げに微笑んだ。


「証書は本物だ。この借入額も不動産の価値を考えれば、まだ問題はない。家があいつものである限り、俺たちから逃げられない」


不動産証書と2.4億の借用書が手元にある以上、彼らには家を確実に手に入れる方法があった。さらに、彼らには吾郎を完全に絞り取るための手段もいろいろ考えられる。


大島はニヤリと目を細め、コーヒーを一口啜った。


「たとえ、返済できないとしても、国外の機関に連絡して、彼の身体から使える部品を売り払うこともできる」


「俺たちは損をする商売はしない!」


……


一方で、貸金会社を後にした吾郎も上機嫌だった。


彼は振り返ってビルを見上げ、口元に嘲笑を浮かばせた。


「本当にいい人たちだ…ただで金をくれるなんて…」


これから先、吾郎と大島、小野の間に接点はなくなる。彼らは、1ヶ月後の世界の終わりを告げる寒波で高確率で命を落とすことになるだろう。


吾郎の手元には3.7億ほどの資金が集まっていた。計画を実行するには十分だった。吾郎は車を走らせ、東京でも有名なTGN社へ向かった。


TGNは世界でも屈指の実力を誇るセキュリティ会社で、主に富豪や著名人を対象にセキュリティサービスを提供している。


時には、国家の上層部が海外訪問する際にも、彼らの力が頼られるほどだ。


TGNを訪れた理由は簡単で、前世の記憶を辿ると、この国の大富豪のために最高級のセーフハウスを作ったTGNが一番信頼できると判断したからだった。


その不動産王の富豪は、世界の終わりでも快適に暮らしていたという。それは、TGNが提供したセーフハウスのおかげだった。


吾郎がTGN社に到着し、受付に来訪の目的を伝えると、すぐに営業スタッフに応接室に案内され、極上の豆を使った芳醇なコーヒーが出された。


しばらくして、がっしりとした体格で坊主頭の屈強な男が入ってきた。


黒いスーツをまとい、まるで暴力団の用心棒のような威圧感を漂わせていた。見た目通り、非常に頼りがいがある印象を与える。


「こんにちは、営業部でマネージャーをしております、坂本です。何かお手伝いできることはございますか?」


坂本は吾郎の隣に腰掛け、尋ねた。


吾郎はコーヒーを一口飲んでから答えた。


「世界の終わりにも耐えられる最高のシェルターを作りたい」


坂本はこの言葉を聞いて、一瞬、真剣な表情に変わった。


他の人が聞けばただの冗談として流すかもしれない。しかし、TGNにとってこの類の話は笑い話ではなかった。この世で最も富と権力を持つ人々は、往々にして命を脅かす危機を誰よりも恐れ、いち早く察知するのだ。

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