018 シゲ編 ~決闘1~

 スクロールを使用して飛んだ先の澄弧の自宅は、シゲの想定を超えていた。

 滝の傍に木製の家。相撲の土俵にプロレスのリング。

 聖〇士星矢の紫龍が老師に弟子入りして修行したような、そんなロケーションだった。

 

「師範代は廬山昇竜覇でも習得しようとしているのか……?」

 

 シゲの第一の感想はそうだった。

 一緒にスクロールで飛んできたレスラーや相撲取りとは世代が違うため、全く通じない。

 遅れて飛んできた澄弧にシゲは質問を投げかける。

 

「師範代、このロケーションは廬山昇竜覇かい? それとも別な……。」

 

「は? 何を言っとる。基礎格闘のスキルレベル上げは滝に向かって感謝の正拳突きじゃぞ。」

 

 がっくりと肩を落とし、澄弧でもシゲの感動は伝わらない。

 

「聖〇士星矢は必修科目だと思っていたのに……。」

 

「勝負はどうする?」

 

 鷹雅がシゲへと質問を投げかける。

 

「こちらのキャラレベルは1だしな……。相撲ルールにプラス武器アリ、決闘システムを使って相手の90%のHPを減らしたら勝ち。と、いうのはどうだろう?」

 

「武器はその杖か?」

 

「杖……うん。まぁそうだね。」

 

「武器を持っていては相撲の仕切りができないだろう?」

 

「両手をつくのは確かに難しいな。」

 

 澄弧は努めて冷静に、第三者の視点でシゲのやり取りをただ黙ってみている。

 

「決闘システムを使ったらどうですか?」

 

 大滝山からの助言だった。

 

「使ったことがないのだけれども、決闘を申し込めばいいのだろうか?」

 

 シゲはそういいながら空中にパネルを出してポチポチと操作する。

 すると鷹雅の前にもパネルが表示される。

 

『決闘を シゲ から申し込まれました。受諾しますか? YES NO』

 

 鷹雅は迷うことなくYESを選択する。

 

「ごーいとみてよろしいですねっ!」

 

 どこからともなく甲高い声と共に空から飛んできた何かが着地し、砂埃をあげる。

 砂埃は徐々に晴れていく。するとそこにはレフェリーの格好をした髭のおじさんが立っている。

 

「メダ〇ットかよ……。」

 

 シゲの呟きは誰にも届かない。

 

「何か追加はございますか?」

 

 髭のおじさんは問いかける。

 

「相撲の土俵と同じ大きさの円を引いてくれ。そこから出ても負けとしたい。」

 

 鷹雅が条件を追加する。

 

「承知いたしました。武器や防具はありでよろしいのですね?」

 

「かまわない。仕切りはレフェリーがやってくれ。はっけよいは無しだ。」

 

「承知いたしました。」

 

 そういって髭のおじさんはパチンと指を弾くと、地面に相撲の土俵と同サイズの円が描かれる。

 鷹雅は装備している防具をすべて外し、まわし姿となる。化粧まわしではなく、臨戦態勢のまわしである。

 ご丁寧に塩の箱と力水まで用意されている。

 

「にぃしぃ~ しぃげぇ~ ひがぁしぃ~ たかのぉ~みぃやぁびぃ~」

 

 レフェリーはわざわざ軍配をもって呼び出しもしてくれる。

 シゲと鷹雅はそれぞれ、力水を口に含むとそれを吐き出す。

 続いて塩を掴み土俵に撒く。

 

 鷹雅は塩をペロリと舐めると、まわしをバチンバチンと叩きながら土俵の中へと入っていく。

 はっけよいの仕切りはないものの、ここまでの流れは全て鷹雅が得意とするもの。

 普通に戦えばあっという間に鷹雅に押し出されるか突き倒される。

 

 シゲは仕切り線のギリギリに左足を置き、右足を一歩半引いた状態で限りなく上半身を前へと倒す。

 その姿を睨みつけながら鷹雅も仕切り線に沿って両手をつくように相撲の構えをとる。

 

(右足を引いた、右手には樫の木で出来た魔法用の杖。ここから考えられることは開始と同時に俺の顔面を横から殴りつけて一撃で昏倒させること。狙いは顎か、こめかみか。どちらにしても遠心力で振り回すまでの速度以上に俺が前に詰められればその時点で試合は決する。)

 

「レディ……」

 

 レフェリーが開始の合図を伝えようとしている。

 その刹那、ほんの一瞬、鷹雅は相手の目だけを見ている。

 シゲも決して視線を切らない。真正面から鷹雅に挑んでいく姿勢である。

 ただ、何かが違う。さっきまでとは何かが異なる。その些細な違いに鷹雅は違和感を覚えたがもう遅い。

 

「ゴー!」

 

 レフェリーが試合を始めた。鷹雅はもうそのまま突っ込むしかできない。

 とにかく最短で、最速で、真っ直ぐに、一直線に相手に向かって全体重をかけて吹っ飛ばす。

 違和感の正体はすぐに気づいた。

 シゲの構えが変化しているのである。右足を後ろに引く姿勢は変わっていないが。左腕を右腕で持っている杖にかけている。

 そう、まるで抜刀のしぐさのように構えを変化させている。

 

 シゲはそういえば何と言っていただろうか。

『基礎魔法師』と『鍛冶』だと言っていたのではなかっただろうか。

 そうなるとこの杖はダミーで、本領は仕込み杖で中に刀が仕込まれている。

 だが、ただの抜刀術でHPを削り切るのは不可能である。

 いくらこちらが防具がなくとも、初断ちを受けたとしても耐えきれるだけの自信とレベル差はある。

 そしてシゲの顎を張り手で押し上げようとするその瞬間、シゲは鷹雅の視界からふっと消えた。

 

 鷹雅の全身に電気が走ったような衝撃を受けて立ち止まる。

 そして目の前には『YOU LOSE』の表示。

 HPゲージは残りぴったり1割が残っている。たった一撃でHPの9割を削られたのである。

 

「紫電一閃」

 

 シゲは鷹雅の背後でそう言うと、かちゃりと仕込み杖を納刀した。

 

「しぃ~げぇ~」

 

 レフェリーは軍配をあげながらシゲの勝利を伝える。

 シゲは西側の土俵へと戻り、しゃがむと心という字を手刀で切りしっかりと四画目を払う。

 鷹雅は渋々と東の土俵際へと戻り、頭を下げて土俵を降りる。

 

 土俵から降りてきたシゲに対して澄弧は問いかける。

 

「なんじゃ、今のは……?」

 

「『紫電一閃』は座頭市のスキルだよ。仕込み杖でしか発動しない。」

 

「『座頭市』じゃと? そんな職業が存在するのか?」

 

「知らないのは無理もない。俺が作った。スキルは二つだけ。『紫電一閃』と『縮地』の二つしかない。」

 

「防御力無視となるとそれなりの制限がありそうだが?」

 

「あぁ、有効フレームは3フレームだけで、相手の攻撃の瞬間だけ発動する。今回のようなケースじゃないと使えない。」

 

「またニッチなものを作りおって……。」

 

 土俵を降りた鷹雅はシゲに近づき、素直に頭を下げる。

 

「完敗でした。」

 

「3フレームしかないから失敗すると100%俺が負けるのだけれどもね。練習しておいてよかったよ。」

 

 360フレーム中の3フレームなど狂気の沙汰である。

 しかしそれをやるのがシゲ。それを使いこなしてこその廃人なのである。

 

 こうしてシゲと鷹雅の手合わせはシゲの圧勝で幕を閉じた。

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