017 シゲ編 ~流儀~

「で、なに用で来たのじゃ?」

 

 嫌々そうにしながら澄弧は弟子たちに問いかける。

 

「だった普段道着しか着てない姐さんが、珍しく正装してますし……。」

 

 そういった大滝山をぎろりと澄弧はにらみつける。

 大滝山は次の句を発せない。

 

「くだらん。わしにだって友人はおる。」

 

「だって帰る時間も……。」

 

 次に口を開いた紙谷も澄弧はひとにらみで黙らせる。

 

「まあまあ、師範代。俺は嬉しいし楽しいよ。」

 

「お前が楽しくても意味がないのだがな……。」

 

「で、どのくらいお強いのですか?」

 

 鷹雅が割って入る。シゲの強さを問うているのである。

 

「知らん。こいつのスキル構成もキャラレベルも知らん。知る必要もない。」

 

「師範代、俺に興味なさすぎでしょ。」

 

 そういってシゲは笑う。

 澄弧の発言はシゲに対しての無関心ではなく信頼から来るひと言であると読み取れていない。

 頭は切れるのにこういうところがポンコツなのである。

 

「別に隠すものでもないので。メインスキルは基礎魔術師、サブで鍛冶師かな。キャラレベルは1のままですよ。」

 

「基礎魔術師で?」

 

「キャラレベルが1?」

 

 鷹雅と橋元が思わず繰り返してしまうような内容。

 驚いたのは澄弧も一緒だった。

 基礎魔術師をやっているという話は聞いていたものの、キャラレベルが1であることは初耳だった。

 

「シゲ、いったい何を……。」

 

 澄弧も驚いて問いかける。

 

「まだキャラレベルを上げるのはまだ時期が早いだけなんだよ。そのうち上げるさ。」

 

「そんなに基礎魔法は強いのですか?」

 

 誰しもが疑問に思っていたことをズバリ鷹雅が切り込んだ。

 

「うーん。どうだろう。多分、想像より強いよ。」

 

 シゲは少し口よどみながらもそう答えた。

 

「では是非、一戦お願いしたい。」

 

「ごめんね。決して相撲を悪く言うつもりはないのだけれども、相手にならない。」

 

「相手にならないとはどういうことですか?」

 

「俺に触れることなく決着するはずだね。」

 

 シゲはそれだけをきっぱりと言い切った。

 

「そもそも毛色が違いすぎる。相撲ははっけよいからの瞬間最大火力なのに対して、魔法は遠距離主体じゃろ。」

 

 澄弧はシゲと力士では相性が最悪だと言いたいのである。

 

「では、プロレスではどうですか?」

 

「プロレスは技を受ける美学があるからね。残念ながら橋元選手の技は何を受けても即倒れそうだ。」

 

「技は受けないとすれば?」

 

「橋元選手が俺の基礎魔法を受けきれるという質問かな? それであればNOだね。」

 

「それでも」「それでも」

 

 鷹雅と橋元はそれでも食い下がる。

 

「俺と戦いたいのか……。」

 

「はい」「はい」

 

「やめておけ、やるだけ無駄じゃ。こいつが言い切るだけには理由がある。」

 

「姐さんなら勝てますか?」

 

「師範代か……。例えば岩場とかのフィールドで隠れる場所がたくさんあり、俺のMPが尽きてアイテム使用不可で、隙が出来たならばあるいは。」

 

「相撲にしても、プロレスにしても土俵やリングという限られた空間で、遮蔽物がない状況下ならば負けないと言っているのじゃ。諦めろ。」

 

「諦めきれません。」

 

 鷹雅がきっぱりと言い切る。澄弧はあきれ果てた顔でシゲに問いかける。

 

「だ、そうだ。どうする?」

 

「君たちはプロだ。その一方で俺は素人。プロが戦うのは己の為ではない場合、きちんと共興としてお金を取ってやるべきだ。」

 

「では、配信しませんか?」

 

 それまで黙っていた大滝山がいいところで口を挟む。

 

「確かにそれなら収益もあげられる。プロとしては問題ないですね。」

 

 鷹雅はなるほどといった感じで答える。

 しかしシゲはやはり乗り気ではない。

 

「配信か……ブックメーカーの餌にされて終わりそうな気がする。相撲もプロレスもギャンブルの駒になるのは嫌だろう?」

 

「確かに国技の相撲にギャンブルはご法度です……。」

 

 鷹雅が肩を落とす。

 

「リアルタイム配信ではなく、結果配信として広告収入ではいかがです?」

 

 紙谷が口を挟む。

 このあたりはやはりプロレスラーが一枚上手である。

 

「まぁ……それなら……。」

 

「シゲは何が不満なんじゃ?」

 

 澄弧がシゲの様子を見ていて、シゲに問いかける。

 

「だって鷹雅関だよ? 橋元大地選手だよ? 技を受けてみたいじゃん。どーせLAOなら死ぬことは無いし。」

 

「受ければよかろう。」

 

「受けたら負けちゃうよ。一撃でもくらったらアウトだよ。」

 

 相撲もプロレスも面白いのである。

 相撲は土俵という限られた範囲で、本当に裸一貫でぶつかるからこそ一瞬のきらめきがある。

 プロレスは八百長だという話は昔からあるが、技を受ける美学がある。勝ち負けではなく、美しい技、かっこいい技を出す。

 相手はその技を正面から受けきる。だからこそプロレスは時間など気にしない無制限一本勝負が存在するのである。

 

 シゲの中では総合格闘技はあまり好きなジャンルではない。

 ローキックの連打だけでダウンを奪う、馬乗りになってただこぶしを振り下ろす。

 そこに美学も流儀もないのである。強ければよいというその風潮が嫌だった。

 

 野球にしてもFA選手を金で集めて作るチームは好きではない。

 ドラフトで選手を獲得して、数年かけて選手を育て、時にはトレードで他チームではなかなか起用されない選手を取得して

 そして花を開かせるからこその美学がある。

 

 シゲはリアリストでありながらロマンチストなのである。

 問題解決をする場合はリアリストであり可能な範囲で可能な事しかチョイスしない。

 一方でロマンチストであるが故、理想を常に高く持ち続けている。

 

「まぁ、そこまで言うのであれば。」

 

 それがシゲの出した結論である。

 今の自分の力が本当に予想通りなのかを図る機会でもある。

 

「もう、好きにせい。」

 

 そう言って澄弧はシゲにスクロールを投げてよこす。

 

「これは?」

 

「わしの家への直行スクロールじゃ。そこなら土俵もリングもある。」

 

「なるほど。では行こうか。」

 

 そう言ってシゲは席を立つ。

 

「せっかく今日は楽しく過ごせると思ったのに……。」

 

 そう澄弧は誰に言うでもなく独り呟く。

 男たちは鼻息荒く、戦場へと向かわんとすっかり闘う顔をしている。

 これを止めるというのは無粋なのであろう。

 机の上には楽しみにしていたこの店のチョコレートケーキと紅茶が残る。

 男たちはさっさと会計を済ませて店の外へと行ってしまったが、澄弧はゆっくりとケーキをフォークで切り分けて口に運ぶ。

 ビターで甘すぎず、チョコレートの味がしっかりと感じられる美味しいケーキをゆっくりと堪能し

 最後に紅茶を飲み干すと席を立つ。

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