第5話 闇金で借り入れ

吾郎は電話口で答えた。


「吾郎吾郎と申します。300卓の宴席を予約したいのですが、御社で準備に問題はありませんか?」


その注文に、マネージャーは思わず息を呑んだ。


このような大口は、ホテルの開業以来初めてのことだった。


だが、これだけの規模の注文を受けない理由もない。


「吾郎様、300卓の宴席ですと合計で1千万円を超えます。準備に取りかかるため、300万円の前金が必要となりますが、いかがなさいますか?」


「構いません。後でホテルの口座を教えてもらえますか?すぐに振り込みます」

吾郎はあっさりと答えた。


マネージャーは即座に承諾し、連絡先とホテルの銀行口座情報を送った。吾郎は躊躇なく300万円を振り込み、その後ホテルの経理が前金の確認を済ませて、各部署へ宴会の準備の通達が送られた。


「仕入れ部はすぐに食材の準備を!調理部は、しばらく他の注文は受けるな!」


「明日までに、300卓分の宴席をすべて用意するんだ!」


……


一方、電話を切った吾郎は、つぶやいた。


「お金なんて1ヶ月後には無価値になるが、今はまだ物を買うために必要だ」

彼の手元には、両親が残した遺産と自分の貯金を合わせて、1千万円ほどあったが、この予約でその3分の1が消えた。


正直、少し惜しい気もする。


だが、多くの人は大金を手にしていても、それがただの紙切れと化す前に使い切る機会さえ得られないだろう。


「とはいえ、まだまだお金が必要だ。もっと集める方法を考えなくては」


ふと、自分が住んでいる高級マンションのことを思い出した。


東京の千代田区にあるこの130平米の物件は、現在の相場で3億円以上の価値がある。


「そうだ、これを担保にしてローンを組めば、すぐに資金が手に入る!」

吾郎はほくそ笑んだ。


終わりが近づいている今、この借金は返済するつもりは毛頭なく、その開放感は言葉では言い表せないものがあった。


すぐに家を出て、車を運転して銀行へ向かった。道中、梓からメッセージが届いた。


「吾郎くん、週末はすごく退屈なお。一緒に遊んでくれたりしない?」


サッと読むと、すぐにスマホを脇に置いた。


銀行に着くと、案内通りに担保ローンの手続きを始めた。希望額は大きかったが、本人確認の書類も揃っており、物件も全額で購入したものだったため、数日後に審査は通った。ただ、銀行は2億円までしか貸せないとのことだった。


吾郎はそれ以上交渉するつもりもなく、何せ“もらえるお金”なのだから、銀行との交渉に時間をかける理由もなかった。ほどなくして銀行から2億円が彼の口座に振り込まれた。


「これでリフォームには十分だな。でも、まだ薬品や武器も大量に買う必要がある。この資金だけでは足りないかもしれない」


吾郎はお金をさらに手に入れる方法を考え始める。数日後、繫華街を通っている時、柄の悪そうな男がこちらを見定めるように見ていて、しばらくすると駆け寄ってきた。


「そこのお兄さん。お金が必要なんじゃありませんか?」


吾郎は顔を上げ、相手をじっと見つめた。


「あんたは、誰だ?」


男はより親しげな笑顔を浮かべ、声を潜めて尋ねた。


「お金が必要なんですよね?それに、銀行が貸してくれないとか?」


この言葉を聞いて、吾郎はすぐに男の職業を察した。


貸金屋だ。


吾郎の心に、計画が浮かんだ。彼はため息をつき、困った様子で言った。


「そうなんだ。家の事業のために資金がいるのに、銀行では……」

ここで、わざと困った顔をする。


男も同情するように頷いた。


「今の銀行は融資が本当に厳しい。枠も低ければ、審査にも時間がかかる。急ぎでお金が必要なら、私たちが力になれますよ」


吾郎は慎重なふりをして男を見つめた。


「あなたが?実は、必要な金額は相当な額なんです。数億円ほど」


男は大口の話に目を輝かせ、すぐに名刺を取り出して吾郎に差し出した。


「わが社は融資を専門にしている資金豊富な会社です。ご入り用の際には、ぜひご相談ください」


吾郎は渡された名刺を一瞥した。


そこには「オオハラ金融サービス」と書かれており、男の肩書きはマネージャー、小野彰とある。


吾郎は演技を続け、わざと興奮した様子で言った。


「本当にお金を貸してくれるのか?私は5億円が必要なんだ。もしもこの難関を乗り切れれば、3ヶ月で必ず返す!」


小野は笑いながら言った。


「ご安心ください。当社は確かな実績を持ち、資金に関するお悩みを抱えるお客様に向けて幅広いサポート体制を整えております」


「さあ、会社でじっくりとお話しましょう」


吾郎は期待に満ちた表情で頷き、小野に連れられてその会社へ向かった。


その「会社」は、少し寂れたビルにある小さなオフィスだった。


室内に通されると、小野は吾郎を社長の部屋へ案内した。この貸金会社の社長は、筋骨隆々とした体に、首元からタトゥーが覗いていた。黒いスーツで身を固め、いかにも“会社”を装っていたが、その強面と刺青の跡が裏の世界に通じていることを示していた。


小野は、手短に事情を社長に伝えた。


「社長、こちらは融資を希望されているお客様です」


社長の名前は大島烈といい、にこやかに吾郎に笑顔を見せて座るよう促した。


「加藤さん、おいくらご希望ですか?」


さすがやり手の金融屋、話の進め方が実にシンプルである。


反社会勢力が裏にいるためか、余計な手順も探りも必要ない。彼らには返済を迫る方法がいくらでもあるのだ。


「実は、2億円ほど借りたいです」

吾郎は答えた。


それを聞いた大島は眉をひそめた。


「ほぉ…なかなかの額ですねぇ。ですが加藤さん、当社の利息はかなり高いですよ。その点はご理解いただけますか?」


小野が横から口を挟んだ。


「加藤さんの会社は早急に資金が必要なのです。資金繰りが苦しい時期を乗り越えれば、すぐに返せるはずです」


二人のやり取りを、吾郎は冷静に見ていた。


吾郎は、わざと急いでいるようなふりをして言った。


「ええ、急いで返せると思います。利息が高くても構いませんから、どうか融資をお願いします」

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